講演情報

[14-O-A003-05]当施設に於ける在宅復帰に向けた多職種協働の実際~利用者の心に寄り添うアプローチを試みて~

*島崎 和子1、内田 三千則1 (1. 埼玉県 いづみケアセンター)
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在宅復帰は老健施設に課せられた重要な使命のひとつである。また施設に入所している利用者の多くが、自宅に戻ることを望んでいるのも事実であろう。しかし在宅復帰の成否の鍵を握るのは、利用者自身の日常生活動作の能力や状態像だけではないという現実にしばしば直面する。家族の在宅介護に対する不安を解消しつつ、当施設が多職種協働で取り組む在宅復帰に向けたアプローチの実際について、考察を加えここに報告する。
【はじめに】
 平成30年4月の介護報酬改定により、介護老人保健施設(以下「老健」と略す)は従前の3類型から5類型に細分化された。3類型の時代に従来型として運営されてきた当施設は、これを端緒として「当施設が今後も存続していく為にどうあるべきか」という命題と真剣に向き合う必要性が生じた。そして老健に課せられた使命を果たすべく、利用者本位の在宅復帰施設として生きる道を選んだ。令和3年4月に類型最高位の超強化型となり、現在に至っている。
 私は令和5年1月に介護福祉士から介護支援専門員(以下「ケアマネ」と略す)に職種変更し、以来その職務に就いている。在宅復帰困難と思われる利用者のケアプランニングに苦慮することも多いが、経験の中で得た知見を在宅復帰に取り組む全国の老健に届けたく、考察を加えここに報告する。

【取り組みの端緒】
 施設サービスとして老健を捉えた場合、最大の存在意義は純然として在宅復帰にある。前述した様に、当施設は創業時より長きに亘って特別養護老人ホームを彷彿とさせる「長期お預かり型老健」であった。しかし国の求める老健の機能が在宅復帰である以上、私達は国の方針に沿った運営形態に軌道修正しなくては「老健としての使命を果たせない」と考えた。加えてこのタイミングで、多くの利用者が「住み慣れた我が家に戻りたい」と心底願っていることを知った。在宅復帰を意識下に置かなかった私達は、そうした利用者の思いに敢えて目を背けていたのかも知れない。何れにせよ私達は在宅復帰施設としての地位を確立するべく、信念をもって歩みを進めることとした。

【ケアマネの精神性と進め方】
 老健指標の算定項目に入所時前後訪問指導の実施割合がある。在宅での暮らしの在り様を知らずして、適切な支援は行えないということであろう。退所後を見据えるからこそ訪問指導の実施割合は自ずと高まる。“逆も真なり”で実施割合を高める意識が在宅復帰を一層意識させてくれる。
 利用者のケアをハンドリングするコーディネーター兼プロデュ―サーであるケアマネの私が最初にやるべきことは、「利用者家族との良好な関係性の構築」と「徹底した住環境の把握」にあると考えた。利用者自身やその家族の心情に寄り添い理解に努めると共に、私が強力に支援する伴走者あることを受け入れて頂く。相互理解が成され深まりゆく中でリハビリテーション専門職のセラピストと共に自宅を訪問し、自宅へ退所した後の暮らしに思いを馳せる。あらゆる情報を手中にし、如何なる可能性も排除せず机上に並べる。その上で何を選択するかの決断で配慮すべき最大の要素は、利用者の「家に帰りたい」という気持ちである。この思いを叶えることを旨として、一心不乱に実務を積み上げていく。ひたすらに、只ひたすらに…。

【多職種協働によるアプローチの実際】
 在宅復帰の成否を左右する要因の一つに家族の心理変化が挙げられる。在宅で暮らす高齢者が脳卒中や大腿骨頚部骨折等で医療機関に搬送された後、急性期を経て慢性期に移行した場合、家族は回復を願い退院の日を待ちわびる。医療機関は治療医学の領域を脱出すると退院の検討に入る。障害が残っていても例外ではない。ここに家族を惑わせる根幹がある。家族にとっての軽快退院とは「元の状態像に戻ること」である。治療医学は終了しても障害医学の領域が残存している場合、家族は容易に在宅へは戻せない現実に直面する。障害医学分野を担うのはリハビリテーションである。かくして障害を持つ高齢者の老健入所が選択肢として浮上する。
 老健はリハビリテーション施設である。理学療法、作業療法はその一翼を担うが、全てではない。老健においては在宅復帰を目指して全職種がその専門性でアプローチする。家族介護を前提とした在宅復帰を可能とする為、例えば介護職は介護技術面の不安の払拭に努める。特に排泄介助は家族の心理的負担の最たるものであり、排泄パターンに連動したパッド類の選択など、丁寧に行なう必要がある。服薬の自立も促す。看護師は経管栄養の利用者であっても、家族に栄養摂取の一連の手順を理解するまで何度でも教える。セラピストは安全なトランスファー技術を根拠に基づいて指導する。また利用者宅の間取りや構造を把握し、在宅生活を想定した現実的な介助手技を実践的に伝授する。嚥下に不安を残す場合には、言語聴覚士が適切な水分のトロミ加減を教え、療養食の方には管理栄養士が自宅での調理法や注意点を伝達する。
 この様に在宅復帰後の暮らしを想定した上で、全職種が連動して其々の分野に於ける障害因子や危険因子を取り去り、自宅での安心した暮らしを再びスタート出来る様に日々取り組んでいる。何があろうともこの歩みを止めてはならない。頂点を目指すプロフェッショナルとしての矜持を胸に、全職員に「自分の親を入れられる施設」として胸を張らせたい。

【考察】
 在宅復帰を左右する重要なファクターとして「家族の受け入れ態勢」を説いた。利用者の日常生活動作が自立レベルとなっても、家族側の要因で在宅に戻れないケースも稀ではない。しかし利用者の思いを汲み、願いを叶えるべくあらゆる手立てを講じていく姿勢こそケアマネの真骨頂ではないだろうか。丁寧に家族と向き合い、気持ちを擦り合わせ、プランナーとして提案や立案を行い、誰もが幸せを実感出来るケアマネジメントを実践して参りたい。その成否は「私の本気度」に掛かっている。私にプロとしての覚悟が問われていることも肝に銘じたい。

【終わりに】
 ケアマネは利用者並びに家族にとって一番の理解者でなくてはならない。私は常に利用者の心に寄り添い、家族と共にその願いを具現化する術を第一義的に選択したいと思う。それが私のケアマネとしてのプライドである。天職と思えるケアマネという仕事に巡り合えた幸運に感謝したい。
 すべては利用者様のために…。