講演情報

[14-O-L001-01]横須賀を歩こう ~歩行能力向上への挑戦~

*阿部 洋一1、倉地 洋佑1、山岡 明治1 (1. 神奈川県 介護老人保健施設 野比苑、2. 介護老人保健施設 野比苑)
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入所者の歩行機能向上を目的に、横須賀市の土地の特性を踏まえ、医療、リハビリ、介護等の職種が一体となり、昨年11月に施設長に就任した整形外科医による指導・教育のもと『楽しく歩く・とにかく歩く』取り組みを行った。その結果、在宅復帰率の向上を含めた目覚ましい成果が見られた。一方、歩行機会が増加したことにより、入所者の安全管理を並行して行うことも必須となっている。その一連の過程と結果について報告する。
【はじめに】
 介護老人保健施設を退所した後、自宅での生活を再開するのか。今後の生活を施設で送るのか。その選択の基準として入所者とその家族が考える条件としてしばしば用いられるのが『自宅内やその周辺を歩けるか』である。横須賀市が位置する三浦半島は標高差に富み、そこに建設される住宅も日々の生活で坂道や階段の昇降が必須となるものが非常に多い。50段の階段昇降ができなければデイサービスの車に乗ることさえできない、などということも珍しくない。昨年11月に施設長に就任した整形外科医の指導・教育のもと、そんな横須賀市で『歩く』ことに重点を置いたリハビリを行った結果を報告する。

【目的】
 従来の短期集中リハビリテーションとは別に、全職種が参画して徹底的に歩行機会を増やすことで、入所者の歩行動作、起居動作といった日常生活動作にとどまらない、食事や睡眠などを含めた日常生活全般の向上を図り、施設退所後の生活を含めた入所者のQOLに与える影響について検証する。

【当施設の概要】
 開設年月:2003年7月  入所定員:100名  施設類型:加算型

【取り組み期間】
 2023年11月~現在も継続中。今回の報告では2024年5月時点の内容とする。入退所を勘案するとそれぞれの入所者が取り組みに参加した期間は概ね4~6ヶ月となっている。

【方法】
 入所者の歩行動作を以下の7グループに分類する。
1.屋外・自立~遠位見守り歩行、
2.屋外・近位見守り~介助歩行、
3.屋外・付き添い歩行、
4.屋内・自立~遠位見守り歩行、
5.屋内・近位見守り~介助歩行、
6.屋内・見守り起立足ふみ、
7.屋内・介助起立足ふみ、
以上のグループ分けと、各入所者の歩行時の使用用具とを併せて表記した一覧表を作成し、各階廊下等に貼り出し、全職員が共有する。
 1~3のグループは、毎日10:00に各階の屋外外周通路(1周約200メートル)を3周歩き、14:00には施設敷地内の散歩道を3周歩く。
 4~5のグループは1~3のグループ終了後に施設内の廊下を西端から東端まで1往復(約150メートル)歩く。
 6~7のグループは、同様の時刻に廊下の手すりを使用して立ち座り、屈伸運動、足ふみの動作を各10回ずつ行う。
 歩行を行う際は施設長が先頭に立ち、看護師と介護職員、理学療法士が入所者と一緒に歩き、エレベーターや玄関先から屋外への誘導などに支援相談員や事務員が加わり、全職員が『歩く』ことへ参画することを徹底した。

【結果】
 まず、施設入所者の食事摂取量について、2023年11月時点で月間平均摂取量が70%以下であった入所者10名をピックアップし、同入所者の2024年4月の月間平均摂取量と比較したところ、10名全員の食事摂取量が増加していた。その内、平均摂取量が30%以上増加した入所者が3名おり、10名の平均では約17%の食事摂取量の増加が確認された。
 加えて、数値化は困難ではあるものの、入居者の夜間の様子についても不眠や昼夜逆転といった状態が起こりにくくなり睡眠状態が改善していることが記録の集計によりうかがえた。
次に、施設内における入所者の転倒事故について、月間の事故総数に占める転倒事故の割合が2023年11月の1ヶ月間で81.3%だったが、2024年4月の1ヶ月間では同65.0%に減少した。一方でヒヤリハットについて集計すると、2023年の1年間で起きたヒヤリハットの総数に対する転倒のヒヤリハットが占める割合は47.9%だったことに対して、2024年1月~4月の集計では同59.3%と上がっている。これを医師、看護、介護、リハビリの各専門職が各事故の内容等を踏まえて検証したところ、入所者の起居動作や歩行動作が安定したことで転倒事故が減少したことの一方で、入所者が歩行練習を繰り返すことによって自信を持ち、歩行は要見守りとされている入所者が一人で歩いているところを発見されての転倒ヒヤリハットが増加したことが最大の要因と考えられた。
 また、施設入所者の在宅復帰率については、2023年11月退所者の在宅復帰率が36.4%だったことに対して、2024年4月退所者は同53.3%と大きく向上した。在宅復帰・在宅療養支援指標における直近過去6ヶ月の在宅復帰率についても2023年11月時点で29%だったが、2024年4月時点で同40%と大きく向上した。

【考察】
 以上の結果から、徹底して歩行機会を増加させることにより、単純な下肢筋力の強化や起居動作、歩行動作といった日常生活動作の向上が見られたことはもちろんだが、食事摂取量の増加や良質な睡眠時間の確保など、日常生活にも良い影響が多く出たことが確認された。
 また、これら日常生活動作の向上は、老健施設を退所した後の生活を自宅で送る本人やその家族に対して肉体的な負担の軽減にとどまらず精神的にも安心感を与え、在宅復帰への決断を後押しする要因ともなり、結果として入所者が住み慣れた地域で出来る限り長く自分らしく生活をすることにつながったと考えられる。
 一方でこの歩行リハビリ中に転倒事故が起きたり、ヒヤリハットが増えたりと、入所者が歩行能力を獲得すること、もしくはその過程における日常生活動作向上の過渡期と言える時期に発生するリスクもまた無視できないことであり、安全管理の観点での課題は尽きない。

【おわりに】
 『餅は餅屋』という言葉がある。医師をはじめ様々な専門職が職務に臨む老健施設では、しばしば多職種連携が取りざたされるが、これは各専門職がその専門分野における知識や技術を発揮し入所者の状態向上に資するサービスを提供することを指す場合が多い。しかし、今回の事例のように、各専門職がその専門分野の垣根を超え、専門知識と経験が悪い意味でのブレーキとならぬよう、『楽しく歩く・とにかく歩く』を徹底した結果、大きな成果を生み出すことができたと言えるのではないだろうか。