講演情報

[14-O-L002-03]明らかな誤嚥があるALS利用者への在宅での経口支援

*岡野 忍1 (1. 茨城県 介護老人保健施設くるみ館)
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老健からの訪問リハビリにおいて、明らかな誤嚥を認めるALS利用者の経口支援を経験したので報告する。誤嚥を生じながらも経口支援を行うジレンマをセラピストが抱えながらも、多職種チーム一丸となって経口支援を行う事が出来た。重度の神経難病の利用者を担当するにあたり、他職種・他事業所との関係性の構築、医療的ケア・管理の知識理解を深めることが、安心したリハビリを提供する上で重要と考える。
【はじめに】
 筋萎縮性側索硬化症(以下ALS)は、主に中年以降に発症し、一次運動ニューロン(上位運動ニューロン)と二次運動ニューロン(下位運動ニューロン)が選択的にかつ進行性に変性・消失していく原因不明の疾患であり摂食嚥下障害もほとんどの症例で認められる。今回、明らかな誤嚥を認めながら在宅で経口練習を行うジレンマを抱えながらも、本人の強い経口摂取への希望を尊重し、お楽しみの経口摂取の支援を行ったALSの利用者について、介護老人保健施設(以下老健)からの訪問リハビリテーションの立場から報告する。
【症例】
 70歳代、男性、要介護5。X年ALSの診断。徐々に呼吸状態悪化し、X+1年6ヶ月入院となり気管切開術、人工呼吸器装着、CVポート挿入、経鼻経管栄養チューブ挿入。X+2年自宅退院。入院中は経口摂取を何回か試みたが誤嚥のリスクが大きく、中止になってしまった。喉頭気管分離術不適応。しかし退院直後、本人の経口摂取の希望が強く、訪問リハビリテーション(言語聴覚療法)依頼となる。一軒家で妻、娘と3人暮らし、介護にとても協力的。娘が休みの時車椅子(後に電動車椅子)で週末はほとんど外出。訪問診療、訪問看護、訪問介護、訪問入浴等のサービスを利用しており頻回にサービス事業所の出入りがある。訪問リハビリテーションは週1回40分(計画診療未実施減算にて対応)。本人、元料理店経営。ゴルフ好き。本人は「食べられないなら死んだほうがまし。誤嚥してもいいからとにかく食べさせろ。俺がいいと言ってるんだから!」と経口摂取に対する強い訴えみられる。
【経過】
 介入当初(X+2年)、ADLほぼ全介助。ALS重症度分類5。ALS機能評価スケール改訂版18点。MMSE24点。反復唾液のみ嚥下テスト7回。咽頭反射消失。舌の萎縮は見られるが口腔機能は概ね保たれている。コミュニケーションはyes-no、筆談、文字盤等を使用し自らの意思表示は十分可能。プログラムとして咽頭アイスマッサージや口腔ケア等、間接的嚥下練習中心に介入。カニューレカフ上部からの痰や唾液吸引で少量のため、主治医に許可を得て味付きの棒でアイスマッサージ行う。
 介入3ヵ月(X+2年3ヵ月)、経過も良いので、ゼリープリン類の摂取を主治医に許可を得る。訪問看護師同席にてゼリーによる嚥下評価。カフ上部からもゼリーは引けず誤嚥の所見なし。リハビリ介入時のみ経口練習行う。
 介入5ヵ月(X+2年5ヵ月)、誤嚥の所見が多くなる。ゼリープリン類数口摂取ごとに吸引行うが、カフ上部から食物が引けてくる頻度が徐々に増え、カニューレと気管孔の間からの食物流出も見られるようになる(明らかな誤嚥)。主治医、ケアマネージャー、訪問看護師に介入ごとに電話や書面で報告相談。本人の希望を尊重して経口摂取が継続できるようご家族、多職種でサポートしていくことを共有。頻回な吸引を行いながらゼリー・プリン・アイス類、妻手作りのお菓子など楽しむことを継続。
 X+3年、誤嚥性肺炎により医療機関入院となるが1か月後自宅退院。お楽しみの経口摂取に対する支援を継続中。
【考察】
 ALSによる重度嚥下障害者の経口摂取に対して、自律尊重原則と善行・無危害原則の倫理的ジレンマが生じ、経口練習を行うセラピストも心理的負担が大きかった。しかし、利用者の経口摂取への強い意向を尊重していくことを、本人家族を含めたチーム全体が同じ方向性を共有することができた。リスク管理においてはかかりつけ医をはじめ関係職種の支援やアドバイスを密に受けることができ、誤嚥を生じながらもセラピストは安心して支援を行い、お楽しみの経口摂取が継続できた。
 進行したALS等神経難病に対する在宅でのリハビリテーションは、医療依存度が高いことも多く看護師とシームレスに連携できたり、医療費の公費負担の観点からも訪問看護ステーションからの介入が利用しやすいと考えられるが、本症例に対しては当該地域の言語聴覚士の資源の少なさから老健である当施設訪問リハビリテーションへの依頼となった。老健からの訪問リハビリテーションでも神経難病等の重度利用者の摂食嚥下支援においてリスク管理は非常に重要だが、医師・看護師を含めたチームメンバーが他事業所である事が多く、情報共有や情報交換、タイムリーな指示を仰ぐためには、より一層の積極的なコミュニケーション能力や他職種・他事業所との関係性の構築が求められる。また、気管切開・人工呼吸器・吸引等の医療的ケア・管理に対する知識理解を深めることや緊急時の対応能力を持っていることは安心してリハビリを行うために必要なスキルということを改めて実感した。
 進行性疾患という特性上いつかは経口摂取が困難になる時が想定されるが、本人家族が少しでも満足、納得できるような支援が継続できる様、チーム一丸更なる連携を深めていきたい。