The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

Aug 26 - Aug 28, 2015Toki Messe (Niigata Convention Center)
The Japanese Association of Educational Psychology
The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

Aug 26 - Aug 28, 2015Toki Messe (Niigata Convention Center)

[JB04]21世紀の日本にワロンの発達教育思想をどう生かすか(4)ワロンは心理諸機能間の連関をどう考えたか?

加藤義信1, 間宮正幸2, 亀谷和史#3, 川田学4(1.名古屋芸術大学, 2.北海道大学, 3.日本福祉大学, 4.北海道大学)
ワロンの没後50年にあたる2012年の第54回総会以来,私たちは,彼の発達教育思想の現代性を掘り起こし,21世紀の心理学に生かす方途を探る試みの一環として,本シンポジウムを継続してきた。2012年には『精神病理の心理学』と『性格の起源』『行為から思考へ』の主要3著を,2013年には浜田寿美男氏の編んだ論文集『身体・自我・社会』を取り上げて検討し,昨年は表象発生論と自我形成論に焦点を当てて議論を行った。そこで今回は,1941年に出版された『子どもの心理的発達(L'évolution psychologique de l'enfant)』を取り上げて,主にワロンの機能連関論について理解を深めることにしたい。
『子どもの心理的発達』が書かれた1941年は,奇しくも日米が開戦した年であり,フランスでは既に前年から始まっていたドイツ軍の占領に対する抵抗運動が本格化した年にあたる。ワロン自身については,この年,ヴィシー傀儡政権によってコレージュ・ド・フランスでの講義を全面禁止され,ドイツ軍による逮捕の危険が身に迫っていた。『子どもの心理的発達』は,このような状況の中で執筆された小著である。小著ながら,その内容は今で言う「発達心理学概論」であり,1920年代,30年代を通じて練り上げられてきたワロン発達論のエッセンスの要約となっている。全体は,第一部「児童期とその研究」,第二部「子どもの活動とその精神的進化」,第三部「機能の水準」の三部構成となっており,大きく言えば,第1部が子ども研究の方法論的問題に充てられ,第2部の4章「機能の交代」から第3部全体が,機能別に子どもの発達を見ると同時にその関連を論じて人格の発達へと至る論の展開になっていると言えよう。
以下,本シンポジウムでは,特に後半部分に焦点をあてて3名が話題提供を行う。

ワロンの機能連関論
亀谷和史(日本福祉大学)
ワロンは,『子どもの性格の起源』(1934)で,当時の生物学での研究方法である「生体と機能の発生的研究」を,すでに発達研究にも適用していた。この書では,随所に,様々な水準の諸「機能」が言及されていて,その発現の様相と意味が探求されている。それは,1920年代までの障害児や戦争での心身障害者の臨床研究をふまえ,確立した研究方法であった。ワロンは,「…ある機能の他との関連性を認識し,どのような補正を経てその機能が一定の方向を与えられ,形成途上の人格の平衡条件に調和していくか」(32頁),を3歳ごろまでの情動・身体意識・自己意識の発達に焦点化して,解明しようとしたのである。『子どもの心理的発達』では,この研究方法がさらに「人格」全体の発達段階にまで拡げられている。運動的行為,感情,認識,人格という大きな「機能」領域があくまで暫定的に採用されている。
ところで,トラン・トン(1967)は,ワロンの「機能的な発達論」を,①機能的分化と統合,②機能的優越,③機能的交代の3つに整理し考察した。そして,あらゆる心身の諸機能の根底にある「指向性の機能」を取り出し,その3つの発達的水準(浸透,模倣,意識化)を取り出した(1980)。これこそがワロンの独創的「発見」である。トラン・トンは,ワロンの機能連関論の主要な点を整理しているが,これだけで,ワロンの機能連関論を理解し得たと考えるのは,まだなお機械的・表層的である。
ワロンの機能連関論の特長をさらに取り出すと,⑴さまざまな機能と生理・解剖学的実体(=身体の諸組織)とを関連(対応)づけて追究している点(いわゆる「機能主義」ではない点,機能を実体化して理解していない点)。これは,ピアジェの,「機能」の同質的な理解との決定的相違である。⑵⑴を前提として,諸機能を階層的,かつ多元的に把握し,トラン・トンの整理した機能連関的な視点から,「人格」の発達段階を構想(展開)しようとした点,⑶その過程で,精神発生における「姿勢機能システム」(トラン・トンの言う「指向性の機能」)を中核に位置づけた点。それは,単なる「外界への適応的な活動・反応」とは別系統の機能システムであって,そこから「認識」(表象発生から論知的思考)の発達を構想・展開しようとした点である。

