[SY7-3]認知症高齢者の摂食嚥下障害~神経変性疾患としての認知症を考える
○野原 幹司1(1. 大阪大学大学院歯学研究科 顎口腔機能治療学教室)
【略歴】1997年:
大阪大学歯学部歯学科卒
2001年:
大阪大学大学院歯学研究科修了 博士号取得(歯学)
2001年:
大阪大学歯学部附属病院 顎口腔機能治療部 医員
2002年:
大阪大学歯学部附属病院 顎口腔機能治療部 助手(2007年より助教)兼 医長
2015年:
大阪大学大学院歯学研究科 顎口腔機能治療学教室 准教授
現在に至る
歯科が担当する摂食嚥下障害には大きな特徴がある.それは,その原因疾患が認知症であるというところである.高齢者施設入所者の95%以上は認知症といわれており,「施設の摂食嚥下障害患者=認知症」といっても過言ではない.認知症は,これまでの摂食嚥下リハビリテーション(嚥下リハ)のメインターゲットであった脳卒中回復期と異なり,基本的には進行性の神経変性疾患であることを忘れてはならない.神経変性疾患である認知症の摂食嚥下障害に対して「口腔機能低下症」と診断し,舌や口唇の筋機能訓練で抗おうとするのは不毛である.認知症による機能障害に対して訓練で抗おうとする行為は,効果がないだけでなく,患者や家族,および関連する医療・介護者の失望や消耗を招きかねない.
以上のような認知症高齢者の嚥下リハの特徴・特殊性を鑑みて,昨年発刊された『認知症の人への歯科治療ガイドライン』(医歯薬出版)では「摂食嚥下リハビリテーション」の章が設けられた.このガイドラインにおいて嚥下リハが取り上げられたことは特筆すべきことである.上記特徴を有する「認知症の摂食嚥下障害」のガイドラインが歯科から発信されたということに大きな意義がある.今回のシンポジウムでは,ガイドラインのクリニカルクエスチョンに沿って,歯科が行う認知症高齢者の嚥下リハについて,認知症の原因疾患別の摂食嚥下障害の特徴,摂食嚥下障害の評価方法,摂食嚥下障害への対応法,有効な嚥下訓練,注意すべき薬剤の視点から再度考察・確認してみたい.
極論をいえば,認知症高齢者の嚥下リハは「訓練学」ではなく「診断学」である.認知症の摂食嚥下障害は,舌圧が低いから舌を鍛える,咽頭残留が多いから頸部を鍛えるといった訓練で解決する問題ではない.嚥下機能だけでなく,脳神経内科,精神科,呼吸器科,循環器科,歯科,耳鼻咽喉科,リハ科,薬剤などの知識を駆使し,ときには介助者のスキルやリソース,倫理学・哲学を考慮して,「どのようなものを,どれだけ食べられるか」を総合的に診断するのが認知症の嚥下リハである.今回のガイドラインは,まさにその「診断学としての嚥下リハ」の指針となりうる.歯科にガイドラインが広まることで,漏れることなくすべての認知症高齢者の「食」という生活の彩が守られることを願う.(COI開示:なし)
