The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

Aug 26 - Aug 28, 2015Toki Messe (Niigata Convention Center)
The Japanese Association of Educational Psychology
The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

Aug 26 - Aug 28, 2015Toki Messe (Niigata Convention Center)

[JB01]授業改善とリフレクション教師として成長すること(1)

遠山孝司1, 林なおみ#2, 岸野麻衣3, 藤澤伸介4, 高橋知己5, 浅田匡6(1.新潟医療福祉大学, 2.新潟市立中之口西小学校, 3.福井大学大学院, 4.跡見学園女子大学, 5.上越教育大学大学院, 6.早稲田大学)
企画趣旨
Schon (1983)が様々な分野の専門家,専門職についてそれをReflective Practitioner(反省的実践家または省察的実践家)と定義し,関連の概念を整理して以来,教師も専門職としてその実践の中でまたは実践についてリフレクション(reflection:反省,省察,ふりかえり)をする必要性が指摘されている。その結果,様々な実践や研究の場において,教師のリフレクションが扱われてきた。本シンポジウムは実際にリフレクションを利用して授業改善を考えてきた4人の話題提供者の提案をうけた上で,授業改善並びに教師としての成長においてリフレクションが果たしている意味と意義,そこから考えられる教師としての成長・発達・学習について議論を進めてみたい。

教員志望の学生のリフレクションはどこから始まりどのように変化していくのか
遠山孝司
平成18年の中教審答申で「学部段階で教員としての必要な資質能力を確実に身につけさせる」と明示されて以来,教員としての力量形成は大学の教職課程で始まることが改めて教職課程に関わる大学教員の中で共有されている。そのような中,実践と省察の繰り返しによって教師としての力量や授業をする力が伸ばされると考えると,大学教職課程の中でも実践に近い経験とそれについてのリフレクションが重要になる。大学の教職課程では,大学内での模擬授業や教育実習での授業が経験できる実践に当たる。
様々な発達段階説の中で発達段階ごとに発達課題が想定されているように,教員としての発達においても,発達の段階に応じた発達課題や必要なリフレクションの内容が存在する可能性がある。では,授業をする力量を形成する初期段階である教職課程の大学生は模擬授業でどのような内容のリフレクションをすることが望ましいのか。この問いに対する答えは,大学生が初めて経験する模擬授業でどのようなリフレクションをするのかが一般的な傾向として把握されていない現状において,十分に用意されているとは言いがたい。
筆者らは,大学で模擬授業を経験する学生が授業の何を難しいと考えているのかについて,心理的作業負荷の高い活動はどのような活動なのか,その活動をどのように位置づけているのかを生理的指標を手がかりにしたリフレクションの中で検討してきた。
大学の中で学生と教員が参加する模擬授業において,学生は最初に経験する授業をどのようにとらえ,何を難しいと思っているのか。そしてリフレクションの内容が模擬授業を繰り返す中でどのように変化していくのか。これらの検討から,教師としての成長がどこから始まり,初期段階はどのような変遷を示すのか,教師としての成長の初期段階においてリフレクションがどのような役割を果たすのかについて,議論につながるよう話題を提供したい。
※この話題提供の内容は平成23~25年度に科学研究費補助金(挑戦的萌芽研究, 課題番号23650553)平成26年度に科研費補助金(基盤研究(C))課題番号26350339)の交付を受けて行った研究の一部である。

授業に困難を感じ,自信を失いがちであった経験教師のリフレクション
林 なおみ
「一人前」以降の教師の成長は,現在の自分のやり方を改善するためにデザインされた活動をしているかどうかによる(秋田,2004)。授業改善のデザインには,教師が鏡に映し出すようにして授業を観察し,自分自身の問題を明確にすることが必要になる。それは,既にどこかに完全な授業があってそれを学ぶというのではなく,「自分のやり方」を対象化することによる。授業を映す鏡は,教師の教育や授業に関わっての見方考え方,知識・技術が反映されるものであれば,すべてが鏡となる(生田,2012)。
ベテランと言われる教師の中には,「授業崩壊」などと言われるように,困難な状況を抱える教師もいる。そのような場合に授業を対象化するためには,授業を「他者」に開き,「他者」はその教師の体験に共感的に関わることが必要になる。勤務校では,校内研修における授業研究で,「メンター制」を取り入れている。筆者はそこで「授業に困難を感じ,自信を失いがちであった」という一人の教師の協力により,校内研修に「鏡」として対話リフレクションを取り入れ,本研究を進めた。
1年目,教師はリフレクションにより,「今日の授業」に,「これまでの自分の見方や考え」を映し出して語った。そこから,子どもとつながっていなかった自分に気付き,子どもの疑問を「他の子に返す」ことで子どもとつながる自分をイメージした。教師はまた,「自分のやっているのを見て,そこから長いところで改善していけばいんだな」と,授業改善に取り組んでいくイメージをもち,「子どもの言葉を聴いていない」という問題を明確にした。
2年目の対話リフレクションで,教師は「子どもの思考の広がりや深まりを促したり収束させたりする教師の役割」について繰り返し語る。問題を受け,自分の授業をとらえる教諭の意識に変化が表れた。2年間の実践研究により,教師は,「授業」,「子ども」,「教材」について,自分の言葉で語るようになった。そして,その成長は,授業に如実に表れ,「自信」として同僚に認められるようになった。

