講演情報

[14-O-D003-02]利用者の立場に立ち、考え、見えてきたこと

*船木 杏奈1、松岡 真理1、宇沼 早也香1、佐藤 恵1 (1. 宮城県 医療法人松田会 介護老人保健施設 エバーグリーン・ツルガヤ)
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認知症を持つ方が、慣れない入所生活による不安からBPSDが引き起こされる例は少なくない。BPSD軽減目的で、離設や転倒等危険リスクも高い中、利用者の意思を尊重し職員が一緒に行動した結果、症状が改善し続けている。「どんな時も利用者の立場に立って考える」という視点を軸とすることで、利用者の気持ちの安定と信頼獲得へ繋がったと考えられたため報告した。
【はじめに】
当施設は、仙台市宮城野区にある全室個室のユニット型、入所定員100名の超強化型老健施設である。
認知症の診断がある方が半数以上を占めている状況で、BPSDが出現し、何度も施設から出ようとする行動や、職員に対して泥棒と攻撃的になる方もいる。その中でチーム全体が「どんな時も利用者の立場に立ち、考える」をぶれない軸とし、その視点での関わり方を追求し続けた結果、BPSDの改善が認められ、気持ちの安定と職員への信頼獲得に繋がった事例を報告する。
【事例】
(1)S・T様 72歳 女性 外傷性硬膜下血腫後遺症、入所時MMSE28点、ADL自立
入所状況:交通事故後入院を経てリハビリ目的で入所。常に緊張した表情で、テーブルに顔を伏せ他者交流を拒むような雰囲気あり。昼夜問わずそっとユニットを離れ、何度も玄関先まで行き離設の危険リスクも高い。
(2)T・K様 89歳 女性 アルツハイマー型認知症、入所時MMSE拒否あり測定不可
入所状況:圧迫骨折による痛みから独居生活困難。転ばず一人で生活ができるようリハビリ希望。自身でトイレや車いすの移乗動作を行うことでの転倒が頻繁。利用期間が長くなるにつれて大きな声で「帰る!」と荷物をまとめ、部屋の入口に椅子をバリケードのように置く様子が見られた。また、金銭類を紛失することが増え「お金を盗まれた」「職員に監視されている」と職員への不信感が増し、夜間帯に興奮状態で職員の介入を拒むことが増えていった。
【方法】
(1)利用者の生活・性格・家族関係等バックグラウンドや心理面を再確認
(2)利用者視点を軸に取り組みを計画、定期的にカンファレンスを実施し認知症ケア委員会での検証
(3)家族との協力体制の構築
【結果】
(1)事例1 S様の場合
事故前から作話があり、ストレスを感じると自転車で出掛けることがあった。昔から近所付き合いを大切にしていた反面、感情に波があり他者トラブルが生じると一人で抱え、閉じこもる生活をしていた。また、現在は家族に対する心配事や何か困り事を抱えていることが見えてきた。そのような背景を踏まえソワソワし表情が険しくなるタイミングに合わせ作業療法や歩行訓練を行い、気持ちを伺う時間を作った。ユニットから出たい理由として、ほつれた衣類を直したい、家族の声が聴きたい、髪型が気になる等様々であるが、その時々の理由に合わせた対応を繰り返し行った。またユニットカンファレンスの結果から自発性を重視した役割を持つために、得意な生け花を定期的に行い、フロア入り口に飾り、手入れも行った。他にも裁縫や理美容、食器洗い、他利用者の車いすを押すなど、S様の「意思」を尊重し一緒に安全に行う方法を考えると共に、して下さったことに対しては感謝を伝える様にした。家族に対しては面談を実施し、S様との電話や面会のタイミング等、家族ができることを明確化した。半年後のMMSEは26点と大きな変化はなく、「散歩に行こうと思う」とS様から職員に声をかけてくれるようになり、フロアで他利用者とも穏やかに談笑する様子が増えた。職員もS様の行動を予測することが出来るようになり、事前に情報共有を図ることでタイムリーに希望に添った体制をとることが出来るようになった。
(2)事例2 T様の場合
母親として一人の力で子育てをしていたことの気丈さや緊張感、自宅に帰ることができていない葛藤、遠方の家族との唯一のつながりである携帯電話の使用ができなくなっている不安感が強く、帰るための交通費や在宅生活の心配等から金銭に対し無くすわけにはいかないという強い想いがあることや、便秘が進むと落ち着かない様子が見られることが分かった。必ず目線を合わせてT様の視界に入ったことを確認し声を掛け、T様の様子に合わせゆっくり関わることを意識した。T様の感情や言葉、職員の対応を記録し分析を行った。金銭類の紛失が見られた際はT様と一緒に探し、見つかった後も引き続き自己管理を継続した。転倒・転落の危険性は高いが「自分で行いたい」という想いを抑制せず遠位見守りし、また複数人が話している風景をT様が不快に感じていたため、職員の行動を改めた。体調面に関しては医師とも相談し排便コントロールの改善も図った。家族へは状況を細かくタイムリーに報告し、取り組むうえでの転倒への理解と、在宅復帰への理解と協力を得た。2か月後、T様から職員に金銭類を預けたいという依頼が増え、「紛失した」と不安になった際すぐに渡すことで「見つけてくれてありがとう」と感謝の言葉が聞かれた。夜間帯も穏やかに眠ることが増え、自主的に歩行練習をしようとするなど、身の回りの動作も自力でできるようになるまでADLが回復した。約4か月後にはMMSE14点と測定に協力が得られ、自宅外出を経て家族の協力のもと在宅復帰が可能となった。
【考察】
入所当初は、ADL向上と共に離設や転倒の危険リスクに注意するという視点で関わっていたが、利用者の精神面の改善には繋がらず、職員の焦りや戸惑いもそれに比例して増していた。しかし「利用者の立場・思いを考える」という視点で多職種で何度も話し合い、職員自身の行動を変えたことで、利用者との信頼関係も深まったと考えられる。少しずつではあったが利用者に変化が現れBPSDの軽減へと繋げることができた。
【まとめ】
今回の取り組みを通し、利用者視点になっているつもりでも、無意識に利用者の行動を「問題行動」と捉え職員視点でのケアになっていることが多くあることに気付いた。また認知症ケア委員を中心に利用者の想いを尊重する為に多職種が相談しあえる時間を持つことができた。「利用者の立場・想いを考える」という軸を決してぶらさず、利用者や家族の想い・希望を受容し、どのような方向性があるのか、私たちの役割・使命は何なのか追求し、尊厳ある人生と幸せづくりのお手伝いができるよう、今後も取り組み続けて行きたい。