Presentation Information
[II-CPD2-1]臨床現場で考える次世代育成の課題と展望:指導者・修練医双方の「不確かさの自覚」を提唱する
○犬塚 亮 (東京大学)
Keywords:
次世代育成,臨床現場,展望
小児循環器の次世代育成を取り巻く構造的逆風(働き方改革による教育機会の減少、急変対応に伴う人員配置の困難、少子化による患者数と志望者数の同時減少)については本誌巻頭言(40(2): 69-70, 2024)で記載した。急変対応の場で研修医が上級医の判断を間近で共有することは、かつては学びの自然な経路だった。働き方の見直しが進む中で、こうした学びは見えにくくなっている。
小児循環器は症例数の少なさ、解剖の個別性、長期予後データの不足から、判断の根拠を集団のエビデンスに求めることが難しく、「不確かさを引き受けて判断する」ことが恒常的に求められる。これは内科・外科の別を問わない構造である。本領域における次世代育成の課題は、ガイドラインのような確かな知識の継承ではなく、座学では届かない判断の作法を伝えることにある。働き方の制約で経験量が縮小する中、互いの判断の深さと不確かさを可視化する仕組みが要る。
次世代育成における「世代間ギャップ」の多くは、世代差ではなく不確かさへの態度の差ではないか。世代を超えた共通課題として、指導医・研修医双方の「不確かさの自覚」を提唱する。主体的判断と結果責任を無条件に求めれば安全管理やチーム医療を損なう懸念があり、自覚はその両立の手段でもある。自覚は独断と慣習化への防波堤となり、相談・共有・問い直しといったチーム医療的行動を自然に呼び出す。指導医自身は「自分が不確かなことを判断している」と自覚できているだろうか。その自覚は慣習を正解として扱う誘惑から離れ、世代を超えて臨床能力を維持する条件である。主体的判断は研修医に予め備わるものとして求めず、自覚を経て段階的に到達される目標として位置付け直すべきである。指導医は自身の不確かさを研修医の前で認められるか。研修医は不確かさを抱えたまま判断する勇気を学べるか。本パネルで世代論を超えた共通課題として議論したい。
小児循環器は症例数の少なさ、解剖の個別性、長期予後データの不足から、判断の根拠を集団のエビデンスに求めることが難しく、「不確かさを引き受けて判断する」ことが恒常的に求められる。これは内科・外科の別を問わない構造である。本領域における次世代育成の課題は、ガイドラインのような確かな知識の継承ではなく、座学では届かない判断の作法を伝えることにある。働き方の制約で経験量が縮小する中、互いの判断の深さと不確かさを可視化する仕組みが要る。
次世代育成における「世代間ギャップ」の多くは、世代差ではなく不確かさへの態度の差ではないか。世代を超えた共通課題として、指導医・研修医双方の「不確かさの自覚」を提唱する。主体的判断と結果責任を無条件に求めれば安全管理やチーム医療を損なう懸念があり、自覚はその両立の手段でもある。自覚は独断と慣習化への防波堤となり、相談・共有・問い直しといったチーム医療的行動を自然に呼び出す。指導医自身は「自分が不確かなことを判断している」と自覚できているだろうか。その自覚は慣習を正解として扱う誘惑から離れ、世代を超えて臨床能力を維持する条件である。主体的判断は研修医に予め備わるものとして求めず、自覚を経て段階的に到達される目標として位置付け直すべきである。指導医は自身の不確かさを研修医の前で認められるか。研修医は不確かさを抱えたまま判断する勇気を学べるか。本パネルで世代論を超えた共通課題として議論したい。