感情性,運動的行為,認識,そして人格
加藤義信(名古屋芸術大学)
『子どもの心理的発達』の第3部でワロンは,「運動的行為」,「感情性」,「認識」の3つの大きな機能領域を取り上げて個別に論じ,そのそれぞれの発達を「人格」の発達に繋げていく論理構成をとっている。ここでは「人格」も機能として捉えられているが,当然のことながら前3者の機能と横並びではないし,それらと別途に成立するものではない。前3者の機能領域に深く根をおろし,それらの発達を前提にしてはじめて構成されるメタ機能として「人格」が位置づけられている。このような位置づけがもつ意味は,本書がドイツ占領下の1941年に書かれた書であることと無縁でない。後にワロン(1947)は,ドイツ的な思考に見られる肥大した「個人」や「人格」の概念,民族や神といった神話的全体性に容易に繋がってファシズムへと行き着くことになった神秘的な「人格」概念を批判したが,本書において,あくまで発生的な視点から「人格」が身体性や社会性に根ざして生み出されるメタ機能であると位置づけたこと自体が,「人格」の発達の科学的研究の方向性を示していて,興味深い。
3つの基本機能領域のうち「感情性」については『性格の起源』で詳細に取り上げられたためか,本書では頁数の割当が少ない。代わりに「運動的行為」と「認識」にそれぞれ相当数の頁が割かれている。これには,翌年の1942年に出版された『行為から思考へ』の主題となった実践的知能と推論的知能,言葉を変えて言えば,感覚運動的適応と表象的適応との対比とその移行に関する論の先取り的な意味がある。しかし,両者の移行に関する問題は未だ十分に取り上げられていない。代わって,特に「認識」の領域での発達を駆動するのは領域内あるいは領域内部と外部との間の「難しい対立の克服」であることが強調されている。例えば,子どもの思考の特徴である混同心性が,表象と動的で複雑な経験の間の(対立の)一種の妥協」として描かれている点は,現在も参考になろう。

人格(La Personne)
間宮正幸(北海道大学)
わが国の子ども・若者の人格の全体的な発達保障こそ発達教育臨床における最重要課題と捉える演者には,本書の「人格」の章を欠いてワロンの心理学を論じることはできない。ワロンの発達論とは,機能的交代の理論であるが,ワロンが,本書で,「3歳から6歳まで,いろいろな人格への愛着は子どもの人格にとってどうしても必要なものである」(180p;235p)などと述べているのは,精神医学者としての長い臨床研究によっている。すなわち,精神障害による人格の崩壊と退行,戦争被害による自我の錯乱状態,あるいは,障害による発達の停止などに接して,そこから子どもの発達心理を論じたいわば結論部分である。それは,治療と支援の実際を通して得られたことにほかならない。今日,私たちが,こうしてワロンの発達心理学を学ぼうとする際には,このことを決して忘れてはならないのである。
L'évolution psychologique de l'enfantなる表題にこめられた「発達」の意味は,はなはだ深い。
本書では,「人格の発達においても,知的な面においても,同じ交代がある」(99p; 130p)と述べられている。後の論文では,「以上の発達の流れを通じて,わたしたちは,知能の進歩と,人格の領域におこる変化changementsとのあいだに,同時性があることをたしかめることができた」(Wallon,1948)と再確認している。知的な発達を位置づけながら,ワロンは,主体的活動のあいだに,子どもの自我がとくに発達することを述べており,personnalisme(自我主張)の段階が強調される。ワロンには,自己意識は他者に対する意識と同じメカニズムを持ち,他者を意識するのに応じて自己を認識するという基本認識がある。
ワロンの人格に関する議論を,わが国の子ども・若者の自立支援の実践に生かしたいと考える。