講演情報

[14-O-O002-01]老健認知症専門棟における転倒発生状況の調査―過去1年間の事故報告書より―

*久保田 尚裕1、西口 皓喜1、森 雄一1 (1. 兵庫県 介護老人保健施設 夢前白寿苑)
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転倒発生状況を調査することで、認知症専門棟における転倒予防策構築の手がかりを発見し、入所者の安心安全な施設生活に寄与することを目的とした。1年間の入所者を転倒群と非転倒群の2群に分けて調査した。その結果、特定の時間帯や入所期間で転倒が多いこと、日常生活自立度と関係している可能性があることが示唆された。転倒予防策を講じるためにはさらなる要因検討と、結果を踏まえた多職種での議論が必要であると考える。
【はじめに】
 我が国における認知症高齢者数は2040年に584万人に達すると予測されている1)。超高齢社会である我が国において、認知症高齢者への取り組みはますます重要である。先行研究2)では、認知機能障害を呈する介護老人保健施設入所者の転倒の特徴として、歩行速度や精神機能面が大きく関係していることが報告されている。しかし研究報告は少なく、入所者の転倒の要因は明確になっていない。当施設においても転倒予防策に難渋することが多く、課題となっている。
【目的】
 本研究によって認知症専門棟での転倒の傾向を捉えることができれば、転倒予防策の構築へ繋がり、入所者の安心・安全な施設生活をおくる上で意義があると考える。そこで本研究では1年間の転倒状況を事故報告書より調査し、転倒予防策の構築へ繋げることを目的とした。
【対象】
 介護老人保健施設認知症専門棟の入所者、延べ88名とした。
【方法】
 2021年度の1年間の事故報告書とカルテからデータを収集した。統計処理は転倒群と非転倒群の各項目を群間比較した。転倒発生と各要因との関連については、ロジスティック回帰分析を実施した。転倒の定義は先行研究3)を参考に「自分の意志に関係なく地面またはより低い場所に足底以外が接触することで、ベッド等からの転落も含まれる」とした。
【結果】
 1年間の転倒率は46%、骨折率は10%であった。転倒の時間帯は66%が夜勤帯であり、6時と19時が最も転倒数が多かった。転倒発生期間は、入所後1か月以内の転倒が86%であった。移動形態は、入所後1か月以内の転倒者が2か月目以降の転倒者と比較して車椅子使用者が多く(1か月以内72%、2か月目以降48%)、転倒の時間帯は日中の時間帯が多かった(1か月以内44%、2か月目以降17%)。また、1年間の骨折件数の75%を入所後1か月以内の転倒者が占め、そのうち全員が車椅子使用者であった。
 転倒者と非転倒者の群間比較、及びロジスティック回帰分析では障害高齢者の日常生活自立度と認知症高齢者の日常生活自立度の2項目において有意差が認められた。
【考察】
 介護施設全体を対象とした報告4)では、転倒率が約40%、骨折率は約10%であり、本研究結果はそれに近い結果となった。しかし、先行研究によってばらつきが多く、施設ごとの分析が重要となることが伺えた。
 転倒の時間帯は6時と19時に最も多く、これらの時間帯は離床・臥床介助を多く要する時間帯である。6時は夜勤者のみでのケアとなるため、マンパワー不足からデイルームの見守り体制が脆弱となる。19時では夕暮れ症候群が出現する入所者が増加し、様々な場所で入所者が行動する。つまり、これらの時間帯では入所者の行動に対して職員が対応しきれずに転倒に至っている可能性がある。
 群間比較とロジスティック回帰分析の結果からは、障害高齢者の日常生活自立度が高く、認知症高齢者の日常生活自立度が低い入所者が転倒しやすい可能性が示唆された。
 入所後1か月以内の転倒割合は86%であった。Rymanら5)の報告によると、すべての入所者がリロケーションダメージを受け、認知症者はそれをより強く受けるとされており、転居に伴うストレスが転倒に影響している可能性が考えられる。また、入所後1か月以内の転倒において車椅子使用者が多かった要因として、車椅子の使用に慣れていないこと、シーティングが適切に行われていないこと、入所者の状態把握に限界があり見守りの必要性の判断が困難なことが事故報告書の内容から伺えた。
【おわりに】
 本研究において、特定の時間帯に転倒が多いこと、入所後1か月以内の転倒が多いこと、日常生活自立度と関連している可能性があることが明らかになった。しかし、認知症を有する入所者の転倒要因は複雑であり、事故報告書に服薬情報やBPSDに関する情報が含まれていないことは、本研究の限界となった。今回、認知症専門棟の転倒の特徴や傾向を調査したが、転倒予防策を講じるためにはさらなる要因検討と、結果を踏まえた多職種での議論が必要であると考える。
【倫理的配慮】
 本研究は自施設のみでの研究であり、施設長の承認を得て実施した。
【参考・引用文献】
1)二宮利治. "認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究" . 内閣官房. 2024. https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ninchisho_kankeisha/dai2/gijisidai.html, (参照 2024-05-15)
2)三谷健, 太田恭平, and 小松泰喜. "認知機能障害を呈する介護老人保健施設入所者の転倒の特徴について." 理学療法学 36.5 (2009): 261-266.
3)河野禎之, and 山中克夫. "施設入所高齢者における転倒・転落事故の発生状況に関する調査研究." 老年社会科学 34.1 (2012): 3-15.
4)日本老年医学会, 全国老人保健施設協会. “介護施設内の転倒に関するステートメント”. 一般社団法人 日本老年医学会. 2021. https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/important_info/20210611_01.html, (参照 2024-05-15)
5)Ryman, Frida VM, et al. "Health effects of the relocation of patients with dementia: A scoping review to inform medical and policy decision-making." The Gerontologist 59.6 (2019): e674-e682.