講演情報

[14-O-L002-04]サービスかけ合わせがもつ可能性-摂食嚥下に関して-訪リハ×短期入所が経口摂取再開につながった事例

*川崎 亮平1、鈴木 孝明1、大久保 豊1、稲守 伸二郎1、溝口 洋一1、前田 達慶1 (1. 三重県 介護老人保健施設きなん苑)
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クモ膜下出血後に経口摂取困難となったが、訪問リハビリと短期入所の併用により、自宅での経口摂取を再開した事例について報告する。訪問リハビリでは家族との密なコミュニケーションが図れ、短期入所中は多職種の管理下で安全に配慮しながら嚥下評価・訓練を集中的に行うことができた。サービスのかけ合わせが経口摂取再開に至った要因であると考え、老健施設がもつ摂食嚥下分野での可能性を考察する。
【はじめに】
当施設が位置する三重県南部御浜町は全国に先駆け少子高齢化の一途をたどっており、高齢化率は41.5%(2021年時点)となっている。社会資源の不足も課題であり、こと摂食嚥下分野に関し、外来や訪問で専門的な嚥下検査(嚥下造影検査、嚥下内視鏡検査)を実施可能な医療機関は、当施設近隣の市町村には存在しない。経口摂取が困難と判断され、在宅で経口摂取を再開したという報告1)2)は散見されるが、専門的な嚥下検査の結果をもとに判断されていることが多い。医療資源の乏しい当地域において、ひとたび経口摂取困難と判断された場合、在宅においてその判断を覆すことは至難な状況となっている。
介護老人保健施設(以下老健施設)には入所系サービスや通所リハビリ、訪問リハビリなど様々なサービスがあり、大河内3)は老健施設に期待される役割を「利用者の多様なニーズに対応した多様なサービスを提供すること」としている。こうした多様なサービスは老健施設の職員にとっても居宅や施設など様々なシーンで利用者に介入することを可能とし、より多面的な視点がもてるようになる。
今回、訪問リハビリと短期入所を併用したことにより、専門的な嚥下検査に依存せず在宅での経口摂取再開につながった事例を経験したため報告を行う。
【目的】
筆者が体験した事例から、摂食嚥下に関する介入について『訪問リハビリ』『短期入所』それぞれの利点を明らかにする。また二つのサービスを併用したことによる相乗効果についても分析し、老健施設がもつ摂食嚥下分野での可能性について考えたい。
【方法】
筆者が体験した事例について、記録をもとに経過をたどり考察した。
【症例情報・経過】
症例は80歳台男性、他県にて妻と二人で生活されていたが、X年クモ膜下出血を発症し入院となる。回復期病院にてリハビリを継続するが、X年+8か月に経口摂取は困難と判断され胃ろう造設となる。X年+10か月に自宅退院となり、子のいる当県へ妻と移住された。
X年+14か月より、当施設の言語聴覚士による訪問リハビリが開始となる。初回介入時の状態として、意識レベルはJCS一桁だが注意障害など高次脳機能障害もみられ、指示理解などは困難な状態であった。嚥下機能低下も明らかであり、唾液嚥下が困難なため定期的な吸引が必要であった。長期間にわたり経口摂取を行っていなかったが、本人からは「ジュースくれ」「茶粥が食べたい」などの発言があり、家族からも「食べさせてあげたい」といった希望が聴かれた。週1回の訪問リハビリでは、口腔機能訓練やアイスマッサージなどの間接的嚥下訓練を家族にも指導して取り組んだ。
訪問リハビリ開始と同時期に月1回(期間は一週間程)の短期入所利用も開始となった。利用開始当初は訪問リハビリと同様に間接的嚥下訓練を行うのみだったが、X年+16か月より医師と相談のうえ、トロミ茶や嚥下困難者用ゼリーなど経口摂取を伴った評価・訓練を短期入所中に限定して行った。
訪問リハビリでの間接的嚥下訓練と、短期入所中の直接的嚥下訓練をスイッチしながら継続し、X年+22か月から自宅でのトロミ茶の経口摂取を開始することとなった。
【考察】
今回の事例では『訪問リハビリ』と『短期入所』のかけ合わせが、両者の良し悪しを補完し自宅での経口摂取再開という結果につながった。
まず『訪問リハビリ』の利点は、家族との密なコミュニケーションが可能なことである。家族のニーズを直接確認し、日々の取り組みなどについて定期的に直接指導ができる。しかし訪問リハビリでは介入する時間以外の体調変化や生活状況について、家族等の聴取から推測するほかなく実態が見えにくい。また実際に経口摂取を伴う嚥下評価や直接嚥下訓練は摂取後の継続した体調観察が必要であり、誤嚥リスクの高い利用者に対し訪問リハビリで実施することは容易ではない。
これに対し『短期入所』では、医師が常駐し、24時間体制でスタッフによる健康観察・体調管理がなされる。これにより訪問リハビリでは困難だった経口摂取のハードルが下がり、本事例も短期入所中に医師の指示のもと、経口摂取を開始することができた。さらに単発的な嚥下評価に留まらず短期入所中の数日間続けて経口摂取を行い、摂取後の体調観察も含めた評価が可能であった。このように短期入所では安全に配慮した環境下で経口摂取を行うことができ、在宅に比べて踏み込んだ評価や訓練を行うことが可能である。ただ短期入所の場合は、通常他職種を通じて家族とやり取りすることが多いため、家族に直接指導できる機会は少ない。しかし本例は訪問リハビリを併用していたため、短期入所での評価をもとに直接家族指導を行うことができた。このように本事例では『訪問リハビリ』と『短期入所』を併用していたことが経口摂取再開に至る大きな要因であったと考えられ、老健施設におけるサービスかけ合わせがもつ可能性を示唆した。
【結語】
社会資源が豊富な都市部では、サービスごとに事業所が分かれてしまい、それぞれのサービスを別のスタッフが担当し、情報が分散してしまう。これが過疎地域では逆に、社会資源の少なさゆえに一人のスタッフが様々なサービスを担うこととなり、このことが目標や情報を一元化しやすくするというメリットになる。こうした地域の特性を活かしながら、老健施設での言語聴覚士の役割について模索していきたいと思う。
【参考文献】
1.西山耕一郎(2020)在宅で経口摂取を続けるためには-耳鼻咽喉科医師によるアプローチ- 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌 第29巻 第2号 206-209
2.市川陽子ら(2023)在宅における患者家族の介護および多職種での介入により経口摂取再開および日常生活動作の改善を認めた1症例 老年歯学 第38巻 第2号 E18-E23
3.大河内二郎(2021)これからの老人保健施設に期待される役割 日本老年医学会雑誌 58巻4号 533-539