講演情報

[14-O-D004-03]重度認知症高齢者に対する小集団音楽療法低下した認知機能にどのように作用するのか

*鈴木 晴世1 (1. 神奈川県 介護老人保健施設レストア横浜)
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重度認知症の対象者に対し、認知機能の低下を予防し乏しくなった表情を取り戻すため小集団音楽療法を実施し、低下した認知機能にどのように作用するのか2名の対象者を観察し報告する。馴染みの音楽や適切な環境設定が集中力をより高め、わずかではあるが自発的行動を促した。このようなことから小集団音楽療法は低下した認知機能に影響を与え、認知機能の維持や低下の予防につながっているのではないかと考えられる。
【はじめに】
当施設の認知棟では約30名が参加する集団音楽療法(以下、大集団)を週1日取り入れているが、日常生活の中で会話をする機会はほぼなく、大集団で様子を見ているとそれまでできていた活動が徐々に出来なくなっていた。そこで、低下した認知機能や表情を取り戻したく、周囲からも刺激を受けやすい小集団音楽療法(以下、小集団)を実施することとした。「脳の活性化には、脳にインプットされた記憶を上手に引き出し、言葉や動作として表現することが大切」と赤星らは述べている1)ことから、歌唱活動による回想で発言を促し、歌集から選曲することで自発性を促した。この活動が、低下した認知機能にどのように作用するのか2名の対象者を観察し報告する。
以下、小集団の目標とする。
長期:活気、QOLの向上を目指す
短期:音楽による回想で、自発的活動を増やす
【対象】
小集団対象者:認知棟に入所している約10名 
平均年齢90歳、平均HDS-R 7/30 
※小集団を実施するきっかけとなった以下2名の観察を行う
A氏 90代女性 レビー小体型認知症 HDS-R 2/30
以前は話しかければ笑顔で「そうね」「○○じゃないかしら」などの返答ができ、歌も歌詞を見れば自身で歌唱できていた。大集団でも参加中は笑顔がみられていたが、徐々に歌唱できる曲や動作の模倣も少なくなり、話しかけてもうなずくのみで表情も乏しくなった。
B氏 90代女性 認知症       HDS-R 5/30
以前はコミュニケーションが好きで、他のテーブルをまわって会話をしていた。歌うことも好きで歌詞をみて歌唱できていたが、徐々に立ち上がることも少なくなり、傾眠することが増えた。歌唱中笑顔はみられるが、歌集を持つという意欲などみられなくなった。
【方法】
小集団を実施し、観察記録より対象2名の変化を観察する
対象期間:202X年2月~202X年6月(計18回)
頻度:週1回 30分
実施場所:デイルーム(開放空間)およびデイルーム2(閉鎖空間)
使用楽器:電子ピアノ 
実施プログラム:
挨拶/日付の確認
手持ち歌集の説明/リクエストを募り歌唱(4曲程度)
指を使った活動
【結果】
A氏
導入期(#1~#8)
歌唱活動では歌詞の指差しがあると歌えるがないと歌えないことが多かった。また、歌唱している時は笑顔が見られた。歌集はページをめくらず、歌集を見なかった。文字は読めるが、歌いながら歌詞を追うこともしなかった。   
変化期(#9~#18)
#9 “銀座カンカン娘”“高校三年生”は指差しがなくても歌えていた。
#13 “銀座カンカン娘”“酒は涙か溜息か”は持っている歌詞に視線を向け、歌詞をみて歌っていた。所々記憶にある部分は歌詞を見ずに口ずさんでいた。
#15 “銀座カンカン娘”のみ、指差しがなくても歌えていた。
#16 昔の俳優の写真を提示すると「あら、素敵じゃない」と発言があり、他者の会話を聞いて笑っていた。
B氏
導入期(#1~#7)
歌唱活動では歌わずに首でリズムをとることが多く、歌唱していても、歌詞を途中で見失い歌詞の指差しがあると歌っていた。歌は聞いているだけでも笑顔が見られた。歌集はページをめくらず、机において触れることはなかった。
変化期(#8~#18)
#8 歌詞の指差しがなくても歌詞を見失わずに歌っていた。
#10~#17 机に置いていた歌集を自ら手に持ち歌唱していた。また、「ねぇ、次なに歌う?」と発言あり、指示されたページをめくることはしないが、歌集を手に持ちめくってみていた。
#18 歌集を自らめくり歌詞を見ていた。自身で歌集を見ながら歌唱していた。
<小集団全体の変化>
#1~#3(デイルーム2)
全体的に歌集をめくること、選曲、歌詞を見て歌うことが難しかった。歌唱後の回想時間で声掛けを行うと自由に発言があり、グループ全体で会話に対し笑う様子が見られた。
#4~#11(デイルーム)
誘導と見守りの関係から開放空間での実施。集中できない方が多く、発言も少なく会話が拡がらなかった。歌唱では他職員のサポートが得られた時は歌詞を見失う方も歌唱していた。
#12~#18(デイルーム2)
他職員への協力依頼をし閉鎖空間で実施。会話が拡がり、集中が高まった。指差しサポートが必要な人は1名のみとなった。
【考察】
馴染みの曲について長年研究をしている高橋も「より効果を得るには「なじみの曲」である好きな曲・思い出の曲が勧められる」2)と述べているように、A氏にとって変化の見られた”銀座カンカン娘”は馴染みの曲であったと推測できる。馴染みの曲が始まるとそれまで認識していなかった歌集に意識が向き、自発的に歌唱することがわかった。また、#16では曲にまつわる会話にて他者の会話に笑い、それまでには見られなかった社会性がみられた。B氏は当初、歌集を持って歌わなかったが、#8頃より文字を追うことが定着し、周囲と同様に歌集を持つ姿がみられるようになった。また、「次なに歌う?」という発言から、歌唱に対する意欲がうかがえ、小集団の場が皆で歌集を持って歌う場という認識ができていると考える。歌唱活動の回想では、対象の2名から発言は促せなかったが、他者の会話を聞いて笑うという事も、刺激を受けての一つの表現であるのではないかと考えられる。小集団全体の変化を見ると、環境の設定や他職員のサポートが集中力を左右することが分かった。今回の観察からみられたのはわずかな変化ではあるが、自発的な行動を促しやすい小集団は少なくとも低下した認知機能に影響を与え、このような変化の積み重ねが認知機能の維持や低下の予防につながるのではないかと考えられる。今後馴染みの曲を使用した楽器活動など、さらなる向上に向けたプログラムを検討していきたい。
<参考文献>
1)赤星建彦・赤星多賀子,認知症の予防と改善,音楽之友社,2006,10ページ
2)高橋多喜子,初心者にも、ベテランにも役立つ音楽療法 第4版,金芳堂,2021,100ページ