講演情報
[14-O-A004-07]被介護者の幸福度の数値的評価方法の進展
*野本 晋平1、梅本 淳1、清水 純之1、江口 鉱一1 (1. 埼玉県 介護老人保健施設エルサ上尾)
一昨年より被介護者(利用者)における心の満足度を客観的に数値評価する取り組みをおこなってきた。今回はその経験を踏まえ、新たに改良した「エルサ幸福度スケール」を開発し、より現実に即した幸福度の評価が可能となった。まだ発展途中ではあるが、利用者の幸福度が上がり、また職員の幸福度も上がる相互効果を生んでいきたい。
【はじめに】
介護老人保健施設は、要介護者の心身の機能の維持回復と居宅復帰を目的としている。そして、被介護者(利用者)の介護効果の評価はR4、LIFE、ICFなどで判定され、身体、生活、認知の機能評価として有用であり普及している。しかし、我々はここに大きな欠落があると考えている。すなわち利用者の幸福度が全く評価の対象となっていない。我々は、利用者が幸福を感じる事が最も重要であり、幸福度を増進、維持することが介護施設の重要な使命と考えている。そこで、利用者の主観的感情である幸福度を評価する必要がある。我々は、幸福度を客観的に数値評価する探査的試みを2022年から開始した。まず我々は、幸福度を施設生活の様々な局面における「生活満足度」と人生に対する「人生満足度」に大別し、各々が数値評価が可能であることを示し昨年の本大会でその成果を発表した。今回はその経験を踏まえ、新たに改良した幸福度スケールを開発して実際に適応したので報告する。
【目的】
今回の研究の目的は、利用者の幸福度という主観的感情を可及的に客観的数値評価する方法を確立するため、昨年発表した「人生満足度スケール」を、より現実に即して幸福度を評価できる「エルサ幸福度スケール」に改定し実際への応用を検討することである。
【方法】
2022年3月、利用者の幸福度数値評価のための多職種で構成されるプロジェクトチームを発足した。2022年から2023年に実施した「人生満足度スケール」は改訂版Philadelphia Geriatric Center Morale Scaleを参考に作成した10項目の質問からなっていた。しかし1年余り実施するうちに、このスケールでは必ずしも人生の幸福度を網羅できていないと感じるようになった。そこで、今回は全く新たに評価スケールを作成することとした。まずは幸福を構成する要因を列挙した。すなわち、これらの幸福の構成要因を一つずつ満たせば満たすほど全体としてその人が幸福をより感じる、すなわち幸福度が増すのではないかと考えた。この考えに基づき、「1」身体・生活・認知機能、「2」施設生活、「3」人生、「4」家庭環境、「5」終末期の5つに分類される20項目の質問を作成し、「エルサ幸福度スケール」と命名した。質問は利用者と1対1の対面アンケート形式で行い、回答は「はい」、「いいえ」、「どちらとも言えず」、「質問が理解できず」の4種に分類した。幸福度にポジティブな回答には+1点、ネガティブな回答には-1点を与えるので、評価は合計で、+20点~-20点の範囲になる。「どちらとも言えず」、「質問が理解できず」については同じ0点となるが、回答がわかるように区別した。2024年3月から「エルサ幸福度スケール」の運用を開始。評価は各個人について3か月ごとの定期のケアカンファレンス時に行った。新規入所者については入所後2週間以内に初回評価を行った。
【結果】
2024年3月から我々の施設において「エルサ幸福度スケール」で調査を行ったのは106名である。このうち、認知機能低下が著しいため、また会話ができないためアンケート調査ができなかった人が8名いた。これを除いた98名を今回の評価対象とした。認知機能は長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)を用いて評価した。アンケートに対して、質問を理解した上で、はい、いいえ、どちらとも言えず、で回答できた合計を「回答率」とすると、この調査が適切であるためには少なくとも70%以上の回答率(20問中、14問以上回答)を得ることを適切と定義した。