The 59th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

The 59th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

Oct 7 - Oct 9, 2017Nagoya Congress Center
The Japanese Association of Educational Psychology
The 59th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

The 59th Annual Meeting of the Japanese Association of Educational Psychology

Oct 7 - Oct 9, 2017Nagoya Congress Center

[JE02]学びをうながす諸要因について能動的・主体的学びにつながる学習者の要因

高平小百合1, 木村美奈子2, 布施光代3, 魚崎祐子4, 竹内謙彰5(1.玉川大学, 2.名城大学, 3.明星大学, 4.玉川大学, 5.立命館大学)
企画趣旨
 近年の学校教育の方向性である能動的・主体的・対話的で深い学びの推進は,そのような学びを可能にする授業方法の改善に重きを置いているように思われる。しかしながら,学びの主体である学習者の側の要因については,あまり議論されていない。本シンポジウムでは,授業方法に関わらず学習者の観点から能動的・主体的で深い学びをうながすさまざまな要因について議論したい。特に,児童期から青年期までの多様な学びの現場において,学習動機付け・学習方略・学習信念・自己表現などが学習者の能動的・主体的学びをうながすためにどのように関わっているかを検討する。


自己解放の喜びは学びを促進させるかー算数の学習と図工の学習の比較を通して

 木村美奈子
 学校教育において,「算数を学ぶ」ことと「図工を学ぶ」ことの違いはなんだろうか。勉強は嫌いだけど図工や音楽の授業は好き,という子どもは多くいると考えられるが,その違いはどこにあるのか。学校での教科学習は当然,方向付けがされており,それは算数も図工も変わらない。しかし,算数では始め,数字や式の正しい操作を徹底的に教え込まれるのに対して,図工や音楽などの表現領域の科目は,道具の操作や技法の修得ばかりでなく,自己表現,自己解放が重要な目的となる。この自己表現や自己解放がおそらく子どもたちに大きな喜びをもたらしていると考えられる。
 一方,両者の差異ばかりでなく共通点に注目してみると,それらを明らかにするには,まず,子どもが何に向かって発達していくのか,また学校教育によって方向付けられる「学び」の目標地点はどこにあるのかを,擦り合わせて考えてみる必要があると思われる。
 本発表では,「算数を学ぶ」ことと「図工を学ぶ」ことのプロセスの比較を通して,自己表現や自己解放の重要性について論じ,学びを促進する要因の一側面を浮き彫りにできたらと考えている。その際,すべての学びは最終的に自己解放に繋がっているという視点に立って,この問題へのアプローチを試みる。


児童の学びを促す積極的授業参加行動と動機づけ

布施光代
 小学校での生活時間の大半を占める授業の中で,いかに子どもたちの動機づけを高め,学習の理解を促すかが課題とされている。こうした授業や学習への動機づけは,子どもたちの授業中の行動に表れると考えられる。従来,発言や挙手のような行動は積極的な授業参加であるとされていることから,そのような行動を示す子どもは授業に対する動機づけも高いと考えられてきた。しかし,挙手や発言は少なくとも教師の話を集中して聞くような児童の積極的な授業参加を評価する視点も必要であろう。そこで,本報告では,従来から積極的であると評価されてきた挙手や発言のような行動に制限することなく,授業に集中して話を聞くなどの行動も含めた授業への積極的な参加行動を「積極的授業参加行動」とし,児童の学びにつながる積極的授業参加行動と動機づけとの関連について検討した調査結果を報告する。特に,積極的授業参加行動のうち,これまで積極性の評価の観点としては重視されてこなかった「注視・傾聴」行動と動機づけの関連の強さは,子どもたちの学習や授業中の行動を評価する新たな観点となりえるだけでなく,学習の促進要因にもなると考えられる。こうした可能性について,これまでの研究から得られた結果を基に議論したい。


方略としての学習行動

魚崎祐子
 われわれが何かを学習する際,その効果を高めようとして様々な行動をとるだろう。しかし,それらの行動が常に学習成果に結びつくとはいえない。
 吉田・村山(2013)によると,どのような方略が学習に対して有効なのかを的確に認識しておらず,そのようなことについて日頃から考えていないという中学生の姿が報告されている。これは中学生だけではなく,大学生になっても同様の傾向があるのではないだろうか。
 本発表では,テキスト読解中の下線ひき行動や講義場面におけるノートテイキングといった多くの学習者によってとられる行動と学習成果との関係についていくつかの研究を挙げながら,学習行動が学習方略として機能する際に必要な要因について検討していきたい。
 また,適切な方略を用いることができるようになっていく上では,教師をはじめとする周囲の人間の存在も影響するだろう。教師が何をよしとするのかは無意識の部分も含めて子どもたちに伝わりやすい。一方,皮肉なことであるが,教師やテキストが親切に導きすぎることによって,自ら考えて情報を判断する機会が減少することが,学習者による方略獲得の機会を奪っているという見方もできる。適切な行動を表面的なものとしてではなく,方略性をもったものとして身につけていくための教師の関わりについても議論したいと考えている。


学習信念・学習経験・原因帰属の関係からみる学びを促す要因について

高平小百合
 最近の国際比較調査(IEA,2015)においても,「算数は楽しい」と答えた日本の小学生・中学生は,国際平均値よりもはるかに少なく,「数学を勉強すると,日常生活に役立つ」という質問に対しても同様の答えであったことが報告されている。この傾向は,高校・大学と成長・進学とともにより顕著に現れることは容易に想像できる。特に,小学校教師志望の教育学部生の中には,数学に苦手意識を持つ学生が多いことはよく知られている(今井,2007)。しかしながら,日常生活の中での数学の有用性や数学の面白さを認識し,理系に進む大学生も少なからず存在するのも事実である。これら数学に対する認識の違いはいつごろからどのようにして生まれたものであろうか?
 本発表では,算数・数学に対する学習信念・学習経験・および成績の自己評価に対する原因帰属について,工学部に進み数学教師を志望している理系学生と教育学部に進み小学校・中学校(社会・体育)教師を志望している文系学生とを比較した調査結果を報告する。理系・文系学生の間での算数・数学に対する学習信念の何が異なるのか,また成績評価に対する原因帰属に違いがあるのか、そしてそれらが数学学習経験の違いにどのように影響するのかを検証する。これらの結果から,理系学生に見られる算数・数学の能動的・主体的学びにつながる要因と,苦手意識を持つ文系学生の要因について考察する。