The 56th meeting of the Japanese association of educational psychology

The 56th meeting of the Japanese association of educational psychology

Nov 7 - Nov 9, 2014Kobe International Conference Center
The Japanese Association of Educational Psychology
The 56th meeting of the Japanese association of educational psychology

The 56th meeting of the Japanese association of educational psychology

Nov 7 - Nov 9, 2014Kobe International Conference Center

[JB04]改めて幼児教育と小学校教育の学びの連続性を問う

滝口圭子1, 伊藤崇2, 田爪宏二3, 若山育代4, 杉村伸一郎5(1.金沢大学, 2.北海道大学, 3.京都教育大学, 4.富山大学, 5.広島大学大学院)
[企画趣旨]
保育所・幼稚園から小学校への就学や,小学校から中学校への進学は,比較的深刻な環境移行であるととらえられ,その移行を支援する異校種間の連携や接続は,地方教育行政において必須の検討事項となりつつある。幼児教育と小学校教育の連携や接続に際しては,「円滑な移行」や「発達や学びの連続性」が目指されるが,「発達や学びの連続性」は,幼小接続の目的でもあり根拠でもあるという曖昧な概念であるようだ。本シンポジウムでは,特に「幼小の学びの連続性」に限定して議論を深め,実質的な幼小接続の推進を目指す。
[話題提供]
学ばせたいこと,学んだこと,学びたいこと
伊藤 崇
本発表では保育・教育実践における学びに関して,Hedegaardらの提案する理論的枠組みに基づき「(大人が)学ばせたいこと」「(子どもが)学びたいこと」「(子どもが,結果として)学んだこと」という3つの区別を提案する。学ばせたいことと学んだこととの間には矛盾があるものの,それは否定的な出来事ではなく,むしろ人々の活動全体を改変し,子どもにとって学びたいことを生み出していく可能性がある。また,幼小連携の文脈に上記のアイディアを適用するならば,連携の目標をどの水準に置くかという具体的・実践的な問いを提案することが可能となるだろう。
幼小間の「学びの連続性」という言葉が指すものは分かりにくい。実践的には,年度を超えて同一の子どもを担当する可能性のある複数の教育組織が,当該の子どもに関する共通した理解を形成するよう協働を図ることが一般的であろう。行政的には「学びの連続性」というかけ声によって,ある子どもに何を学ばせる必要があるのかに関して組織間の申し送りが円滑に機能することが目指されているように思われる。
しかし,大人が子どもに学ばせたいことは,子どもが学んだことや学びたいこととは必ずしも一致しない。ヴィゴツキーやレオンチェフの発達理論を現代において展開するHedegaardら(Fleer & Hedegaard, 2010)は,個人において学びが生成する過程を以下の3水準で構成されたモデルで説明した。①個人の動機の水準,②個人の置かれた社会的組織(家庭,保育所,小学校など)が要求する制度的な水準,③そうした組織が置かれた共通の基盤である社会的状況の水準。現在推進されている幼小連携とは,②の水準における矛盾を低減させる方向性だと言えよう。また,この方向性は③の水準によって集団的に動機づけられている。しかし,①の水準である個人の動機がいかにして生じ,それが②の水準とどのような関係にあるのかを理解しない限り,この時期における学びを説明できないだろう。本発表では保育所での「遊び」の事例から,これら3水準の関係性について議論する予定である。

