講演情報
[14-O-O001-01]当施設における転倒時の外傷に影響する要因の調査
*山路 健太1 (1. 愛知県 社会医療法人大雄会 老人保健施設アウン)
老年症候群の一つである転倒と、転倒に伴う外傷に関する調査を施設にて実施したところ、多くの転倒が居室で発生し、全入所者の40%超が転倒を経験、16%が転倒外傷を経験していた。さらに、転倒外傷は「より高齢であること」「よりBMIが低値であること」「立位・歩行時の転倒」が影響因子として抽出され、高リスク者を優先的に見守る体制整備や、衝撃を緩衝する製品の使用等、対策実施に活かせられる有意義な調査となった。
【はじめに】
近年、高齢者の転倒は老年症候群に位置付けられ、すべての高齢者に起こる事象と捉えられているが、転倒に伴う外傷は生活機能の低下につながるため、予防施策が必要である。しかし、転倒外傷リスクを高める要因に関する先行研究は少ない。そこで今回、当施設入所者を対象とした転倒外傷に影響する要因を調査した。
【調査の対象】
当施設にR4.12.1~R5.12.8に入所した、255名(男性88名、女性167名、年齢Av.86歳(±8.47)、介護度Av.2.88(±1.23))のうち、施設で転倒した111名を対象とした。
【調査の方法】
事故報告書及び基本情報書類から、年齢、BMI、要介護度、ICF-S総得点、HDS-R、転倒の種類(ずり落ち、移乗時転倒、立位・歩行時転倒)、主移動手段(歩行、車椅子)、既往歴(転倒骨折受傷歴、骨粗鬆症、神経疾患)、これらの情報を収集した。統計方法は、転倒外傷有群、無群の2群に分け、t検定、マン・ホイットニーのU検定、及びχ二乗検定にて2群間を比較検討し、統計学的有意基準はすべて危険率5%未満とした。
【外傷の有無の判断方法】
日本外傷学会の定義を参考に、転倒を起因とした「骨折」「脳出血」「皮膚の損傷」「内出血」「皮下血腫」「炎症所見を伴う打撲(疼痛、発赤、腫脹)」、以上を「転倒外傷」と判断した。
【結果】
期間内入所者255名中、111名(43.5%)が転倒を経験し、27名(11%)が転倒に伴う軽度受傷を、14名(5%)が骨折・脳出血等の重度外傷を経験していた。転倒事故242件の分析では、193件(80%)の事故で無傷、35件(14%)が軽症、14件(6%)が重傷事故であった。転倒の種類は、立位・歩行時90件(37%)、移乗時77件(32%)、ずり落ち51件(21%)であり、転倒場所は、居室174件(72%)、食事フロア35件(14%)、トイレ18件(7%)、廊下13件(5%)、その他2件(1%)であった。
転倒外傷有群、無群間の比較検討では、転倒外傷有群は、有意に高齢かつ低BMIであった(p<0.05)。一方で、ICF-S総得点、要介護度、HDS-Rに有意差はなかった。さらに、転倒外傷の有無を目的変数、年齢、BMIを説明変数としたロジスティックス回帰分析にて、年齢、BMIの2項目は転倒外傷に有意に影響していることが分かった(判別的中率 79.34%>75%)。
転倒外傷と関連要因の比較では、立位・歩行時の転倒は、ずり落ち・移乗時の転倒と比べて、有意に転倒外傷者が多かった(P<0.01)。また、主移動手段が歩行の方は、車いすの方と比べ、有意に転倒外傷者が多かった(P<0.05)。既往歴との比較では、中枢神経疾患既往者は、有意に外傷者が少ない結果となった(P<0.05)。転倒骨折受傷歴、骨粗鬆症の既往の有無に有意な差はなかった。この中枢神経疾患既往者の結果を踏まえ、中枢神経疾患有群、無群間の比較を行ったところ、中枢神経疾患有群は有意に年齢が若く、介護度が高かった(P<0.01)ことから、先の有意差は年齢が強く影響している可能性が示唆された。
【考察】
