講演情報
[SCS4-3]「その人らしい人生」を支えるために~「それぞれの最終楽章」取材で感じたこと
○佐藤 陽1 (1. 朝日新聞)

【略歴】
1967年 兵庫県西宮市生まれ
1990年 米・ジョージワシントン大学政治学部を卒業
1991年 慶応義塾大学法学部政治学科を卒業。朝日新聞社入社、大分支局へ配属
1998年 朝日新聞東京本社学芸部
2000年 くらし編集部
2003年 広告局広告2部
2005年 生活部
2012年 横浜総局
2017年 文化部be編集部 現在に至る
1967年 兵庫県西宮市生まれ
1990年 米・ジョージワシントン大学政治学部を卒業
1991年 慶応義塾大学法学部政治学科を卒業。朝日新聞社入社、大分支局へ配属
1998年 朝日新聞東京本社学芸部
2000年 くらし編集部
2003年 広告局広告2部
2005年 生活部
2012年 横浜総局
2017年 文化部be編集部 現在に至る
人はみな例外なく最期を迎える。その「最後のプロセス」は人それぞれだ。がんと闘い亡くなる人もいれば、老衰で枯れるように亡くなる人もいる。若くして人生を閉じる人もいる。大事なのは、人生の最終段階に入ったとしても、「その人らしい人生を生ききること」ではないだろうか。
そんな様々な「看取り」のケースについて連載する「それぞれの最終楽章」を、朝日新聞週末版「be」で、2018年4月から始めた。残念ながら今年3月で連載は終結したが、丸8年にわたり400人を超える方たちの人生を「追体験」してきた。医療・介護関係者から取材させていただいた方々がほとんどだったが、その方の「こだわり」や「キャラクター」が目に浮かぶようだった。
今でも様々な患者さんのことが思い出される。たとえば、ある団地内の介護施設で亡くなった50代男性がいた。脳梗塞の後遺症で全身まひになり、電動車いすに乗っていた。元数学講師の彼は超わがまま。夜中に突然介護職員を呼び出し、「パクチーを買ってこい」ということもあったそうだ。勝手に映画に出かけ、気持ち悪くなって吐いてしまい、介護職員を呼び出すこともあった。でも友達は多かったそうだ。介護施設の管理者は「超わがままなおやじさんだったけど、なぜか憎めない人だった」と振り返る。私自身は直接会ったことがなかったが、「人間、自由に生きていいんだ」と感じた。
ひとり暮らしの男性は、ラーメンが大好きだった。でも脳梗塞の後遺症で嚥下機能が低下し、「汁付きめん」はむせるので禁止になっていた。訪問管理栄養士は最後にラーメンを作ってあげ、めんを細かく刻んで食べてもらった。男性は「これや! これがラーメンの味や!」と喜んだ。
ほかにも家族に温かく見守られ亡くなったがん患者、天涯孤独で唯一のつながりが訪問看護師だったという患者……様々なケースが思い浮かぶ。
取材を通じて感じたのは、「今」は「最期」につながっている、ということだ。当たり前だが、「今」の積み重ねが「最期」なのである。その「今」に寄り添い続けるのが、歯科医や歯科衛生士などの医療・介護スタッフなのではなかろうか。寄り添うだけでなく、時に叱り、時に一緒に笑うことも必要かも知れない。
今回の発表では、そんな私の取材した「看取りの物語」を紹介し、みなさんに「今を生きることの大切さ」「その人らしい人生とは何か」ということを考えていただければと思う。医療・介護スタッフとして、患者・利用者の方への接し方に日々悩まれているみなさんのお役に立てれば本望である。
そんな様々な「看取り」のケースについて連載する「それぞれの最終楽章」を、朝日新聞週末版「be」で、2018年4月から始めた。残念ながら今年3月で連載は終結したが、丸8年にわたり400人を超える方たちの人生を「追体験」してきた。医療・介護関係者から取材させていただいた方々がほとんどだったが、その方の「こだわり」や「キャラクター」が目に浮かぶようだった。
今でも様々な患者さんのことが思い出される。たとえば、ある団地内の介護施設で亡くなった50代男性がいた。脳梗塞の後遺症で全身まひになり、電動車いすに乗っていた。元数学講師の彼は超わがまま。夜中に突然介護職員を呼び出し、「パクチーを買ってこい」ということもあったそうだ。勝手に映画に出かけ、気持ち悪くなって吐いてしまい、介護職員を呼び出すこともあった。でも友達は多かったそうだ。介護施設の管理者は「超わがままなおやじさんだったけど、なぜか憎めない人だった」と振り返る。私自身は直接会ったことがなかったが、「人間、自由に生きていいんだ」と感じた。
ひとり暮らしの男性は、ラーメンが大好きだった。でも脳梗塞の後遺症で嚥下機能が低下し、「汁付きめん」はむせるので禁止になっていた。訪問管理栄養士は最後にラーメンを作ってあげ、めんを細かく刻んで食べてもらった。男性は「これや! これがラーメンの味や!」と喜んだ。
ほかにも家族に温かく見守られ亡くなったがん患者、天涯孤独で唯一のつながりが訪問看護師だったという患者……様々なケースが思い浮かぶ。
取材を通じて感じたのは、「今」は「最期」につながっている、ということだ。当たり前だが、「今」の積み重ねが「最期」なのである。その「今」に寄り添い続けるのが、歯科医や歯科衛生士などの医療・介護スタッフなのではなかろうか。寄り添うだけでなく、時に叱り、時に一緒に笑うことも必要かも知れない。
今回の発表では、そんな私の取材した「看取りの物語」を紹介し、みなさんに「今を生きることの大切さ」「その人らしい人生とは何か」ということを考えていただければと思う。医療・介護スタッフとして、患者・利用者の方への接し方に日々悩まれているみなさんのお役に立てれば本望である。
