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[T3-P-5]Usage example of tuffaceous building stone from the Northern Kanto Region in the Tokyo metropolitan area

*Naoki TAKAHASHI1, Takuya AKASHI1 (1. Citizen Scientist of the Natural History Museum and Institute, Chiba)
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Keywords:

tuffaceous building stone,Northern Kanto Region,Tokyo metropolitan area,Yabuzuka stone (Yabuzuka-ishi),Oya stone (Oya-ishi)

 首都圏において江戸時代から明治時代初期にかけて使用された石材の多くは,伊豆半島産の安山岩や凝灰岩であり(一部,房総半島産房州石),主に船舶によって運搬された.明治時代中期になり,全国各地に鉄道が敷設されるようになると,内陸の各地で石材開発が行われ,鉄道により首都圏に運び込まれるようになった.現在でも,栃木県宇都宮市産の大谷石や,栃木県那須町〜福島県白河市などで産出する白河石・芦野石は採掘が行われ,首都圏においても利用されている.
北関東地方には,かつてはこれら以外にもいくつかの凝灰岩石材の採石地が存在し,大規模に採掘されて首都圏に多量に出荷された記録が残っているものが存在する(群馬県太田市の藪塚石,栃木県栃木市の岩舟石,栃木県茂木町の茂木石,栃木県益子町の芦沼石など).しかし,それらはすでに採掘が終了しており,当時,石材業に従事した会社等はすでに存在しないことが多く,具体的な出荷先などの消費地に関する情報はほとんど得ることができない.実際に,現在の首都圏では,前述の大谷石,白河石・芦野石以外で,それらが利用されている例を見る機会はまれであり,確認するすべは,実際に現地をくまなく歩いて探すしかない状況である.
これまでに,岩舟石の例として,青山霊園(東京都港区南青山),飛鳥山公園(東京都北区王子),上花輪歴史館(醤油醸造家:千葉県野田市上花輪)などが確認された.前2者は,石垣(間知石)としての利用,後者は機材の束石や雨水排水路としての利用である.なお,岩舟石は多量の礫を含む火山礫凝灰岩〜凝灰角礫岩であり,火山岩礫が多いが,基盤の足尾帯のチャートや頁岩の礫も含まれることから,肉眼でも同定しやすい石材である.
そのようななか,最近,それらの石材の使用例の1つとして,首都圏の鉄道駅のプラットフォームの土台が存在することが判明したので,それらの調査結果について報告する.
最初に確認されたのは,千葉県千葉市の京成電鉄稲毛駅であり,淡い緑色の大谷石とともに,白色で暗色の礫が散在する石材が併用されていた.場所がら接近しての観察が難しく,やや離れた場所からの観察ではあるが,上記の藪塚石に類似すると思われた.同駅は大正10年の開業であり,藪塚石の採石の最盛期に相当することから,使用されてもおかしくはない状況である.これをきっかけとして,同路線の他駅を含め,首都圏の数多くの鉄道駅のホーム石材について調査を進めたところ,同じような石材(藪塚石)を使用している駅はほとんどなく,多くはコンクリート等に改修されているか,自然石材が使用されている駅でも,ほとんどは大谷石であることが判明した.なお,藪塚石はかつて都電の敷石に利用されたという報告があるが(藪塚本町誌専門委員会,1995),現在ではほとんど見ることはできない.
藪塚石,茂木石,芦沼石は岩相が類似しているほか,各地域においてもかなりの岩相変化が認められることから,確実な産地同定は難しい状況である.今後,帯磁率などの物理・化学的データの利用のほか,流通や施工などに関する文献情報などの収集も加えて,首都圏におけるこれらの石材使用例の確認を進めたいと考えている.

[引用文献]
藪塚本町誌専門委員会(編)(1995)藪塚本町誌 下巻.藪塚本町, 1293p.