Presentation Information
[T7-O-8]The paleo water temperature of early Pleistocene recorded in carbonate clumped isotopes of fish otolith fossils from the Kakegawa Group and an implication of brackish water environment
*Hirokazu Kato1, Ryoko Senda2, Akihiro Kano3 (1. Faculty of Education and Human Sciences, Teikyo University of Science, 2. Graduate School of Social and Cultural Studies, Kyushu University, 3. Graduate School of Science, The University of Tokyo)
Keywords:
Fish otolith,Fossil,Carbonate clumped isotopes,Paleo temperature,Brackish lake
脊椎動物の三半規管内には,炭酸カルシウムを主成分とした鉱物質の組織が発達する。この組織は耳石と呼ばれ,平衡感覚に関与している。特に硬骨魚類では,他の動物群には見られないほど大きな耳石が発達する。魚類耳石は魚体の成長に伴って成長線を刻みながら付加成長を続ける。
発表者らは,静岡県南西部に分布する下部更新統掛川層群大日砂層から産出する魚類耳石化石と,それらに比較しうる現生魚類の耳石に,“凝集同位体温度計”の原理を適用し,古海洋沿岸部の温度復元を試みた。“凝集同位体温度計”は,重い同位体同士が結合して1つの分子内に存在しやすく,その凝集の強さが温度と逆相関するという原理(Urey, 1947)を用いた温度復元法である。耳石のような炭酸塩試料を対象とする場合には,試料からリン酸解離で生じた二酸化炭素の中での47CO2の存在度異常(Δ47値)を測定し,その値から形成時の温度を求める。この手法の特色は,復元される温度が,炭酸塩鉱物を晶出させる水の同位体組成に依存しない点であり,酸素同位体組成が明らかでない海洋や,魚類体液中から析出した炭酸塩試料にも応用が可能である。しかし,魚類耳石の炭酸凝集同位体に関する研究例は乏しい。Ghosh et al. (2007) によれば,魚類耳石は人工カルサイト試料に比べてやや低いΔ47値(高い沈殿温度を示す)を持つと言われているが,これはΔ47データ補正の差異や,魚の生育温度の見積もりのずれが影響している可能性も指摘されている(Eiler, 2011)。
掛川層群大日砂層からは,多様な魚類耳石化石が産出する。その多くが,キス類やニベ類のような浅海に生息する種や,表層を回遊する種である。また,ハマギギやゴマニベと言った暖かい海域に生息する魚種も含まれるほか,ハダカイワシ類のような深海種も含まれることが知られる(大江,1977)。魚類耳石は,主にアラゴナイトからなる緻密な構造を持っているため,化石となっても初生的な成分や結晶構造を長期的に保存していることが期待される。また,炭酸カルシウムの骨格を持つ微化石試料に比べてサイズが大きく,1つの耳石化石から数ミリグラム以上の分析試料が得られることも利用のメリットである。
大日砂層から産出した耳石化石のΔ47値を温度換算式(Kato et al., 2019)に当てはめると,ニベ属の2個体が14〜15 ºC程度,キス属の3個体が13〜17 ºC,ナンヨウマトイシモチ属の1個体が12 ºC程度と,現在の本州周辺の海洋温度と同じかやや低い温度を示した。さらに,環境水−魚類耳石の酸素同位体比の温度依存分別の式(Geffin, 2012)を用いて,耳石化石の酸素同位体比から古環境水の酸素同位体組成を求めると,いずれの魚種でも−1.0‰vsmow前後の値が復元された。これは現在の海洋や,日本近海で漁獲された現生キス類耳石から同様の方法で求められる環境水の酸素同位体より有意に低い値である。更新世から現在までの海水酸素同位体組成の変位を勘案しても,化石耳石から復元される古環境水の酸素同位体比には,陸水の影響が強く現れていると思われる。
そこで,汽水湖である現在の静岡県浜名湖から釣り上げたシロギスの耳石を用いて,同様に環境水の酸素同位体組成を求めると,大日砂層産耳石から推定される古環境水の酸素同位体組成と近しい値が得られた。このことから,大日砂層堆積時には,多様な魚種が生息する汽水湖の存在したことが示唆される。
引用文献
Urey (1947). The Thermodynamic properties of isotopic substances. J. Chem. Soc., 562– 581.
Ghosh et al. (2007). Calibration of the carbonate ‘clumped isotope’ paleothermometer for otoliths. GCA 71, 2736–2744.
