講演情報

[認定P-1]超高齢患者における口腔機能回復を目指したインプラント治療の一症例

○今井 裕子1、小向井 英記1 (1. 医療法人 小向井歯科クリニック)
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【緒言・目的】高齢者における口腔機能の低下は、咀嚼や嚥下に支障をきたすだけでなく、栄養摂取の困難、認知機能の低下、さらには全身的な健康状態の悪化にまで影響を及ぼすことが報告されている。そのため、多疾患を抱える高齢者においては、全身疾患の管理とともに、口腔機能の維持・改善を図ることが極めて重要である。今回、義歯への適応が難しく、自ら「しっかり噛めること」を強く希望した患者に対し、インプラント治療を選択した症例を経験したため、ここに報告する。
【症例および経過】患者は86歳女性。主訴は左側の歯の動揺であり、義歯の使用歴はなかった。残存歯は右上1~7、左上1~3、6、7、左下1~6、右下1~6、8であった。既往歴として高血圧症、糖尿病、骨粗鬆症、関節リウマチ、高脂血症があり、内服薬はアムロジピンおよびアトルバスタチンを服用していた。初診時のパノラマX線撮影により、保存困難な右上4、左上3・6、左下5・6の抜歯を実施。右上③4⑤部には新たにブリッジを製作した。
診断用CTにより埋入予定部位の骨質を評価した結果、Misch分類D2~D3と診断された。術前検査ではHbA1cは5.6と良好なコントロールが確認され、血圧も140台/70~80mmHgで安定していた。糖尿病や関節リウマチにより感染リスクが高まることから、予防的な抗菌薬の投与に加え、徹底した口腔衛生指導を実施した。
手術は局所麻酔下で行い、術中は定期的な血圧測定によって血圧変動を最小限に抑制。Osstem社製のOneGuide systemを用いて、左上3・5および左下6に対し、Mini(3.5×10.0mm)、Regular(4.0×8.0mm)、Regular(4.5×10.0mm)のインプラントをそれぞれ埋入した。その後、精密印象を採得し、左上③4⑤6および左下5⑥に補綴構造を製作・装着した。装着前後で咬合圧と舌圧を測定した結果、咬合圧は282Nから404Nに向上し改善が見られたが、舌圧は22.7kPaから23.3kPaと大きな変化がなかったため、追加で低舌圧トレーニングの指導を行った。なお、本報告の発表については、患者本人より文書による同意を得ている。
【考察】本症例は、超高齢かつ複数の全身疾患を抱える患者に対し、最小限のインプラント埋入により侵襲を抑えながら、咬合力の向上とQOLの改善を実現したものである。術前からの継続的な口腔衛生管理と、全身疾患の安定したコントロールが安全なインプラント治療に繋がったと考える。また、補綴による咬合の回復だけでなく、口腔機能全体の改善を目指してトレーニングを併用することが、さらなる予後の向上に有効であると示唆される。
(COI 開示なし)
(倫理審査対象外)