年齢と転倒外傷の有無の関係性について、転倒時の外傷受傷を避けるためには、正しい平衡反応や踏み直り反応が必要となる。入力系である感覚器(体性感覚、視覚、前庭迷路)、それら情報を伝達する神経伝導路、制御部である中枢神経系、そして、出力部である筋骨格系、すべての要素が必要となるが、加齢により、これらは退行変性を生じることがわかっている。よって、高齢なほど、ふらついた際、平衡反応や踏み直り反応の遅延、反応後の下肢の十分な抗重力伸展筋による「踏ん張る力」が発揮できず、外傷リスクが高まると予測される。
BMIと転倒外傷の関係性について、高齢者は、除脂肪体重(筋、結合組織、細胞内液、骨)の割合が減少することが報告されており、これらの組織は転倒時の衝撃力を吸収するとされる。よって、BMIが低値な高齢者ほど、筋や皮下の水分などの軟部組織が少なく、転倒時の組織への衝撃が増大し、外傷リスクが高まる可能性が考えられる。
転倒の種類と転倒外傷の有無に関して、立位姿勢は、座位姿勢に比べ身体重心位置が上方に位置している。位置エネルギーが高いほど、落下時の運動エネルギーが高まることから、重心位置の高い立位や歩行時の転倒は、地面へ向かう加速度が大きくなりやすく、地面への衝撃力が座位姿勢に比べて強くなる可能性が考えられる。
今回、当施設期間内入所者における転倒者割合が43%であり、複数の介護施設にて調査を行った河野らの報告の結果(50.7%)と大差ない結果であった。また、河野らは当該調査にて、居室での転倒が半数以上を占めたことを報告しており、この点に関しても、今回の調査結果と同様の傾向が見受けられた。よって、要介護高齢入所者が大半を占める高齢者施設では、転倒は多くの入所者に日常的に生じる事象であることが改めて確認され、特に居室において転倒が頻発する傾向にあることが明らかとなった。
【結語】
今回の調査を通して、年齢、BMI、転倒の種類が転倒時の外傷受傷に影響を及ぼしていることが明らかとなった。また、当施設のような高齢者施設では、特に職員の目の届きにくい居室での転倒が多いことも明らかとなった。今後は、本調査で明らかとなった要因のカットオフ値の抽出を行い、転倒外傷受傷リスクを予測できるツールの作成を目指したいと考える。
近年、高齢者の転倒は老年症候群に位置付けられ、すべての高齢者に起こる事象と捉えられているが、転倒に伴う外傷は生活機能の低下につながるため、予防施策が必要である。しかし、転倒外傷リスクを高める要因に関する先行研究は少ない。そこで今回、当施設入所者を対象とした転倒外傷に影響する要因を調査した。
【調査の対象】
当施設にR4.12.1~R5.12.8に入所した、255名(男性88名、女性167名、年齢Av.86歳(±8.47)、介護度Av.2.88(±1.23))のうち、施設で転倒した111名を対象とした。
【調査の方法】
事故報告書及び基本情報書類から、年齢、BMI、要介護度、ICF-S総得点、HDS-R、転倒の種類(ずり落ち、移乗時転倒、立位・歩行時転倒)、主移動手段(歩行、車椅子)、既往歴(転倒骨折受傷歴、骨粗鬆症、神経疾患)、これらの情報を収集した。統計方法は、転倒外傷有群、無群の2群に分け、t検定、マン・ホイットニーのU検定、及びχ二乗検定にて2群間を比較検討し、統計学的有意基準はすべて危険率5%未満とした。
【外傷の有無の判断方法】
日本外傷学会の定義を参考に、転倒を起因とした「骨折」「脳出血」「皮膚の損傷」「内出血」「皮下血腫」「炎症所見を伴う打撲(疼痛、発赤、腫脹)」、以上を「転倒外傷」と判断した。
【結果】
