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[T3-O-3]Evaluation of use of lime in traditional papermaking: Limestone geology in Kochi Prefecture and Tosa-washi papermaking

*Goichiro Uramoto1, Tatsuyuki Kitaoka, Miho Sasaoka2 (1. Kochi University, 2. SASAMI-GEO-SERVICE)
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Keywords:

Tosa-washi paper,Limestone,traditional craft,slaked lime

 日本では,古来から楮・三椏などの木材を原料として,和紙づくりの伝統文化が受け継がれてきた(Prestowitz and Katayama, 2018; 大川,2024).和紙は,原料の木材の樹皮を処理し,繊維を分散させることで作られる.これに対し,洋紙は,小片化した木材を処理して繊維を分散させて作られるため,和紙に比べて繊維が短い.和紙は長く絡み合った繊維の構造を有することで,強靭で保存性に優れた紙となる.文字や絵を描く用途に留まらず,建具(障子,襖)や防水和紙(雨傘)などの日常生活の様々な場面で用いられてきた.
 著名な和紙産地の一つである高知県では,日本伝統工芸品に指定されている「土佐和紙」が生産されている(高知市,2008).歴史的に,高知県では当地に多産する石灰岩(産総研地質調査研究センター,2023)から作られる消石灰(水酸化カルシウム)を水に溶かした石灰水で楮や三椏の樹皮を煮る(煮熟[しゃじゅく])和紙製法が根付いている.この製法では,アルカリ性の石灰水で原材料の樹皮を処理することで,樹皮に含まれ,繊維同士を接着させる有機物のリグニンやペクチンが溶解され,繊維を分散し,和紙作りに適した状態の繊維になるとされている.一方,アルカリ性水溶液で処理する点で,現代では工業的に塩基性物質を容易に作ることができる.ただし,工業的に作られた試薬のアルカリ性溶液で和紙の材料を処理すると,石灰水で処理した場合に比べて繊維が細かく分散し,和紙作りに適した状態の繊維にならないとされる.しかしながら,繊維の分散度合いに関する見解は土佐和紙職人の経験的・感覚的なものである.石灰水を用いた処理で和紙作りに適した状態の繊維が得られる具体的な作用や機構は分かっていない.これは製作された和紙の研究事例は多々あるものの(大川,2024など),和紙の個別の製作過程を具体的に検証した事例が限られているためと考えられる.そこで本研究では,石灰岩から作られる消石灰を,土佐和紙作りの煮熟に用いる効用を検証することを目的とした.研究では,土佐和紙の主要原料となる高知県産の楮について,以下の条件で煮熟し,繊維を分散させた:(1) 土佐和紙の製法に則って,高知県産の石灰岩から作った消石灰の石灰水で煮熟,(2) 石灰水にカルシウムイオンを除去するキレート剤のEDTA-4Naを添加して煮熟,(3) 工業的に製造された炭酸ナトリウムや水酸化ナトリウムの水溶液で煮熟.得られた繊維は洗浄後に自然乾燥させ,走査電子顕微鏡(SEM)による観察や,エネルギー分散形X線分析装置(EDS)による元素分析を実施した.SEMによる繊維の表面観察の結果,石灰水処理した繊維の表面は比較的滑らかであり,また,EDSでは微弱ながらカルシウムを検出した.一方,EDTA-4Naを添加した石灰水で煮熟した繊維の表面は細かな皺状の微細構造や裂け目が観察され,これは水酸化ナトリウムで処理した繊維も同様だった.また,炭酸ナトリウム水溶液で処理した繊維は,消石灰-EDTA-4Naや水酸化ナトリウム水溶液で処理した繊維ほどではないものの,微細な皺状構造が観察された.これらの繊維では,EDS分析にてカルシウムはもちろん,ナトリウムも検出されなかった.これらの結果から,石灰水による処理が和紙に適した繊維状態をもたらす理由として,カルシウムが存在することで,“繊維構造の破壊を低減”して繊維分散させる効果があると推察される.EDTA-4Naによるカルシウムのキレート除去では,この効果が阻害され,繊維が劣化したことが確認された.工業的に作られた水酸化ナトリウムや炭酸ナトリウムの水溶液処理でも,繊維の劣化が確認された.これらの結果は,石灰水に含まれるカルシウムの効果で,楮の繊維の構造を保持しつつ,穏やかに解繊され,土佐和紙づくりに適した繊維の分散状態が得られたことを示唆する.今後,更なる検証は必要であるが,現時点の結果として,土佐和紙職人たちが高知の石灰岩地質を,経験や勘を頼りに活用して,和紙づくりをしてきたことに,科学的な意味があることを示すものと考えられる.
 【文献】
 高知市,2008,土佐和紙(土佐の手作り工芸品).https://www.city.kochi.kochi.jp/site/tosa-kogei/(閲覧日:2025年7月8日)
 大川,2024,和紙を科学する. 勉誠社,東京,238頁
 Prestowitz and Katayama, 2018,Washi. Book and Paper Group Annual, 37, 1–15
 産総研地質調査総合研究センター,2023,20万分の1シームレス地質図V2,オリジナル版,https://gbank.gsj.jp/seamless/(閲覧日:2025年7月8日)