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[II-MES-1]異種臓器移植:日本で始める前に考えておかなければならない倫理的・法的・社会的課題

神里 彩子 (国立成育医療研究センター)
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キーワード:

異種臓器移植、倫理、社会

平均寿命の延伸により、重度臓器不全の患者数が増加している。重度臓器不全に対する効果的な治療法は臓器移植だが、世界的に深刻な移植用臓器不足が患者への移植医療の提供を阻んでいる。米国では、2023年に46,000件以上の移植手術が行われたが、それでも移植待機患者数は10万人を超え、平均して1日あたり17人の待機患者が死亡しているという 。日本では、2023年に580件の移植手術が実施されたが、待機患者数は2023年12月時点で16,300人を超えていた。このような、臓器移植の需要と供給のバランスの不均衡を解消する方法の一つとして「異種移植」がある。これは、1960年代以降、アメリカを中心にしばしば実施されてきたが、患者は激しい免疫拒絶反応を起こし、短期間で死亡に至っていた。しかし、ゲノム編集技術CRISPR-Cas9の登場により、免疫拒絶反応が生じにくいブタの開発が進み、近年、「異種移植」の実施及び研究が加速している。2022年1月にはメリーランド大学でECMOが装着された同種移植不適応の末期心不全患者に対してブタ心臓移植が行われ、移植後60日間生存した。2023年9月には同大学で2例目のブタ心臓移植が実施され 、また、2024年5月には中国で世界初のブタ肝臓移植が行われたとの発表があった。日本国内でも、複数の大学が異種移植の臨床試験に向けて準備していると報道されており、臨床試験の実施が現実味を帯びてきている。一方で、「異種移植」は動物の臓器を人の体に移植することから同種臓器移植とは異なる倫理的・法的・社会的課題を孕む。これに対する社会的な議論と合意形成が不可欠であるが、現在のところその対応は進んでいない。そこで、本講習会では、日本で異種臓器移植を始める前に医師その他医療従事者の方々にも考えていただきたい倫理的・法的・社会的課題を提示したい。