期間内入所者255名中、111名(43.5%)が転倒を経験し、27名(11%)が転倒に伴う軽度受傷を、14名(5%)が骨折・脳出血等の重度外傷を経験していた。転倒事故242件の分析では、193件(80%)の事故で無傷、35件(14%)が軽症、14件(6%)が重傷事故であった。転倒の種類は、立位・歩行時90件(37%)、移乗時77件(32%)、ずり落ち51件(21%)であり、転倒場所は、居室174件(72%)、食事フロア35件(14%)、トイレ18件(7%)、廊下13件(5%)、その他2件(1%)であった。
転倒外傷有群、無群間の比較検討では、転倒外傷有群は、有意に高齢かつ低BMIであった(p<0.05)。一方で、ICF-S総得点、要介護度、HDS-Rに有意差はなかった。さらに、転倒外傷の有無を目的変数、年齢、BMIを説明変数としたロジスティックス回帰分析にて、年齢、BMIの2項目は転倒外傷に有意に影響していることが分かった(判別的中率 79.34%>75%)。
転倒外傷と関連要因の比較では、立位・歩行時の転倒は、ずり落ち・移乗時の転倒と比べて、有意に転倒外傷者が多かった(P<0.01)。また、主移動手段が歩行の方は、車いすの方と比べ、有意に転倒外傷者が多かった(P<0.05)。既往歴との比較では、中枢神経疾患既往者は、有意に外傷者が少ない結果となった(P<0.05)。転倒骨折受傷歴、骨粗鬆症の既往の有無に有意な差はなかった。この中枢神経疾患既往者の結果を踏まえ、中枢神経疾患有群、無群間の比較を行ったところ、中枢神経疾患有群は有意に年齢が若く、介護度が高かった(P<0.01)ことから、先の有意差は年齢が強く影響している可能性が示唆された。
【考察】
年齢と転倒外傷の有無の関係性について、転倒時の外傷受傷を避けるためには、正しい平衡反応や踏み直り反応が必要となる。入力系である感覚器(体性感覚、視覚、前庭迷路)、それら情報を伝達する神経伝導路、制御部である中枢神経系、そして、出力部である筋骨格系、すべての要素が必要となるが、加齢により、これらは退行変性を生じることがわかっている。よって、高齢なほど、ふらついた際、平衡反応や踏み直り反応の遅延、反応後の下肢の十分な抗重力伸展筋による「踏ん張る力」が発揮できず、外傷リスクが高まると予測される。
BMIと転倒外傷の関係性について、高齢者は、除脂肪体重(筋、結合組織、細胞内液、骨)の割合が減少することが報告されており、これらの組織は転倒時の衝撃力を吸収するとされる。よって、BMIが低値な高齢者ほど、筋や皮下の水分などの軟部組織が少なく、転倒時の組織への衝撃が増大し、外傷リスクが高まる可能性が考えられる。
転倒の種類と転倒外傷の有無に関して、立位姿勢は、座位姿勢に比べ身体重心位置が上方に位置している。位置エネルギーが高いほど、落下時の運動エネルギーが高まることから、重心位置の高い立位や歩行時の転倒は、地面へ向かう加速度が大きくなりやすく、地面への衝撃力が座位姿勢に比べて強くなる可能性が考えられる。
今回、当施設期間内入所者における転倒者割合が43%であり、複数の介護施設にて調査を行った河野らの報告の結果(50.7%)と大差ない結果であった。また、河野らは当該調査にて、居室での転倒が半数以上を占めたことを報告しており、この点に関しても、今回の調査結果と同様の傾向が見受けられた。よって、要介護高齢入所者が大半を占める高齢者施設では、転倒は多くの入所者に日常的に生じる事象であることが改めて確認され、特に居室において転倒が頻発する傾向にあることが明らかとなった。
【結語】
今回の調査を通して、年齢、BMI、転倒の種類が転倒時の外傷受傷に影響を及ぼしていることが明らかとなった。また、当施設のような高齢者施設では、特に職員の目の届きにくい居室での転倒が多いことも明らかとなった。今後は、本調査で明らかとなった要因のカットオフ値の抽出を行い、転倒外傷受傷リスクを予測できるツールの作成を目指したいと考える。