Presentation Information

[T3-O-9]What Does the Rediscovery of Stone Materials Unearth in a Region?: The Potential of Participatory Research from a Cultural Geology Perspective

*Kiminori TAGUCHI1, Hiroyuki YAMASHITA1, Yuichi TANJI2, Fumikatsu NISHIZAWA1, Itsuki NATSUME1 (1. Kanagawa Prefectural Museum of Natural History, 2. Kanagawa Prefectural Museum of Cultural History)
PDF DownloadDownload PDF

Keywords:

Regional Resources,Citizen Participation,Collaborative Cycle,Geopark

 1. はじめに
 近年,「地域資源」を活かした地域づくりが全国的に進められている.1970年代には,地域の歴史や風土に根ざし,住民が主体となる「内発的発展」の思想が提唱された(鶴見・川田, 1989).これは,外部の価値に依存せず,地域に内在する資源を見直し,活用しようとする価値観の転換であった(宮崎, 2011).
 本研究では,名称すらなく記録も乏しい「マイナーな石材」,すなわち地域に埋もれた「地域地質資源」に注目する.これらは,地域住民にとって日常の風景の一部として見過ごされがちだが,地質と人間の営みの関係を探る「文化地質学」の視点から光を当てることで,地域のアイデンティティや歴史を掘り起こす鍵となりうる.また,こうした石材は世代交代とともに記憶から失われつつあり,保全の観点からも喫緊の課題である.
 そこで本研究では,「市民とともに地域地質資源を発掘・再発見し,科学的に支援しながら地域に残すことは可能か」という問いのもと,地域博物館と市民の協働による実践的プログラムを展開している.本発表では,その進捗と成果を報告する.

2. 方法:協働サイクルの構築と実践
 本研究では,研究者による一方的な調査に限界があることから,「①普及講演会 →②情報収集 →③文理融合調査」の3段階を循環させる「協働サイクル」を構築し,箱根ジオパークの枠組みを活用して実践している.この手法の特徴は,地域住民・行政職員・外部専門家からなる混成チームによる複眼的な視点の導入にある.
フェーズ①:普及・情報喚起
 講演会や現地見学会を通じ,石材の魅力や価値を住民に伝え,当事者意識を醸成した.これらの場は,一般市民から地域の潜在的な記憶や知見を引き出す「呼び水」として機能した.
フェーズ②:情報収集と調査計画
 講演会参加者や地域の歴史に詳しい住民から,「かつて石を採っていた」といった証言や未確認の石材情報が多数寄せられた.これらを検討し,信頼性や調査可能性を踏まえて調査計画を立案した.
フェーズ③:文理融合による調査
 人文科学的には,歴史博物館の学芸員や文化財担当者,元教職員らとともに,現地調査・聞き取り・文献・古写真・地図の解析を行った.自然科学的には,地質学を専門とする学芸員が地質調査・顕微鏡観察・岩石分析を実施し,石材の科学的特性を明らかにした.これらの成果は次の講演会で還元され,再びフェーズ①につながる循環構造を形成している.

3. 結果と考察:掘り起こされた3つの価値
 この市民参加型の協働サイクルは,地質学における新たな実践モデルとなりうる.たとえば,『新編相模国風土記稿』に記載があるものの,実態が不明であった「萩野尾石」について,講演会参加者の証言をきっかけに,採石場跡の特定と利用実態に迫ることができた.
 本研究は,以下の3つの価値を掘り起こしたと考える.
① 場所の価値(ジオヒストリーの復元):文献や個人の記憶と科学的データが結びつき,忘れられた場所の歴史・地質が再構築された.
② 人の価値(市民意識の変容):市民の記憶が公的な価値を持つ第一歩となり,情報の受け手から地域の探求者へと変化する契機となった.
③ つながりの価値(コミュニティ形成):「石」を媒介に,博物館・行政・ジオパーク・市民がつながり,新たなコミュニティ・クラスターが生まれた.

4. 今後の展望
 今後は,萩野尾石の詳細な岩石学的分析を進めるとともに,他地域への展開も視野に入れている.また,研究終了後も協働サイクルが地域に根付き,自立的に循環するための仕組みづくりが課題である.
 市民参加型の協働サイクルは,単に石材を発見するにとどまらず,場所の歴史や人の記憶,そして未来へ続くコミュニティという,多層的な文化的価値を掘り起こす文化地質学の有効な実践であることを示している.

文献
鶴見和子・川田 侃(1989)内発的発展論., 268p. 東京大学出版会
宮崎 清(2011)地域資源活用に基づく地域づくり.デザイン学研究特集号, 19(1), 14-21.

本研究にはJSPS科研費(課題番号JP23K02805)を使用した.