[S18-04]Effects of prior science education on accepting of earthquake disaster and on the prevention consciousness after the disaster
*Noa MITSUI1, Kumi Yoshitake2, Kazuyuki Nakagawa3, Hiroko Tsuboi4(1. Disaster Mitigation Research Center, Nagoya University, 2. University of human environments, 3. Jiji Press, 4. Nagoya City University)
1. 背景と目的
地震多発国の日本において、地震学の普及は重要であるが、人々の関心は被災生活にあるため、その差異を理解して専門知識を伝える必要がある。
この問題に対して本研究は、被災時に「なぜ自分がこのような辛い被災生活を経験しなければならないのか」を納得しやすくなる材料(光井、2018)としての地震学の重要性を探るべく、「2016年熊本地震の際に小学校当時の断層教育を思い出したことで気持ちが落ち着いた」という事例を調査している。これまでの概要を以下に示す。
・事例の概要(中川、2017)
益城町の小学校在籍当時(2000年頃)に理科の授業で、学校の直下にある布田川断層について学んでいた子供たちが、その後、熊本地震で被災した際に、地震を引き起こしたのがその布田川断層だったと思い出したことで気持ちが落ち着いた、という証言が複数名から得られた。
・教諭への面接調査(光井・吉武、2020)
事前の理科教育から被災時のストレス軽減に至る過程には多様な心理的プロセスが想定される。まず、事前の教育について、理科の専任教員として授業を担当したX教諭への面接を実施し、授業内容等を確認した。教諭が授業で主に重視していた点は「自分達の住む土地がどのようにできたか知る」「地球のダイナミックさを伝える」「野外等での観察を通じて地学現象のスケールの大きさを実感する」であった。また、地質図を見せながら『この辺を見てごらん、みんな、阿蘇の火砕流が積んだところだよ』など、自分達の住んでいる所の土地の成り立ちを説明し、布田川断層にも言及した。当時は、地震の発生をあまり現実的に思っていなかったため、『いざとなったら起こるかも』と話すと同時に『でも実際に起こる時は、断層からの距離はあまり関係なく一帯が揺れる』と説明した。
・教え子への面接調査(光井・他、2022)
X教諭の教え子への面接を実施し、授業内容や熊本地震発生時の心理状況等を確認した。断層教育の開始後に継続的に授業を受けていた15名中、6名が被災後に授業内容を思い出し、その全員が地震が起きたことに納得する傾向を示した。うち2名は(おそらく日奈久断層による)更なる地震も心配していた。その他、地盤の強さや断層の上盤/下盤と関連づけて被害の大きさを考える発言があった。一方、授業内容を思い出さなかった場合、人とのつながりのみによって被災経験を意味のあるものと捉える傾向がみられた。このことから、授業内容を思い出して被災経験を考える観点が増えたことで、被災後の心理状態に至る過程に差異が生じた可能性が示唆された。
その後、教え子への面接調査における会話内容を分析し、事前の理科教育から被災時の心理的状況に至るプロセスの仮説を生成した。以下にその分析内容を報告する。
2. 分析方法
会話内容の質的分析方法として解釈技法が体系化されている修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を用い、以下の設定にそって会話を分析した。
・分析テーマ:被災者が子どものころの地学教育を思い出し被災状況を受け止めるプロセスの研究
・分析焦点者:子どものころにX教諭の地学教育を受けた熊本地震の被災者
面接中の会話で意味がある箇所を抽出して概念とその定義を設定していき、複数名に当てはまる概念のみを採用して概念間の関係をまとめた。複数の概念をまとめたカテゴリやサブカテゴリを生成して、それらの関係を結果図に表すとともに、ストーリーラインという文章で表して、心理的プロセスの仮説を得た。授業内容を思い出した群と思い出さなかった群に分けて分析し、両群に共通する項目を考慮して結果をまとめた。
3. 結果・今後の課題
ストーリーラインの概要を以下に示す(【 】はカテゴリ、[ ]はサブカテゴリ)。
・思い出した群
被災時の【災害に対する不安の変化】と並行して、小学生当時の【授業の記憶】を思い出し納得するなどの【記憶の想起による地震の受け止めの変化】が生じたことで、適切な[地震発生可能性の受け止め]が行われ、[災害自己効力感の醸成]を主とした【災害意識と防災行動】へとつながっていた。
・思い出さなかった群
揺れや被災生活に関する【非日常感】や身近な人々や他地域の人々などの【人との関わり】が【災害に対する不安の変化】に影響していた。また、【人との関わり】の良し悪しが、現在における[被災経験の受け止め]にも影響していた。これは、【人との関わり】以外に[被災経験の受け止め]に寄与するものが乏しいことに起因する。
