講演情報
[14-O-O002-04]高齢者の転倒とBBSおよびTUGのカットオフ値との関係
*永久 晃1、冨田 康平1、植田 洋平1、前川 剛志1 (1. 山口県 介護老人保健施設 宇部幸楽苑)
BBSやTUGのカットオフ値を分析し、転倒のリスクを安全且つ簡便な方法で検討した。歩行手段が自立している入所者20名を独歩群と歩行補助群、HDS-R 21点以上群と未満群、転倒歴の有無、脳血管疾患の有無で群分けし、2群間で対応のないt検定(P< 0.05)を行った。結果は独歩群と歩行補助群のみ有意であった。バランスや歩行を評価する際は脳血管疾患の既往、認知機能の程度や転倒歴等よりも歩行手段に着目する必要がある。
【はじめに】複合的なバランス評価法にはBerg Balance Scale(BBS)やTime Up and Go (TUG)が使用される。厚労省統計(2014年~2020年)では、高齢者(65歳以上)の転倒や転落・墜落による不慮の事故死者件数は47.426件で右肩上がりである1)。一方、介護老人保健施設(老健)には加齢や脳血管疾患による歩行障害者が多く、BBSやTUGのカットオフ値を充足した者でも、転倒が発生している。そこで、老健において転倒のリスクを安全、かつ簡便に評価する方法が切望されている。【目的】 老健における転倒リスクを安全かつ簡便に評価できる方法の開発により、入所者の個人別歩行手段の選定とリハビリテーションプログラムの策定を可能として、転倒や骨折のリスクを回避することを目的とした。【倫理的配慮】本研究は当法人倫理委員会の承認を受けて実施した。研究対象者、またはその家族に研究の目的、主旨、研究への参加/不参加の自由を保証し、不参加や辞退することで不利益を被らないこと、データは研究以外に使用しないこと、個人が特定できない方法をとり、学会などで発表する可能性があることを伝えて承諾を得た後、当法人ホームページにオプトアウト形式でも掲載している。【対象と方法】対象者は当苑に2024年1月9日~7月10日に入所中の移動が自立している者で、独歩可能者は7名、何らかの歩行補助具(杖、歩行車)使用者は13名の合計20名である。男性2名、女性18名、平均年齢は87±8歳、脳血管疾患の既往がある者は6名、過去1年間で転倒履歴のある者は9名である。検討項目は年齢、BBS(カットオフ値45点以上)2)、TUG(11秒以下)3)、長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R、認知機能)であり、転倒履歴との関連を比較検討した。統計解析はEZR Ver1.67を使用し、独歩群と歩行補助群、HDS-R 21点以上群と未満群、転倒歴の有無、脳血管疾患の有無の各群に群分けして、2群間で対応のないt検定を行い、P<0.05 を有意とした。また、BBS, TUG, 年齢、転倒回数、HDS-Rにおいては多重比較検定(Tukye検定)を行い、P<0.001を有意とした。また、全群間でBBS14項目の平均値を算出して箱ひげ図で比較検討した。【結果】長谷川式認知症スケール(HDS-R)の平均値は16.9±7.7点、BBSの平均値は43.3±6.6点、TUGの平均値は13.7±4.4であった。2群間のt検定結果で有意差ありは独歩群と歩行補助群のみであった。またBBS、TUG、年齢、HDS-Rにおける多重比較では、TUGとHDS-R間のみ有意差がなく、他の項目ではP<0.001と有意な差を確認できた。BBSの14項目の平均値を全ての群で算出し、遂行難易度の中間である3点以下となった項目は『両手前方リーチ』、『360°方向転換』、『ステップ動作』、『タンデム立位』、『片脚立位』の5項目であった。【考察】今回の研究結果から、医療・介護領域でバランス能力や歩行能力の評価として活用されているBBSとTUGは極めて高い関係性があることを確認できた4)5)。これらの評価方法は原口らの言う、転倒リスクを予測する判断材料であり、歩行に必要な姿勢制御機能である感覚器系・中枢神経系・運動器系の能力を総合的に定量化できる評価ツールであることが分かった6)。また多重比較の結果、TUGとHDS-Rの測定値には有意差が認められなかったことから、TUGは認知機能に影響を受け難い評価方法であることが判明した。これはTUGが単純かつ明快な検査方法であり、認知機能障害がある者でも理解が容易で、動作を模倣し易い利点がある。一方、BBSは14項目からなる評価方法であり、具体的で細かな指示が多いために認知機能障害者には不向きな評価方法であった。群間差の結果では独歩群と歩行補助群のみで有意差が認められ、バランスや歩行能力を評価する際には脳血管疾患の既往の有無や認知機能の程度、転倒歴等よりも歩行手段に着目する必要がある。また、BBS14項目について遂行難易度の中間である3点以下となった項目は『両手前方リーチ』、『360°方向転換』、『ステップ動作』、『タンデム立位』、『片脚立位』の5項目であり、前4項目は加齢で起こる円背や骨盤後傾位により後方重心となり、前後/上下への重心移動が困難であると考えられる。片脚立位では板谷らの先行研究のごとく、中殿筋・大腿四頭筋・腓骨筋の筋力が必要で、かつ姿勢反射の感度も重要である6)。これらの結果から独歩群は歩行補助群よりも足底の感覚統合に優れ、中殿筋・大腿四頭筋・腓骨筋の筋力が強く、姿勢反射の感受性も高いことが予測できる。対象者の中に麻痺の程度は軽度であるが、脳血管疾患の既往がある者が6人いるので、体性感覚の障害を有する可能性が高い。今後、Semmes Weinstein monofilament等を使用して、メカノレセプターが多く分布する足底の感覚を定量化し、BBSやTUGとの相関性を検討し、老健入所者の転倒防止につなげたい。【結語】BBSは認知機能障害者には不向きな評価ツールであり、TUGは認知機能に影響を受けず、バランスや歩行能力を評価でき、脳血管疾患の既往や転倒歴等に相関しない。歩行能力やバランス能力の評価には姿勢制御に影響を与える感覚の評価が必要であり、今後の研究に加えたい7)。