Eiler (2011). Paleoclimate reconstruction using carbonate clumped isotope thermometry. QSR 30, 3575–3588.
大江文雄 (1977). 鮮新統掛川層群大日砂層からの魚類耳石について(Ⅰ). 化石の友, 16, 13–19.
Kato et al. (2019). Seasonal temperature changes obtained from carbonate clumped isotopes of annually laminated tufas from Japan: Discrepancy between natural and synthetic calcites. GCA 244, 548–564.
発表者らは,静岡県南西部に分布する下部更新統掛川層群大日砂層から産出する魚類耳石化石と,それらに比較しうる現生魚類の耳石に,“凝集同位体温度計”の原理を適用し,古海洋沿岸部の温度復元を試みた。“凝集同位体温度計”は,重い同位体同士が結合して1つの分子内に存在しやすく,その凝集の強さが温度と逆相関するという原理(Urey, 1947)を用いた温度復元法である。耳石のような炭酸塩試料を対象とする場合には,試料からリン酸解離で生じた二酸化炭素の中での47CO2の存在度異常(Δ47値)を測定し,その値から形成時の温度を求める。この手法の特色は,復元される温度が,炭酸塩鉱物を晶出させる水の同位体組成に依存しない点であり,酸素同位体組成が明らかでない海洋や,魚類体液中から析出した炭酸塩試料にも応用が可能である。しかし,魚類耳石の炭酸凝集同位体に関する研究例は乏しい。Ghosh et al. (2007) によれば,魚類耳石は人工カルサイト試料に比べてやや低いΔ47値(高い沈殿温度を示す)を持つと言われているが,これはΔ47データ補正の差異や,魚の生育温度の見積もりのずれが影響している可能性も指摘されている(Eiler, 2011)。
掛川層群大日砂層からは,多様な魚類耳石化石が産出する。その多くが,キス類やニベ類のような浅海に生息する種や,表層を回遊する種である。また,ハマギギやゴマニベと言った暖かい海域に生息する魚種も含まれるほか,ハダカイワシ類のような深海種も含まれることが知られる(大江,1977)。魚類耳石は,主にアラゴナイトからなる緻密な構造を持っているため,化石となっても初生的な成分や結晶構造を長期的に保存していることが期待される。また,炭酸カルシウムの骨格を持つ微化石試料に比べてサイズが大きく,1つの耳石化石から数ミリグラム以上の分析試料が得られることも利用のメリットである。
大日砂層から産出した耳石化石のΔ47値を温度換算式(Kato et al., 2019)に当てはめると,ニベ属の2個体が14〜15 ºC程度,キス属の3個体が13〜17 ºC,ナンヨウマトイシモチ属の1個体が12 ºC程度と,現在の本州周辺の海洋温度と同じかやや低い温度を示した。さらに,環境水−魚類耳石の酸素同位体比の温度依存分別の式(Geffin, 2012)を用いて,耳石化石の酸素同位体比から古環境水の酸素同位体組成を求めると,いずれの魚種でも−1.0‰vsmow前後の値が復元された。これは現在の海洋や,日本近海で漁獲された現生キス類耳石から同様の方法で求められる環境水の酸素同位体より有意に低い値である。更新世から現在までの海水酸素同位体組成の変位を勘案しても,化石耳石から復元される古環境水の酸素同位体比には,陸水の影響が強く現れていると思われる。
そこで,汽水湖である現在の静岡県浜名湖から釣り上げたシロギスの耳石を用いて,同様に環境水の酸素同位体組成を求めると,大日砂層産耳石から推定される古環境水の酸素同位体組成と近しい値が得られた。このことから,大日砂層堆積時には,多様な魚種が生息する汽水湖の存在したことが示唆される。
引用文献
Urey (1947). The Thermodynamic properties of isotopic substances. J. Chem. Soc., 562– 581.
Ghosh et al. (2007). Calibration of the carbonate ‘clumped isotope’ paleothermometer for otoliths. GCA 71, 2736–2744.
Eiler (2011). Paleoclimate reconstruction using carbonate clumped isotope thermometry. QSR 30, 3575–3588.
大江文雄 (1977). 鮮新統掛川層群大日砂層からの魚類耳石について(Ⅰ). 化石の友, 16, 13–19.
Kato et al. (2019). Seasonal temperature changes obtained from carbonate clumped isotopes of annually laminated tufas from Japan: Discrepancy between natural and synthetic calcites. GCA 244, 548–564.