リフレクションの時間性・協働性・重層性
岸野麻衣
授業とリフレクションの関係を考えるにあたって,リフレクションを授業改善のツールとして利用しようとするアプローチがありうる。しかし,いろいろな学校で授業を見せてもらい,授業者と対話したり,授業研究会に参加したりする中では,教師は必ずしも授業の技術的な側面の改善だけを目指してリフレクションをしているわけではないと思われる。授業を介して,子ども観や教育観,教師としてのありようを問い直し,授業のあり方そのものを考え直すことが真の授業改善につながっていくのではないだろうか。そういう意味で,リフレクションはツールというより,そもそも授業と表裏一体をなしているものと考えられる。そして,単発的な授業のリフレクションを単に繰り返すのでは表層的な授業改善にしかつながらず,次のような点を組み込む必要があるのではないかと考える。
第1は時間性である。授業中や毎回の授業後というショート・スパンのリフレクションと同時に,単元や年間での学びや育ちを見直すロング・スパンのリフレクションがありうる。授業を通した子どもの学習過程を短期的・長期的に捉え直すことで,毎回の授業の展開の仕方に留まらず,全体のデザインについて思考することにつながるだろう。
第2は協働性である。リフレクションは個に閉じて行われるだけでなく,授業に立ちあった同僚をはじめ,実践に耳を傾けてくれる他者との対話の中でこそ深まりうる。一人では見えなかった子どもの姿に気づいたり,異なる視点で実践が意味づけられたりして,実践を捉え直すことにつながるだろう。
第3は重層性である。一つの実践について,実践の直後だけでなく,時間をおいてリフレクションを重ねていく中で,実践の意味づけが変わり,教師自身が自分の変容に気づき,教師としてのありようを確かめていくことにつながりうる。
このようなリフレクションを通して,単なる授業の技術に留まらず,子どもの見方や授業のあり方について同僚をはじめとする他者と共に問い直し,教師としてのありようを協働で探究していく過程について,当日は事例をもとに話題提供をしたいと考えている。

理論から実践へ
藤澤伸介
授業力向上のためには,リフレクションが欠かせない。自身の実践だけでなく,他者の実践を観察したリフレクションでも収穫は大きい。また,これまでに自己リフレクション,集団リフレクション,対話リフレクションなどの手法も提案されているが,各手法には一長一短があり,集団の場合はメンバー構成により成果が左右されやすい。
いずれにせよ,その時の実践者が最も求める形で実行することこそが,教師自身の成長につながると考えられる。それは,教師の問題意識に直結したリフレクションになるからである。
筆者は,チェックリストに基づく点検型リフレクションより,他の教師の気づきを聞いたほうが参考になることが多いので,ここでは,筆者自身の気づきを,二つ開示しておくことにしたい。
一つは,内容にかかわらず,発話時に学習者を注目させるには,5つの条件が絶えず必要ということだ。その5つとは,⑴必要性(興味関心がある)⑵対象(不特定多数向けでなく,自分向けである〉⑶特別性(その場限定の特別情報〉⑷鮮度(新奇な情報)⑸明瞭度(理解可能な情報)のことである。教師の発話がこれらの条件を常に満たしていれば,比較的にたやすく学習者を教師に注目させ続けることが可能になる。筆者はこの中で⑵がまだ達成不十分である。
もう一つは,学習者に面倒なことを不満なくやらせるためには,教師自身がその行動モデルになることである。教師自身が面倒さから逃げずに対処行動をしていれば,学生に対して説得力を持つことになる。
これら二つは,心理学的に見て決して新発見などではない。このように多くの気づきは,理論的には「当たり前のこと」なのだ。しかし,理論を現実の教授行動に具体化するのは結構難しい。やり方にも個人差があるだろう。「今頃気づいたのか。私はとっくにやっている」という陰口を恐れず,教師はリフレクション結果を,勇気を奮って開示すべきだろう。一方で,それを聞いて新しい発見につなげられる教師も沢山いるのだ。また,理論とつながる技術は,応用も効き易い。