The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

Aug 26 - Aug 28, 2015Toki Messe (Niigata Convention Center)
The Japanese Association of Educational Psychology
The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

The 57th meeting of the Japanese association of educational psychology

Aug 26 - Aug 28, 2015Toki Messe (Niigata Convention Center)

[JE01]アドラー心理学に基づくクラス会議の実践とその効果

向後千春1, 多喜翠#2, 伊澤幸代3, 赤坂真二4, 堂坂更夜香5(1.早稲田大学, 2.早稲田大学, 4.上越教育大学大学院, 5.早稲田大学大学院)
1. 企画の趣旨
(向後千春)
アドラー心理学のキー概念は「劣等感,ライフスタイル,共同体感覚」の3つに大きくまとめることができる。古典的アドラー心理学のキー概念であるこれら3つは,百年を経た今,これからの学校教育にとっても大きな課題となるだろう。
まず「劣等感」は,自己受容や自己効力感といった心理学的概念を経て「自己調整力」という能力に行き着いた。「ライフスタイル」は,パーソナリティ理論の構築,とりわけ「Big Five性格特性」といった研究成果を経て「対人関係力」という能力に行き着いた。そして,「共同体感覚」は,向社会性や向社会的行動といった概念を経て「品格教育」あるいは「市民性教育」の必要性に行き着いた。
こうした「自己調整力,対人関係力,市民性」は,教科内容以外のものとして学校教育が育成すべき重要な能力となった。このシンポジウムでは,こうした未来の能力を育成する場として,アドラー心理学に基づく「クラス会議」を位置づけ,その具体的な実践とその効果について議論を交わしたい。

2.学校教育におけるアドラー心理学
(伊澤幸代)
A.Adler (1969)は「学校は,家庭と国家の中間に位置するものである。」と述べ,学校を人間形成の場として重要視した。
すべての子どもたちがあやまちのない環境で自らのライフスタイルを矯正するための最良の機会は学校を通してであり,Adlerはこの問題にあらゆる局面から取り組んだとされる。そのアプローチはアドラー派の人々によって同時に二つの方向を辿った。一つは基本的誤りを防ぎ,矯正するために個々の子どもたちを扱う方法を教師に教えることであり,もう一つは共同体感覚を促進させ,それによって精神的健康を最高度に約束する方法に従って教室運営を教師に教えることである(G. J. Manaster. & R. J. Corsini. 1982)。R. Dreikursがその体系を統一し,プログラムを発展させたことを筆頭にして,教育現場でのアドラー心理学は様々に実践され,継続されてきた。
学級崩壊の背景は,依然,教師の指導力不足に大きな要因があるとされるが,現代の学校における,いじめ,不登校,学級崩壊などの子どもの問題は,その背景が複雑化し,指導力をもった教師においても学級運営が困難になることが報告されている(学級経営研究会,2000)。さらに,競争原理で運営されている現在の学校は子どもが学級集団に対し所属感を持ちにくく,子どもの欲求を満たすことが困難であるとされる。野田・萩(1989)は子どもが所属できず満足感を得られないことで学校において問題行動を起こすと指摘した。そのような中で,民主的かつ自発的に問題を解決することを目標とした学校におけるアドラー心理学は,学級運営に具体的な指針を与える可能性のある心理学の一つであるといえよう。今回,学校教育におけるアドラー心理学の実践・研究史を概観し,本邦においてアドラー心理学が現在の学校教育に寄与する可能性を検討し,今後の研究に期待できることを提案したい。