そこで、適切な回答率とHDS-Rとの関係を調べた。HDS-R 10/30点以上の症例は98名中76名であった。そのうち、70%以上の回答率であったのは76名中の74名、97.4%であった。次にHDS-R 4/30点以上の症例は98名中96例であり、そのうち、70%以上の回答率であったのは96名中の91名、94.8%であった。以上より、HDS-R 4点以上の利用者に対して、エルサ幸福度スケールによる評価はほぼ可能であることが示された。次に、「どちらとも言えず」と「質問が理解できず」の場合について考察する。HDS-Rの点数が低い場合でも、例えば「身体が動かないことで不満はありますか?」や「いつもの食事に満足していますか?」などの具体的・身近な質問に対しては「どちらとも言えず」と「質問が理解できず」の回答割合が各10.2%、7.1%と比較的に少なかった。一方、「これまでの人生は満足すべきものだったと思いますか?」や「自分に誇りをもって生きていますか?」といった総合的・抽象的な質問に対しては、「どちらとも言えず」と「質問が理解できず」の回答割合が各29.3%、20.4%と比較的多かったのは想定される結果であった。HDS-Rの点数が低い場合でも、案外しっかりと回答できる場合もあるが、本当に十分理解した上で判断して答えられているかは、質問者が良く観察して判断する必要がある。このため、評価は日頃から接している専任の介護者が行い、経時変化の評価も同一の者が行うことにした。
【考察】
利用者の幸福度を追求することは、身体、生活、認知の機能改善以上に重要な介護の目標といっても過言ではないと考える。利用者1人1人に対して「エルサ幸福度スケール」を用いて心の満足、不安、不満を客観的に数値評価することで、幸福度の改善のための対策を考えられるようになり、より利用者に寄り添った介護ケアが実現できると考える。また、このようなアンケートの機会がなければあり得ない、利用者の人生に関わる質問をきっかけにして利用者の心の側面や機微を知ることとなり、介護者との心の絆が深まるという副次効果もみられた。今後の課題として、認知機能が低下している利用者へのアプローチにはまだ改善の余地がある。今後とも「エルサ幸福度スケール」をさらに進化させ、利用者と介護者が共感しながら幸福度を高められる取り組みをおこなっていきたい。
介護老人保健施設は、要介護者の心身の機能の維持回復と居宅復帰を目的としている。そして、被介護者(利用者)の介護効果の評価はR4、LIFE、ICFなどで判定され、身体、生活、認知の機能評価として有用であり普及している。しかし、我々はここに大きな欠落があると考えている。すなわち利用者の幸福度が全く評価の対象となっていない。我々は、利用者が幸福を感じる事が最も重要であり、幸福度を増進、維持することが介護施設の重要な使命と考えている。そこで、利用者の主観的感情である幸福度を評価する必要がある。我々は、幸福度を客観的に数値評価する探査的試みを2022年から開始した。まず我々は、幸福度を施設生活の様々な局面における「生活満足度」と人生に対する「人生満足度」に大別し、各々が数値評価が可能であることを示し昨年の本大会でその成果を発表した。今回はその経験を踏まえ、新たに改良した幸福度スケールを開発して実際に適応したので報告する。
【目的】
今回の研究の目的は、利用者の幸福度という主観的感情を可及的に客観的数値評価する方法を確立するため、昨年発表した「人生満足度スケール」を、より現実に即して幸福度を評価できる「エルサ幸福度スケール」に改定し実際への応用を検討することである。
【方法】
