Presentation Information
[T9-O-7]Bridging Deep Time and Shallow Time-The Meaning Behind Publishing The Story of the Earth and Its People
*Kazuo AMANO1 (1. Center for Spatial Information Science, The University of Tokyo)
【ハイライト講演】 日本地質学会が各地のジオパークに伝わる伝承や神話,風土記などの文化的ストーリーと,それに対応する地質現象を結びつけて紹介する『大地と人の物語』を出版した.本書を通じて,様々な地質現象と,それに対応して暮らしてきた人々の知恵や文化を,統合的に理解し,地球規模の長い時間軸すなわち「ディープタイム」へと想像力を広げていくことができる. ※ハイライト講演とは...
Keywords:
geopark,big history,deep time,shallow time,folklore
本講演では,近代地質学の成立とその核心概念である「ディープタイム(DEEP TIME)」の意義を出発点に,現代における人間と地球との関係性を,ジオパークおよびビッグヒストリー(Big History)の枠組みを通じて考察する。18世紀末,ジェームズ・ハットンらの研究により近代地質学が誕生した1。このとき提示されたのが,地球の歴史が人間の時間感覚をはるかに超える膨大な時間,すなわち「ディープタイム」のスケールで進行してきたという概念である。これは,人類史とは桁違いの長さを持つ地質学的時間の中で,大地がゆっくりと変化してきたことを意味する。例えば山脈の形成やプレート運動,火山活動,堆積作用などは数万年〜数百万年単位で進行する現象であり,それらの蓄積の上に現在の地形や環境が存在する。こうした地球規模の長い時間軸で歴史をとらえる視点は,近年注目されている「ビッグヒストリー(Big History)」にも通じている。ビッグヒストリーは,宇宙誕生(ビッグバン)から始まり,銀河や恒星の形成,地球の進化,生物の出現,人類の誕生に至るまでの約138億年の流れを,一つの連続した物語として描く試みである2。この枠組みにおいては,人間の歴史は宇宙全体のスケールの中で捉え直され,私たちの存在が自然史の一部であることがより明確になる3。
このような超長期的な視座は,地球の成り立ちとそこに生きる人間との関係を考えるうえで非常に重要であり,ジオパークの活動とも深く結びついている。ジオパークは,単に地質的に貴重な景観を保護し観光資源として活用する場ではない。それは,大地と人間との共生の歴史を,科学的・文化的両面から学び,次世代へと継承していくための「場」である。ジオパークにおいては,火山活動や地震,隆起・侵食などの自然現象と,それに対応して暮らしてきた人々の知恵や文化を,統合的に理解することが求められる。しかし,ジオパークを訪れる多くの一般の人々は,日常生活に根ざした「シャロータイム(SHALLOW TIME)」,すなわち数十年から百年単位の時間スケールで生きており,ディープタイムという桁違いの時間感覚を体感的に理解することは難しい。こうしたギャップを埋めるためには,地質学的知識を直接的に伝えるだけでなく,人々に親しみやすい語り口や物語性を用いて,ディープタイムへと想像力を広げていく工夫が求められる。
その具体的試みの一つが,日本地質学会がこのたび出版した書籍『大地と人の物語』4である。本書は,全国各地のジオパークに伝わる伝承や神話,風土記などの文化的ストーリーと,それに対応する地質現象を結びつけて紹介している。たとえば,ある地方で語り継がれる神話に登場する山や岩が,実は数百万年前の火山噴火や地殻変動によって形成されたものであることを科学的に解説しつつ,それが地域の人々にどのような意味を持って語られてきたかを描いている。こうした手法は,地質学的知見と人文的感性を融合させるものであり,学際的なアプローチとして高く評価される。『大地と人の物語』は,単なる解説書ではなく,一般の読者にディープタイムのスケールで物事を捉えるきっかけを与えるという点で,重要な教育的・啓発的意義を持っている。これにより,ジオパークという場が単なる観光地ではなく,私たちの存在を大きな地球の物語の中で見直す「思考の場」として機能する可能性が開かれる。本講演では,こうしたディープタイムの概念とビッグヒストリーの視座を背景に,ジオパークの果たす役割や教育・普及の可能性について紹介し,理系と文系の融合による新たな地球理解の方向性を提示したい。
[参考文献]
1. ジャック・レプチェック, 2004, ジェイムス・ハットン–地球の年齢を発見した科学者. 春秋社,(平野和子訳).
2. デイビッド・クリスチャン, 2019, オリジン・ストーリー–138億年全史.筑摩書房,(柴田裕之訳).
3. 片山博文, 2024, 人新世のヒューマニズム–138億年のビッグヒストリーから読み解く現代.桜美林大学出版会, 217pp.
4. 日本地質学会編, 2025, 大地と人の物語–地質学でよみとく日本の伝承.創元社, 168pp.
