講演情報
[14-O-O001-07]心をひとつに取り組んだ窒息予防への道のり
*小山 礼子1、岩崎 洋子1、金子 郁也1、石名坂 直1、平澤 真希1、菊地 智子1 (1. 東京都 公益社団法人地域医療振興協会 東京北医療センター・介護老人保健施設さくらの杜)
入所者が食事を喉に詰まらせる死亡事故が発生した。分析中に食事形態を上げた後の評価が不十分であると指摘された。それまでは言語聴覚士の評価後、次の食事から形態を上げて申し送りで周知するのみであった。評価表を作成運用し問題点について検討と改良を重ねた。その結果、現場で負担なく実施できる観察表ができ、施設全体の意識改革につながった。安全な食事提供をめざした施設の取り組みについて報告する。
【はじめに】
「食べること」は私たちが生きていくうえで欠かせないものであり楽しみの一つでもある。加齢とともに嚥下機能は低下するため、食物の誤嚥による窒息は起こりやすくなる。誤嚥による事故は深刻な事態を招くこともある。
2023年2月に当施設において、入所者が食事をのどに詰まらせ病院に搬送したが死亡する事故が発生した。事故分析を行う中で、食形態を上げた後の評価が不十分であると指摘された。これまでは食事形態を上げる際は言語聴覚士による評価を行い、可能とされた場合次の食事から評価後の形態で提供していた。また食事形態を変えた旨を申し送りで周知していたが、その後の観察などの取り決めはしていなかった。より安全に食事を提供できるように行った、窒息予防に対する当施設の取り組みについて報告する。
【方法】
1.食事形態を上げる時の評価表の作成
食事形態を上げる時の評価表を作成し言語聴覚士の評価で食事形態を上げてよいとなった後の評価を現場ですることとした。言語聴覚士に相談し併設病院で使用されている食事評価基準をもとに、観察項目を設定した。食前の体調確認、食事中に激しいむせこみや、SPO2の低下がないか、他に食後に口腔内に食物が残っていないか目視で確認するなどを挙げた。観察期間は、食事摂取時間による疲労や食材の違いなどで嚥下状態が変わる可能性、一日の間でも覚醒状態や調子に波がある可能性を考慮し、言語聴覚士による評価1食を含む合計6食とした。また対象者は各フロア1名とした。食事形態については、窒息事故の際2段階上げていたことを鑑み、主食・副食どちらか一方一段階のみとした。高齢者は誤嚥や窒息のリスクが高く、食事形態を上げるときはさらにリスクが高まる。安全に評価を行うためにはマンツーマンで食事開始から終了まで観察が必要であると考えた。労力が必要なのは明らかでありマイナス意見が出ることも予想していた。しかし実際に誤嚥や窒息の予防のためには必要な事であり、窒息死亡事故を受けての施設の方針であったこと、また6食と終わりが決まっていること、むせこみなど評価基準から外れたらその時点で中止終了となることから現実的な範囲であると考え実施した。
2.実施・現場の反応
食事介助が必要な利用者の人数や、職員の配置により最初から最後まで食事を観察するのは難しいとの声が聞かれた。また評価の途中で持ち場を離れざるをえない状況がある、人がいなくてできないなどの意見が上がった。意見の通り、評価観察中に席を離れ他利用者の下膳をしている、評価自体行われておらずそのまま自己摂取しているなどの場面が見うけられた。
3.評価・改善
そもそも実施してもらえないことがあることを受け、行ってもらうためにはどうすれば良いのかを検討した。評価という言葉を使用したため嚥下の様子をつぶさに観察し安全かそうでないかを判断する必要があると考えていた。しかし本来の目的は評価そのものでなく「窒息事故の予防」であることを念頭に方法を再考し以下の3つを実行した。
1) なぜ評価や観察が必要になったのかを再度伝えることで必要性の再認識を図った。
観察自体を忘れられるなど軽視されている印象があった。そこで窒息事故の流れや、窒息死後のご家族の反応とその対応を実際の記録を共有して周知した。
2) 職員の配置が少ないときでも「これならやってもいいかな」と思ってもらえるよう評価表を改定した。
