講演情報
[14-O-A008-05]HIV感染症利用者の受け入れに伴う介護職員の意識変化
*千葉 義明1 (1. 東京都 台東区立老人保健施設千束)
当施設で初めてHIV感染症の利用者を受け入れることになったが、介護職員の漠然とした不安が強かった。そこで、利用者の入所前にHIVの勉強会を実施し、疾患の理解や過度に恐れる必要はないことを認識した。入所後はHIVだから「特別」ではなく、「普段通り」の標準予防策で対応することができた。その結果、職員の不安は徐々に軽減し、「HIVの人」ではなく「○○さん」とその人個人を尊重することができた実践を報告する。
【はじめに】
当施設で初めてHIV感染症の利用者を受け入れることになった。受け入れる前と受け入れた後で介護職員の意識が大きく変わった。高齢者を取り巻く生活環境や疾病構造は多様化している。老人保健施設(以下、老健)の役割も変化する必要性を感じた事例であるため報告する。
【入所までの経過】
要介護3の80代男性。15年前にAIDSを発症し抗HIV療法を継続しながら在宅生活を続けていたが、2年前頃より高次脳機能障害が進行し受診を自己中断した。40年以上同居するパートナーから経済面や身体面でサポートを受けていたが、本人の認知機能低下やADLが低下し、パートナーの支援が困難となり昨年8月に専門病院に入院して抗HIV療法を再開した。免疫機能改善、抗ウイルス薬効果が確認されたが、受け入れ施設が見つからず、行政(区の在宅療養相談窓口)より当老健に相談があり入所となった。
【実践内容】
・HIVに対する介護職員の不安の軽減
退院前に専門病院の医師から当老健医師と看護師、相談員がHIVについて講義を受け、その講義内容を録画した。録画した講義動画をすべての老健職員が受講し、理解できないことや不安に思うことを併設病院の感染症認定看護師に質問することで、HIVに対する理解を深めた。
・感染対応、出血時の対応方法の習得
入所時、利用者は肛門周辺の出血や鼻出血があった。入所前から感染対策方法の指導を受けていたものの、HIVの利用者は初めてのため「この対策で大丈夫なのか?」と何度も疑問が生じた。その都度、感染症認定看護師に直接確認し、この方法で大丈夫というお墨付きをもらうことを重ねて、対応方法を習得していった。出血で衣類が汚染した場合は、感染症認定看護師の指示通りの消毒を介護職員が行った。また、毎日ベッド周りやトイレなどの環境清掃を徹底した。
・本人らしいコミュニケーションを取り戻すための工夫
入所当初は複数の精神安定剤を服用していたため、焦点も合わずぼんやりとしていた。職員のケアに対して嫌がる様子もあった。覚醒状態の良い時を中心に声掛けを行い、「食べ物はお肉と魚どちらが好きですか?」「どちらの洋服が好みですか?」などのクローズドな質問を用いた話しかけを重ねた。会話の機会を積極的に設けることで、徐々に本人からの会話の機会が増えてきた。
また本人から「苗字じゃなくて○○って呼んで!」と愛称での呼称の要望があり、反応が悪い時でも愛称での声掛けには返答するようになった。普段から親しみやすい声掛けを行い、安心して過ごせるように信頼関係の構築に努めた。信頼関係が出来てくると職員の行うケアに対する抵抗はなくなり、現在では「いつもありがとうね」「あなたがいて助かるわ」など職員を気遣う発言や、他の利用者との会話を楽しむなど、飲食店経営者という経歴の通りにコミュニケーション好きなご本人らしさが戻ってきた。
・ご本人の意思を尊重した入浴方法の模索
入所当初は、職員に対し「なんであんたと入らなきゃいけないのよ」など、強い口調で入浴を拒否されることが続いたが、特定の職員が対応すると気分よく入浴に応じることに気付いた。そこで、特定の職員が入浴ケアに関わるように配慮することで、入浴に対する拒否が見られなくなった。2~3か月経過すると、どの職員が対応しても入浴を嫌がる様子がなくなり、現在では拒否なく笑顔で入浴出来ている。
【実践のまとめ】
・事前準備の学習によりHIVに対する介護職員の不安の軽減につながった。
・感染症認定看護師の指導を受けて感染対応や出血時の対応が行えるようになった。
・利用者を理解したいと思い、声掛けの工夫や本人の要望を受け入れる事でコミュニケーションがスムーズになった。
・セクシャリティへの配慮を行い、慎重に対応することで安心して入浴できるようになった。
【考察】
職員の中には「HIVに感染するのが怖いから」と受け入れに否定的な発言や、受け入れ後もケアに消極的な者がいた。しかし、事前の勉強会でHIV感染症の病気と対応方法を正しく理解し、毎日の介護を行っていく中で、少しずつ介護職員全員の意識や利用者との関わり方を変容することができた。職員の不安は完全に払拭されてはいないが、職員の不安な気持ちは相手にも伝わるため、ミーティングや記録などで情報を共有・検討しながら情動伝染を小さくしていった。このことは、利用者が安心できる環境となり、落ち着いて日常生活を送れることに繋がったと考えられる。
介護職員は利用者の状況を知ることが出来る身近な存在である。介助時は皮膚状態などの観察に努め、皮膚トラブルや出血などを早期に発見し、多職種で協働しながら対応することが感染を防ぐ意味でも重要となる。今後、老健の役割も変化し、多様な疾患を有する利用者の受け入れが必要となると思われる。受け入れにあたっては、疾患やその対応方法を正しく理解して、正しく恐れることができるように、職員の意識の醸成が重要だろう。
