The 52st Annual Meeting of Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery

The 52st Annual Meeting of Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery

Jul 6 - Jul 8, 2016TOKYO DOME HOTEL
Annual Meeting of Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery
The 52st Annual Meeting of Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery

The 52st Annual Meeting of Japanese Society of Pediatric Cardiology and Cardiac Surgery

Jul 6 - Jul 8, 2016TOKYO DOME HOTEL

[SL01-01]生きること、死ぬこと-小児科医の死生観-

細谷 亮太(聖路加国際病院 小児科)
 45年間、チャペルのある病院で小児科医として働いた。残念ながら仏壇と神棚の共存する平均的な日本の家庭での生育歴が災いしてクリスチャンになることはなかったが、宗教的な環境で、子ども達(特に多くの亡くなった子ども達)とそのご家族から沢山のことを教えてもらった。またチーム医療の中でチャプレン、ソーシャルワーカー、心理士、そしてナースと仕事をする中で他の職種の物の考え方も学ぶことができた。
 そうして流れて行った時間がゆっくり私の中に現在の私なりの死生観を形づくったように思う。
 子どもの「いのち」の傍で働く事で出来てきた私の(あるいは私たち小児科医の)死生観というのは、成人の領域で働く医師のそれとは少々趣を異にする。これは非常に興味深い。
 死を忘れるべからず(Memento mori)はすべての人間にとって、生を輝かしいものとするために、とても重要な格言である。私の尊敬する小児科医の一人に松田道雄は、その著書「われらいかに死すべきか」の中に「晩年とは死とむきあう年である。それは本人の心がまえにかんするもので、生理的年齢とは無関係である。」と書き「年をとっても死の接近を感じない人は晩年の意識がない。晩年の意識は愉快なものではないから、自分は長生きをするという確信によって、それからのがれるのも、ひとつの方法である。」と死から目を背ける人々の風潮をいくらか侮蔑の眼をもって述べている。
 沢山の子ども達の蘇生に関わり、沢山の子ども達の死をみとった小児科医として、私はこの松田の意見に強い共感をおぼえる。「死を忘れよう」としている時代に、あえて異論を唱える事こそ高齢者の仲間入りをした小児科医の役割のように思う。