窒息予防のための異常の早期発見に重点を置き評価表を観察表として改定した。食前の観察項目は必要最低限とし、食事中は異常の早期発見を重視しその他もできる範囲で簡素化した。また、異常に気付ける範囲を前提に食事中マンツーマンで見なくともよいとし、自己摂取可能な利用者であれば同テーブルで他利用者の食事介助などをしながら観察することを可とした。
3) ゼッケンを導入した。
観察者が自覚を持つことができ、他職員からも双方に観察者の認識ができるようにした。これにより観察していることが周知でき、対象者から離れなければならない仕事を頼まなくなるのではないかと考えた。
【結果】
上記の取り組みを開始後(2023年8月1日~2024年6月19日まで述べ30名)窒息事故は起きていない。三つの対策を実施後、職員からの「できない」の声も今のところあがっていない。また多くの職員が評価対象者に対し、食事時以外にも唾液や痰が増えた、発熱しているかもなど、様子を気にかけて変調を報告してくれるようになった。
【おわりに】
最初の取り組みでは病院の評価方法を参考にしたことや、評価が不十分と指摘されたことで安易に評価表作成へと結びつけてしまい、介護老人保健施設で実施するにはハードルの高い評価表となってしまっていた。改善後の観察表は必要最低限ではあるが役割を果たしており、実際に使用してもらうことで目的を果たせている。窒息事故後家族より「納得できない」「訴訟も考えている」との発言が聞かれたことから、この取り組みには施設で決められたガイドラインに沿って観察を行い食事形態を上げることで、食事介助に従事している現場職員を訴訟などから守るという側面もあった。そのため現場の職員に「やってもらうこと」が重要と考え受け入れてもらえるよう改定していった。6月に施行したアンケートではこの取り組みで、今までと意識が変わったという職員が43人中41人であった。このことから食事形態を上げたときは窒息や誤嚥に注意が必要という意識を、施設全体で持つことができ始めていると感じている。多職種が協働している施設で全職員が共通した認識で取り組みを行うためには、負担なく行える業務に統一することや、一目で双方から認識できるような工夫をするなどの努力が必要だと学んだ。
今後も定期的に観察表や運用方法を見直し、より安全に食事を提供できるように全職員心をひとつに努めていきたい。
「食べること」は私たちが生きていくうえで欠かせないものであり楽しみの一つでもある。加齢とともに嚥下機能は低下するため、食物の誤嚥による窒息は起こりやすくなる。誤嚥による事故は深刻な事態を招くこともある。
2023年2月に当施設において、入所者が食事をのどに詰まらせ病院に搬送したが死亡する事故が発生した。事故分析を行う中で、食形態を上げた後の評価が不十分であると指摘された。これまでは食事形態を上げる際は言語聴覚士による評価を行い、可能とされた場合次の食事から評価後の形態で提供していた。また食事形態を変えた旨を申し送りで周知していたが、その後の観察などの取り決めはしていなかった。より安全に食事を提供できるように行った、窒息予防に対する当施設の取り組みについて報告する。
【方法】
1.食事形態を上げる時の評価表の作成
食事形態を上げる時の評価表を作成し言語聴覚士の評価で食事形態を上げてよいとなった後の評価を現場ですることとした。言語聴覚士に相談し併設病院で使用されている食事評価基準をもとに、観察項目を設定した。食前の体調確認、食事中に激しいむせこみや、SPO2の低下がないか、他に食後に口腔内に食物が残っていないか目視で確認するなどを挙げた。観察期間は、食事摂取時間による疲労や食材の違いなどで嚥下状態が変わる可能性、一日の間でも覚醒状態や調子に波がある可能性を考慮し、言語聴覚士による評価1食を含む合計6食とした。また対象者は各フロア1名とした。食事形態については、窒息事故の際2段階上げていたことを鑑み、主食・副食どちらか一方一段階のみとした。高齢者は誤嚥や窒息のリスクが高く、食事形態を上げるときはさらにリスクが高まる。安全に評価を行うためにはマンツーマンで食事開始から終了まで観察が必要であると考えた。労力が必要なのは明らかでありマイナス意見が出ることも予想していた。しかし実際に誤嚥や窒息の予防のためには必要な事であり、窒息死亡事故を受けての施設の方針であったこと、また6食と終わりが決まっていること、むせこみなど評価基準から外れたらその時点で中止終了となることから現実的な範囲であると考え実施した。
