講演情報

[シンポジウム3]運動器理学療法「躍進」のためのケーススタディ
腰痛に対する理学療法の解像度を上げる
 ―ケーススタディから学ぶ実践知―

多々良 大輔 (switch physio|株式会社 オンボーディング)
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[職歴]
1997年 医療法人清幸会 土肥病院
1998年 医療法人三光会 誠愛リハビリテーション病院
2005年 医療法人正明会 諸岡整形外科病院・クリニック リハビリテーション科 科長
2011年 医療法人オアシス 福岡志恩病院 リハビリテーション部 部長
2023年 switch physio 代表
2025年 株式会社 オンボーディング 代表取締役

[学歴]
1997年 川崎リハビリテーション学院 卒業
2022年 九州看護福祉大学大学院看護福祉学研究科健康支援科学専攻 (修士課程) 修了

[主な社会活動]
理学療法士として個人事業「switch physio」にて自費リハビリテーションを実践する一方,「株式会社オンボーディング」代表取締役として,整形外科クリニックのリハビリテーション部門に対する運営コンサルティング・セラピスト育成支援を展開している.臨床家と経営者という二つの立場を掛け合わせた視点から,医療従事者向けの講演やクリニックアドバイザー活動を通じて,理学療法士の社会的価値の向上に取り組んでいる.

https://www.instagram.com/onboarding.inc/
[抄録]
【はじめに】
 運動器疾患において腰痛は,理学療法士が日々の臨床で最も頻繁に出会う症状の一つである.しかしその原因や症状は多岐にわたり,画一的なアプローチでは対応できないことも多い.臨床経験の浅い若手理学療法士がよく直面する壁は,「評価データは集まったのに,どこから手をつければよいかわからない」という状況である.その結果,介入が固定化され,患者それぞれの問題に応じた対応が困難となる.こうした課題を乗り越えるための有効な学習手段が,ケーススタディである.実際の症例を丁寧に掘り下げることで,臨床推論の筋道を体験的に習得できる.仮説を立て,介入し,その結果から問題点を絞り込むという動的な思考プロセスを共有し,運動器理学療法の実践力を高めるためのフレームワークを提案する.

【ケーススタディが問う臨床推論の本質】
 ケーススタディから学ぶ真の意義は,「正解を知ること」ではなく,「思考のプロセスを追体験すること」にある.臨床場面では,客観的な評価・計測・観察の手順化といった再現可能な「スキル」を土台としながら,そこから得られた断片的な情報を統合し,過去の症例や動作パターンとの類似性を直感的に結びつける能力—「iconicity(アイコニシティ)」—が問題の本質を見抜く鍵となる.そしてその直感に理論を重ね合わせ,最も可能性の高い問題点を推論する「abduction(アブダクション)」のプロセスを経ることで,はじめて最適な介入へとつながる「センス」が発揮される.
 腰痛では,画像所見と臨床症状が一致しないケースも珍しくない.だからこそ,「なぜその評価を選んだのか」「なぜその介入に至ったのか」という推論の文脈が重要であり,ケーススタディの追体験は,こうしたセンスを育むための良質な学びの機会となる.まず「大きなフレーム」で介入の入口をつかみ,段階的に問題を絞り込んでいくという,シンプルで再現性の高い臨床推論の手順について,症例を通じて解説する.

【介入を「治療的検査」として捉える:仮説検証の実践】
 立てた仮説に基づき,主要な機能障害に対して徒手療法,特定の方向への運動,安定性を高める介入などを「治療的検査」として試みる.そしてその直後の症状変化や動きの改善を「再検査」することによって仮説の妥当性を確かめた上で,エクササイズや日常生活での注意点の指導へと繋げることが重要である.ケーススタディにて,この一連の思考の流れを追うことで,介入を選ぶ根拠とその検証方法を一体として学ぶことができる.患者の反応をリアルタイムに受け取り,仮説を柔軟に修正しながら進めるこのプロセスの反復こそが,「なんとなくの介入」を「根拠のある選択」へと変え,臨床意思決定能力を高める.そしてその積み重ねが,センスの土台となる「iconicityのスキル化」—すなわち,パターン認識を再現可能な評価能力として構造化すること—へとつながっていく.

【おわりに】
 センスは生まれつきの才能ではない.標準化されたスキルと,類似パターンを見抜く能力の積み重ねによって,習得可能なものである.
 日常の臨床における運動器理学療法の「躍進」は,特殊テクニックの習得によってではなく,こうした地道な仮説検証の積み重ねによってもたらされる.ケーススタディはその積み重ねを加速させる優れた学習の場である.介入の結果を誠実に受け止め,仮説を修正し続けること——このプロセス自体が理学療法士としての専門性を育てる.本シンポジウムが若手理学療法士の皆さんにとって,臨床に自信を持って向き合うための一助となれば幸いである.

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