2022年3月、利用者の幸福度数値評価のための多職種で構成されるプロジェクトチームを発足した。2022年から2023年に実施した「人生満足度スケール」は改訂版Philadelphia Geriatric Center Morale Scaleを参考に作成した10項目の質問からなっていた。しかし1年余り実施するうちに、このスケールでは必ずしも人生の幸福度を網羅できていないと感じるようになった。そこで、今回は全く新たに評価スケールを作成することとした。まずは幸福を構成する要因を列挙した。すなわち、これらの幸福の構成要因を一つずつ満たせば満たすほど全体としてその人が幸福をより感じる、すなわち幸福度が増すのではないかと考えた。この考えに基づき、「1」身体・生活・認知機能、「2」施設生活、「3」人生、「4」家庭環境、「5」終末期の5つに分類される20項目の質問を作成し、「エルサ幸福度スケール」と命名した。質問は利用者と1対1の対面アンケート形式で行い、回答は「はい」、「いいえ」、「どちらとも言えず」、「質問が理解できず」の4種に分類した。幸福度にポジティブな回答には+1点、ネガティブな回答には-1点を与えるので、評価は合計で、+20点~-20点の範囲になる。「どちらとも言えず」、「質問が理解できず」については同じ0点となるが、回答がわかるように区別した。2024年3月から「エルサ幸福度スケール」の運用を開始。評価は各個人について3か月ごとの定期のケアカンファレンス時に行った。新規入所者については入所後2週間以内に初回評価を行った。
【結果】
2024年3月から我々の施設において「エルサ幸福度スケール」で調査を行ったのは106名である。このうち、認知機能低下が著しいため、また会話ができないためアンケート調査ができなかった人が8名いた。これを除いた98名を今回の評価対象とした。認知機能は長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)を用いて評価した。アンケートに対して、質問を理解した上で、はい、いいえ、どちらとも言えず、で回答できた合計を「回答率」とすると、この調査が適切であるためには少なくとも70%以上の回答率(20問中、14問以上回答)を得ることを適切と定義した。そこで、適切な回答率とHDS-Rとの関係を調べた。HDS-R 10/30点以上の症例は98名中76名であった。そのうち、70%以上の回答率であったのは76名中の74名、97.4%であった。次にHDS-R 4/30点以上の症例は98名中96例であり、そのうち、70%以上の回答率であったのは96名中の91名、94.8%であった。以上より、HDS-R 4点以上の利用者に対して、エルサ幸福度スケールによる評価はほぼ可能であることが示された。次に、「どちらとも言えず」と「質問が理解できず」の場合について考察する。HDS-Rの点数が低い場合でも、例えば「身体が動かないことで不満はありますか?」や「いつもの食事に満足していますか?」などの具体的・身近な質問に対しては「どちらとも言えず」と「質問が理解できず」の回答割合が各10.2%、7.1%と比較的に少なかった。一方、「これまでの人生は満足すべきものだったと思いますか?」や「自分に誇りをもって生きていますか?」といった総合的・抽象的な質問に対しては、「どちらとも言えず」と「質問が理解できず」の回答割合が各29.3%、20.4%と比較的多かったのは想定される結果であった。HDS-Rの点数が低い場合でも、案外しっかりと回答できる場合もあるが、本当に十分理解した上で判断して答えられているかは、質問者が良く観察して判断する必要がある。このため、評価は日頃から接している専任の介護者が行い、経時変化の評価も同一の者が行うことにした。
【考察】
利用者の幸福度を追求することは、身体、生活、認知の機能改善以上に重要な介護の目標といっても過言ではないと考える。利用者1人1人に対して「エルサ幸福度スケール」を用いて心の満足、不安、不満を客観的に数値評価することで、幸福度の改善のための対策を考えられるようになり、より利用者に寄り添った介護ケアが実現できると考える。また、このようなアンケートの機会がなければあり得ない、利用者の人生に関わる質問をきっかけにして利用者の心の側面や機微を知ることとなり、介護者との心の絆が深まるという副次効果もみられた。今後の課題として、認知機能が低下している利用者へのアプローチにはまだ改善の余地がある。今後とも「エルサ幸福度スケール」をさらに進化させ、利用者と介護者が共感しながら幸福度を高められる取り組みをおこなっていきたい。