2.実施・現場の反応
食事介助が必要な利用者の人数や、職員の配置により最初から最後まで食事を観察するのは難しいとの声が聞かれた。また評価の途中で持ち場を離れざるをえない状況がある、人がいなくてできないなどの意見が上がった。意見の通り、評価観察中に席を離れ他利用者の下膳をしている、評価自体行われておらずそのまま自己摂取しているなどの場面が見うけられた。
3.評価・改善
そもそも実施してもらえないことがあることを受け、行ってもらうためにはどうすれば良いのかを検討した。評価という言葉を使用したため嚥下の様子をつぶさに観察し安全かそうでないかを判断する必要があると考えていた。しかし本来の目的は評価そのものでなく「窒息事故の予防」であることを念頭に方法を再考し以下の3つを実行した。
1) なぜ評価や観察が必要になったのかを再度伝えることで必要性の再認識を図った。
観察自体を忘れられるなど軽視されている印象があった。そこで窒息事故の流れや、窒息死後のご家族の反応とその対応を実際の記録を共有して周知した。
2) 職員の配置が少ないときでも「これならやってもいいかな」と思ってもらえるよう評価表を改定した。
窒息予防のための異常の早期発見に重点を置き評価表を観察表として改定した。食前の観察項目は必要最低限とし、食事中は異常の早期発見を重視しその他もできる範囲で簡素化した。また、異常に気付ける範囲を前提に食事中マンツーマンで見なくともよいとし、自己摂取可能な利用者であれば同テーブルで他利用者の食事介助などをしながら観察することを可とした。
3) ゼッケンを導入した。
観察者が自覚を持つことができ、他職員からも双方に観察者の認識ができるようにした。これにより観察していることが周知でき、対象者から離れなければならない仕事を頼まなくなるのではないかと考えた。
【結果】
上記の取り組みを開始後(2023年8月1日~2024年6月19日まで述べ30名)窒息事故は起きていない。三つの対策を実施後、職員からの「できない」の声も今のところあがっていない。また多くの職員が評価対象者に対し、食事時以外にも唾液や痰が増えた、発熱しているかもなど、様子を気にかけて変調を報告してくれるようになった。
【おわりに】
最初の取り組みでは病院の評価方法を参考にしたことや、評価が不十分と指摘されたことで安易に評価表作成へと結びつけてしまい、介護老人保健施設で実施するにはハードルの高い評価表となってしまっていた。改善後の観察表は必要最低限ではあるが役割を果たしており、実際に使用してもらうことで目的を果たせている。窒息事故後家族より「納得できない」「訴訟も考えている」との発言が聞かれたことから、この取り組みには施設で決められたガイドラインに沿って観察を行い食事形態を上げることで、食事介助に従事している現場職員を訴訟などから守るという側面もあった。そのため現場の職員に「やってもらうこと」が重要と考え受け入れてもらえるよう改定していった。6月に施行したアンケートではこの取り組みで、今までと意識が変わったという職員が43人中41人であった。このことから食事形態を上げたときは窒息や誤嚥に注意が必要という意識を、施設全体で持つことができ始めていると感じている。多職種が協働している施設で全職員が共通した認識で取り組みを行うためには、負担なく行える業務に統一することや、一目で双方から認識できるような工夫をするなどの努力が必要だと学んだ。
今後も定期的に観察表や運用方法を見直し、より安全に食事を提供できるように全職員心をひとつに努めていきたい。