The 128th Annual Meeting of Japanese Society of Animal Science

The 128th Annual Meeting of Japanese Society of Animal Science

Mar 27 - Mar 31, 2021Kyushu University
The Annual Meeting of Japanese Society of Animal Science
The 128th Annual Meeting of Japanese Society of Animal Science

The 128th Annual Meeting of Japanese Society of Animal Science

Mar 27 - Mar 31, 2021Kyushu University

[SSY2-03]メタボロミクスを用いた糖尿病研究と畜産学分野への応用展望

〇Norihide Yokoi1(1.Kyoto Univ.)
糖尿病はインスリンの絶対的あるいは相対的不足により高血糖をはじめとする全身の代謝異常を呈する疾患である。世界の糖尿病人口は増加の一途をたどり、2019年の時点で4億6,300万人と推計され、現状のまま推移すると2030年までに5億7,800万人に、2045年までに7億人に増加すると予想されている。2019年時点で、成人のうち11人に1人が糖尿病と推定され、65歳以上では5人に1人が糖尿病である。我が国では、2018年時点で糖尿病が1,000万人、予備群が1,000万人と推定されている。糖尿病は発症すると治癒が困難であり、重症化すると失明、下肢切断や透析治療などQOLの低下のみならず医療費も莫大になるため、糖尿病の克服は医学的、社会的にも極めて重要な課題である。

 糖尿病の多くは遺伝素因と環境要因の交互作用により発症する。ゲノムワイド関連解析(GWAS)により数百もの糖尿病発症に関連するSNPが同定されている。このようなSNPの解析により糖尿病の発症に対する遺伝的感受性を把握することはできるが、発症予測や病態についての情報は得られない。実際に糖尿病の発症に向かっていること(予備群)、発症したこと、さらに発症後の病態やその進展状況を把握するには血糖値やインスリンなどの経時的かつ量的な変化を捉えることが必要である。現在、糖尿病の診断には空腹時もしくは随時の血糖値やグリコヘモグロビン(HbA1c)など血糖に依存した指標が用いられている。しかし、血糖上昇が認められる前から代謝異常は進行していると考えられており、将来糖尿病になるリスクの高い群を早期に捉えるには、血糖に依存しない新たなバイオマーカーが必要である。生体内代謝物の網羅的解析(メタボロミクス)を用いたアプローチは、糖尿病の診断や病態評価のみならず、新たなバイオマーカーによる早期診断法の確立や未知の代謝シグナルの同定による糖尿病の発症機構の解明にも有用と考えられる。

 私はこれまで医学系基礎研究分野に籍を置き、ゲノミクス、トランスクリプトミクスやメタボロミクスなどを組み合わせたオミクスアプローチにより、主に糖尿病の遺伝素因および病態発症機構の解明やバイオマーカーの探索に関する研究を進めてきた。

 特にメタボロミクスを用いた研究は下記の通りである。
1)糖尿病の早期診断マーカーの探索
 日本人の2型糖尿病に類似する病態を示す非肥満2型糖尿病モデルラットを用いた経時的メタボローム解析により、血中のトリプトファンおよびその代謝物がインスリン分泌不全を主因とする2型糖尿病の早期診断マーカーとなる可能性を示した(1)。

2)インスリン分泌における代謝シグナルの解明
 インスリン分泌様式が異なる膵β細胞株を用いた比較メタボローム解析により、膵β細胞内のグルタミン酸がインスリン分泌の鍵シグナルとして機能することを見出した(2-4)。

3)肥満糖尿病におけるインスリン分泌障害機構の解明
 肥大した膵島と正常サイズの膵島を用いたトランスクリプトーム解析とメタボローム解析により、肥大膵島では膵β細胞が脱分化し、腫瘍細胞様の代謝様式に変化することによりインスリン分泌障害を引き起こすことを見出した(5)。

 以上のように、既知の代謝物がインスリン分泌のシグナルとして機能することや2型糖尿病のバイオマーカーとなる可能性が示された。糖尿病研究にメタボロミクスのアプローチを取り入れることで、未知の代謝シグナルの解明、病態発症機構の解明、発症予測・診断・治療法の確立に有用な情報が得られることが期待される。

 2019年6月から農学系の出身研究室に異動し、糖尿病をモデルとして質的・量的形質の遺伝・発現機構の解明に関する研究を展開するとともに、新たに農学系の研究を立ち上げているところである。

 本講演では、これまで進めてきたメタボロミクスを用いた糖尿病研究の成果を紹介するとともに、畜産学分野への応用について考えたい。

1. Yokoi et al. Metabolomics 11:1277-1286, 2015
2. Gheni, Yokoi et al. Cell Reports 9:661-673, 2014
3. Murao, Yokoi et al. PLoS One 12:e0187213, 2017
4. Hashim, Yokoi et al. Diabetes 67:1795-1806, 2018
5. Hayami, Yokoi et al. J Diabetes Investig 11:1434-1447, 2020

【略歴】1992年 京都大学農学部卒業、1994年 京都大学大学院農学研究科修士課程修了、1998年 京都大学大学院医学研究科博士課程修了、1998年 千葉大学医学部助手、2003年 神戸大学大学院医学研究科特命助教授、2012年 同特命准教授、2019年 京都大学大学院農学研究科教授