以上から、地震や断層の知識は、被災経験の多角的な受け止めに寄与し、その後の地震発生可能性の受け止めなど、災害意識と防災行動にも影響を与えると考えられる。本研究ではその後、仮説の検証を目的としたアンケート調査を行った(吉武・他、2024)。分析を進めて事前の地学教育と被災時の心理状態との関係を明らかにし、学術的根拠をもって地震学の社会普及を目指す。
地震多発国の日本において、地震学の普及は重要であるが、人々の関心は被災生活にあるため、その差異を理解して専門知識を伝える必要がある。
この問題に対して本研究は、被災時に「なぜ自分がこのような辛い被災生活を経験しなければならないのか」を納得しやすくなる材料(光井、2018)としての地震学の重要性を探るべく、「2016年熊本地震の際に小学校当時の断層教育を思い出したことで気持ちが落ち着いた」という事例を調査している。これまでの概要を以下に示す。
・事例の概要(中川、2017)
益城町の小学校在籍当時(2000年頃)に理科の授業で、学校の直下にある布田川断層について学んでいた子供たちが、その後、熊本地震で被災した際に、地震を引き起こしたのがその布田川断層だったと思い出したことで気持ちが落ち着いた、という証言が複数名から得られた。
・教諭への面接調査(光井・吉武、2020)
事前の理科教育から被災時のストレス軽減に至る過程には多様な心理的プロセスが想定される。まず、事前の教育について、理科の専任教員として授業を担当したX教諭への面接を実施し、授業内容等を確認した。教諭が授業で主に重視していた点は「自分達の住む土地がどのようにできたか知る」「地球のダイナミックさを伝える」「野外等での観察を通じて地学現象のスケールの大きさを実感する」であった。また、地質図を見せながら『この辺を見てごらん、みんな、阿蘇の火砕流が積んだところだよ』など、自分達の住んでいる所の土地の成り立ちを説明し、布田川断層にも言及した。当時は、地震の発生をあまり現実的に思っていなかったため、『いざとなったら起こるかも』と話すと同時に『でも実際に起こる時は、断層からの距離はあまり関係なく一帯が揺れる』と説明した。
・教え子への面接調査(光井・他、2022)
X教諭の教え子への面接を実施し、授業内容や熊本地震発生時の心理状況等を確認した。断層教育の開始後に継続的に授業を受けていた15名中、6名が被災後に授業内容を思い出し、その全員が地震が起きたことに納得する傾向を示した。うち2名は(おそらく日奈久断層による)更なる地震も心配していた。その他、地盤の強さや断層の上盤/下盤と関連づけて被害の大きさを考える発言があった。一方、授業内容を思い出さなかった場合、人とのつながりのみによって被災経験を意味のあるものと捉える傾向がみられた。このことから、授業内容を思い出して被災経験を考える観点が増えたことで、被災後の心理状態に至る過程に差異が生じた可能性が示唆された。
その後、教え子への面接調査における会話内容を分析し、事前の理科教育から被災時の心理的状況に至るプロセスの仮説を生成した。以下にその分析内容を報告する。
2. 分析方法
会話内容の質的分析方法として解釈技法が体系化されている修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を用い、以下の設定にそって会話を分析した。
・分析テーマ:被災者が子どものころの地学教育を思い出し被災状況を受け止めるプロセスの研究
・分析焦点者:子どものころにX教諭の地学教育を受けた熊本地震の被災者
面接中の会話で意味がある箇所を抽出して概念とその定義を設定していき、複数名に当てはまる概念のみを採用して概念間の関係をまとめた。複数の概念をまとめたカテゴリやサブカテゴリを生成して、それらの関係を結果図に表すとともに、ストーリーラインという文章で表して、心理的プロセスの仮説を得た。授業内容を思い出した群と思い出さなかった群に分けて分析し、両群に共通する項目を考慮して結果をまとめた。
3. 結果・今後の課題
ストーリーラインの概要を以下に示す(【 】はカテゴリ、[ ]はサブカテゴリ)。
・思い出した群
被災時の【災害に対する不安の変化】と並行して、小学生当時の【授業の記憶】を思い出し納得するなどの【記憶の想起による地震の受け止めの変化】が生じたことで、適切な[地震発生可能性の受け止め]が行われ、[災害自己効力感の醸成]を主とした【災害意識と防災行動】へとつながっていた。
・思い出さなかった群
揺れや被災生活に関する【非日常感】や身近な人々や他地域の人々などの【人との関わり】が【災害に対する不安の変化】に影響していた。また、【人との関わり】の良し悪しが、現在における[被災経験の受け止め]にも影響していた。これは、【人との関わり】以外に[被災経験の受け止め]に寄与するものが乏しいことに起因する。
以上から、地震や断層の知識は、被災経験の多角的な受け止めに寄与し、その後の地震発生可能性の受け止めなど、災害意識と防災行動にも影響を与えると考えられる。本研究ではその後、仮説の検証を目的としたアンケート調査を行った(吉武・他、2024)。分析を進めて事前の地学教育と被災時の心理状態との関係を明らかにし、学術的根拠をもって地震学の社会普及を目指す。