保育者側からみた「学びの連続性」:子どもの能力に対する実践知の問題から
田爪 宏二
幼児教育と小学校教育とでは,学びについての考え方に差異がみられる。すなわち,例えば幼稚園教育要領の5領域のねらいや内容にみられるように,幼児教育では子どもの特定の能力だけに着目するのではなく,子どもの姿を総合的に捉えることが求められている。他方,小学校における教科指導においては,学習領域から特定の要素を取り出して課題を設定した学習活動が多くなる。しかしながら,このような学びに対する両者の考え方の差異を踏まえてもなお,幼児教育と小学校教育との接続,更には広く発達における学びの連続性を重視する必要があると考えられる。
ところで,学びの連続性を保証することにおいては,教師や保育者は,教育に対する考え方や立場,更にはその背景にある子どもの能力やその発達的特徴についての認識の違いを相互に理解する必要があると考えられる。この点に関して,話題提供者らは,幼児教育側からの視点として,幼児期における発達が顕著であり小学校における学びにも関連性が高いと考えられる,数量の認知やその個人差について,保育者のもつ実践知や援助の特徴を検討している(田爪・高垣,2012,2013など)。それによると,保育者は子どもの全体像をとらえる視点には長けているが,数量に関わる能力を単独で捉えたり,特定の能力に基づいた視点から子どもの姿を解釈したり,活動を意味づけたりすることは少ないことが示された。更に,保育者は生活や遊びの中で興味を持たせる働きかけは多いものの,数の獲得,教示を援助の主眼とはしておらず,生活場面を活用して数の教育を行うというよりも,生活場面に「埋め込まれた」数への関わりである可能性が指摘された。このような視点を小学校の教師と共有することは,幼児教育と小学校教育の学びの連続性を考えるうえでの一助となると思われる。
話題提供では,上記の調査や関連する諸研究の結果を紹介しながら,主に保育者側からみた「学びの連続性」について,子どもの能力に対して教師や保育者の持つ実践知の問題やそれを踏まえた援助の特徴から考察し,その上でよりよい接続教育のあり方について議論を深めたい。

「発達や学びの連続性」に対する保育者と小学校教師の意識
若山 育代
幼児期と児童期の教育の目的・目標は,学校教育法において連続性をもって構成されている。一方で,幼児期と児童期における教育課程の構成原理やそれに伴う指導方法等には,学びの芽生えの段階と自覚的な学びの段階という幼児と児童の発達段階に配慮した違いが存在する(文部科学省,2010)。
子どもの発達と学びの連続性を確保し,かつ,発達段階に配慮した指導の違いに幼児期と児童期の境界に位置する子どもを戸惑わせないように,現在,幼稚園や保育所等と小学校は,連携による様々な取組みを行っている。そのような中,筆者は大学を含む様々な学校種の連携による取組みの一つとして,幼稚園と小学校,中学校の教師とともに異なる学校種の子どもの造形(美術)活動を比較する取組みを行った。この取組みは,子どもの造形(美術)表現の長期的な発達過程にそれぞれの学校種の子どもの発達特性を位置付けて,子どもの発達のこれまでとこれからを意識した連続性のある実践を保育者と教師が展開できるようにすることを目指すものであった。
こうした連携による取組みをすすめる中で発表者が感じてきたことは,次の二つである。まず,保育者と小学校教師は,子どもの発達と学びが連続していることを十分に理解しているということである。次に,連携による様々な取組みが行われているものの,その成果を日々の保育や教育において子どもの発達と学びの連続性を確保するためにどのように生かしていくことができるのかについては,保育者と小学校教師は丁寧な議論が必要と感じているのではないか,ということである。
このような経験から,発表者は幼稚園教師,保育士,共同保育を実施する保育士,小学校教師に対してインタビューを行った。インタビューの具体的内容は,連携による様々な取組みの成果を,日々の保育や教育でどのように生かしているかというものである。当日は,このインタビュー結果を報告し,保育者と小学校教師の「発達や学びの連続性」に対する意識について議論したい。
引用文献
Fleer, M., & Hedegaard, M. 2010 Children’s development as participation in everyday
practices across different institutions. Mind, Culture, and Activity, 17, 149?168.
文部科学省 2010 幼児期の教育と小学校教育の円滑な接続の在り方について(報告)http://www.mext.go.jp/
component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2011/11/22/1298955_1_1.pdf(2014年5月
27日閲覧)
田爪宏二・高垣マユミ 2012 幼児の数量認知の個人差に対する保育者の認識の特徴:幼稚園教諭へのインタビューによる
事例的検討 臨床発達心理実践研究,7,81-88.
田爪宏二・高垣マユミ 2013 幼児の数量認知の個人差に対する保育者の認識と援助の特徴:「お休み数え」活動に関する
幼稚園教諭へのインタビューの事例から 日本臨床発達心理士会第9回全国大会論文集,75.