【おわりに】
HIV感染症の入所者は増加すると考える。今後は更に、入所者間の関係性にも配慮した関りを心掛けたい。
当施設で初めてHIV感染症の利用者を受け入れることになった。受け入れる前と受け入れた後で介護職員の意識が大きく変わった。高齢者を取り巻く生活環境や疾病構造は多様化している。老人保健施設(以下、老健)の役割も変化する必要性を感じた事例であるため報告する。
【入所までの経過】
要介護3の80代男性。15年前にAIDSを発症し抗HIV療法を継続しながら在宅生活を続けていたが、2年前頃より高次脳機能障害が進行し受診を自己中断した。40年以上同居するパートナーから経済面や身体面でサポートを受けていたが、本人の認知機能低下やADLが低下し、パートナーの支援が困難となり昨年8月に専門病院に入院して抗HIV療法を再開した。免疫機能改善、抗ウイルス薬効果が確認されたが、受け入れ施設が見つからず、行政(区の在宅療養相談窓口)より当老健に相談があり入所となった。
【実践内容】
・HIVに対する介護職員の不安の軽減
退院前に専門病院の医師から当老健医師と看護師、相談員がHIVについて講義を受け、その講義内容を録画した。録画した講義動画をすべての老健職員が受講し、理解できないことや不安に思うことを併設病院の感染症認定看護師に質問することで、HIVに対する理解を深めた。
・感染対応、出血時の対応方法の習得
入所時、利用者は肛門周辺の出血や鼻出血があった。入所前から感染対策方法の指導を受けていたものの、HIVの利用者は初めてのため「この対策で大丈夫なのか?」と何度も疑問が生じた。その都度、感染症認定看護師に直接確認し、この方法で大丈夫というお墨付きをもらうことを重ねて、対応方法を習得していった。出血で衣類が汚染した場合は、感染症認定看護師の指示通りの消毒を介護職員が行った。また、毎日ベッド周りやトイレなどの環境清掃を徹底した。
・本人らしいコミュニケーションを取り戻すための工夫
入所当初は複数の精神安定剤を服用していたため、焦点も合わずぼんやりとしていた。職員のケアに対して嫌がる様子もあった。覚醒状態の良い時を中心に声掛けを行い、「食べ物はお肉と魚どちらが好きですか?」「どちらの洋服が好みですか?」などのクローズドな質問を用いた話しかけを重ねた。会話の機会を積極的に設けることで、徐々に本人からの会話の機会が増えてきた。
また本人から「苗字じゃなくて○○って呼んで!」と愛称での呼称の要望があり、反応が悪い時でも愛称での声掛けには返答するようになった。普段から親しみやすい声掛けを行い、安心して過ごせるように信頼関係の構築に努めた。信頼関係が出来てくると職員の行うケアに対する抵抗はなくなり、現在では「いつもありがとうね」「あなたがいて助かるわ」など職員を気遣う発言や、他の利用者との会話を楽しむなど、飲食店経営者という経歴の通りにコミュニケーション好きなご本人らしさが戻ってきた。
・ご本人の意思を尊重した入浴方法の模索
入所当初は、職員に対し「なんであんたと入らなきゃいけないのよ」など、強い口調で入浴を拒否されることが続いたが、特定の職員が対応すると気分よく入浴に応じることに気付いた。そこで、特定の職員が入浴ケアに関わるように配慮することで、入浴に対する拒否が見られなくなった。2~3か月経過すると、どの職員が対応しても入浴を嫌がる様子がなくなり、現在では拒否なく笑顔で入浴出来ている。
【実践のまとめ】
・事前準備の学習によりHIVに対する介護職員の不安の軽減につながった。
・感染症認定看護師の指導を受けて感染対応や出血時の対応が行えるようになった。
・利用者を理解したいと思い、声掛けの工夫や本人の要望を受け入れる事でコミュニケーションがスムーズになった。
・セクシャリティへの配慮を行い、慎重に対応することで安心して入浴できるようになった。
【考察】
職員の中には「HIVに感染するのが怖いから」と受け入れに否定的な発言や、受け入れ後もケアに消極的な者がいた。しかし、事前の勉強会でHIV感染症の病気と対応方法を正しく理解し、毎日の介護を行っていく中で、少しずつ介護職員全員の意識や利用者との関わり方を変容することができた。職員の不安は完全に払拭されてはいないが、職員の不安な気持ちは相手にも伝わるため、ミーティングや記録などで情報を共有・検討しながら情動伝染を小さくしていった。このことは、利用者が安心できる環境となり、落ち着いて日常生活を送れることに繋がったと考えられる。
介護職員は利用者の状況を知ることが出来る身近な存在である。介助時は皮膚状態などの観察に努め、皮膚トラブルや出血などを早期に発見し、多職種で協働しながら対応することが感染を防ぐ意味でも重要となる。今後、老健の役割も変化し、多様な疾患を有する利用者の受け入れが必要となると思われる。受け入れにあたっては、疾患やその対応方法を正しく理解して、正しく恐れることができるように、職員の意識の醸成が重要だろう。
【おわりに】
HIV感染症の入所者は増加すると考える。今後は更に、入所者間の関係性にも配慮した関りを心掛けたい。