3.クラス会議の効果と実践
(赤坂真二)
いじめや不登校などの学校教育における子どもの問題行動が指摘されるようになって久しい。これらの問題に加え,学級崩壊と呼ばれる現象も珍しくなくなった。集団生活になじめない子どもが増加し,学級経営の難しさを訴える教師は多い。これらの背景には,教師と子ども,また,子ども同士の人間関係が形成しにくくなっている現状が指摘されている。こうした状況に対して,問題が起こったときに対応する治療的なアプローチが求められる一方で,子どもの集団への適応感を高める予防的なアプローチも積極的に実施していく必要がある。
「集団づくりが難しくなった」といわれるものの学校教育においては,予防的アプローチに取り組んできたことも事実である。従来から特別活動における生活上の諸問題を扱った話し合い活動は,生徒指導の機能を担い,学級の規律を形成し,子どもたちの集団への適応感を高めてきたといっていいだろう。
ところが近年,学級から話し合い活動が失われつつあると指摘する声がある。その理由として,生活上の諸問題を解決する指導が難しい上に,明確な指導方法が公開されてこなかったことや,学校と子どもを取巻く状況が変化し,子どもを問題に向き合わせるのが難しくなったことが挙げられている。子どもや学級の問題を集団で話し合うことは,人権意識の高まった現在ではなかなか難しい状況にある。しかし,話し合い活動が,子どもの自治的能力を育て,集団のまとまりを生み出してきたことは明らかな事実であり,このまま話し合い活動の持つ教育力を放棄してしまうのは惜しいことである。
そこで筆者は,クラス会議に注目した。クラス会議はアドラー心理学における教育理念をもっとも端的に表現した方法論だといわれる。アドラー心理学は,人間の基本的欲求として所属欲求を重視し,社会性を育てることの重要性を説く。クラス会議は,お互いを尊重する態度やスキル学習と民主的な話し合いを通して,適切な対立の仕方や問題への向き合い方を学ぶ。「教室に居場所を見出せない」「社会性が未熟である」といった子どもの課題に即応した実践であると判断した。
従来の話し合い活動に決まった形が見出しにくい。典型がないからこそ個々の教師のオリジナリティー溢れる実践が生まれたのである。しかし,それゆえに指導法を共有することが難しかった。クラス会議についても同様のことが指摘できる。そこで,多くの教師が実施できるように,クラス会議の手順を指導案形式で示したクラス会議プログラムを作成した。
クラス会議の実施手続きは,野田・萩(1989)などによって示されているが,クラス会議プログラムを作成するに当たり,比較的詳細に説明されているNelsenら(1993)のクラス会議を参考にした。クラス会議の効果を引き出すには,定常的な実施が必要である。そのためには,現行のカリキュラムの中で実施しやすいことが求められる。また,話し合いを組織する方法論がわからないという課題に答えるためには,実施手続きがわかり易いことも重要である。また,クラス会議にはアドラー心理学の基本理念である共同体感覚を育成するという目的がある。そのためには,ただ話し合いをすればいいのではなく,必要な価値観や態度やスキルを身に付けなくてならない。そうした話し合いの基本前提を教えながら,学校教育の中で取り組みやすい学級活動の枠組みで実施しやすいような形で再構成したのがクラス会議プログラム(赤坂,2014)である。
これまで筆者の研究室では,学校現場からの要請に基づく学校支援活動において,いくつかの学校でクラス会議プログラムを実施してきた。子どもたちの適応感の向上が報告されている。また,子どもたちの学校生活への意欲の向上が,授業の機能を高め,学力にも好ましい影響を示していることを確認することができている。このように成果が報告される一方で,学校教育における実践上の課題も見つかっている。これまでの取り組みからクラス会議の可能性と課題を考察したい。

4.大学におけるゼミ会議の実践とその効果
(堂坂更夜香)
学校教育は,学問的な知識のみならず,責任ある市民となるために必要なスキルや態度を学ぶ機会を提供しなければならない。アドラーの提起する教育の最終目標は共同体感覚の育成である。共同体感覚とは,自分が共同体に所属しているという感覚,お互いに助け合い協力しながら意思決定や問題解決に参加しようとする感覚であり,それは,まさに責任ある市民になるための大前提である(古庄,2008)。共同体感覚は,教育,トレーニング,実践によって身につくものであり,その育成の場としてクラス会議が提唱されている(Nelsen, 1993)。クラス会議を実践する場として,小学生から高校生までは,学級会などがある。しかし,大学生にはその機会が少ない。
そこで,X大学Yゼミ内で半期間,授業の冒頭にゼミ会議実践を試みた。対象者は通学制の大学生22名,実施回数は12回であった。実施内容は,1~8回は,教員が司会をつとめ,テーマを立案,それを皆でディスカッションした。9回から,サイコロで司会者を決め,司会者主導でのゼミ会議を行った。テーマは,ゼミ研究発表会の運営ついて,課題提出の詳細,研究の協力者募集,就活イベントの告知,ゼミ生の近況報告,ゼミ合宿の提案,研究発表会の準備作業についてなどであった。ゼミ会議の効果を検討した結果,教員主導の際は,誰かが答えればよいといった受動的な態度であった。しかし,ゼミ生主導の際には,自分たちが直面している問題がテーマに挙がるため,参加型に変わっていた。また,ゼミ生主導で運営する研究発表会の時期とも重なったため,ゼミ会議を通して学年を超えて協力体制も取れるようになった。ゼミ会議実践の継続により,ゼミ生それぞれが役割を見いだし,共同体感覚の育成,能動的な態度の変化がみられたことが示唆された。このことから,ゼミ会議は共同体感覚の育成に期待できるだろう。