講演情報

[14-O-L004-06]セルフケアの獲得が、気持ちの変化をもたらした事例

*塚本 健治1 (1. 福島県 介護老人保健施設楢葉ときわ苑(仮設))
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痛みや痺れを解消することに執着していた利用者様が、通所リハビリでの関わりを通して、不調ばかりにとらわれず、活動に目を向け自信を取り戻すことができた事例を報告する。自分に合ったセルフケアの獲得や生活環境の見直しを行うことで、病院に頼らなくても症状を緩和できる手段があることを実感し、本人の気持ちが変化したと考えられる。
【はじめに】
身体的な不調により今までできていたことができなくなることで、活動の意欲が低下し活動量が減少、身体機能がさらに低下してしまうことがある。痛みや痺れがある場合にはそれを解消することに執着するあまり病院を渡り歩き、何とか元の体を取り戻そうとする利用者様も多い。今回、通所リハビリで、脊柱管狭窄症の症状を抱えながらも、自身の希望する暮らしを徐々に実現していくことができた利用者様との関わりを報告する。

【事例紹介】
70代、男性。職業は自動販売機を会社に設置する仕事を65歳までしていた。趣味はギターと山登りであった。2017年頃より臀部~右下腿に痺れが出現し脊柱管狭窄症と診断された。2020年頃より両足が痺れるようになった。何件もの病院を受診し現段階では手術の適応外との診断を受けるが、2022年に自身が探し当てた病院で手術を受けた。術後も痺れや感覚鈍麻が残存し、一時的に歩行困難になることもあった。車の運転は感覚の鈍麻により自信がないため控えていた。その後も多くの病院を受診したが、どの病院でも特に治療の必要はないとの診断を受けた。歩行困難になったことをきっかけに介護保険を申請し、当施設通所リハビリの利用開始となった。本人の希望は「痺れを解消したい。」、家族の希望は「もう少し長く歩けるようになってほしい。車の運転ができるようになり、孫の送迎や様々な用を足せるようになってほしい。」であった。
<利用開始時の身体機能評価>
10m歩行:8秒47
Timed Up & Go test(以下TUG):8秒69
6分間歩行:200m(3分58秒・両下肢の痺れ増悪により終了)
生活全般に自立しているが、腰背部と臀部・下肢の筋の柔軟性が低下しており、歩行の耐久性が低い状態であった。本人の主訴は「日中は臀部~下肢後面の痺れが中心、起床時には臀部~下腿にかけて強い痛みがある」であった。痛みや痺れを解消するために自身でいろいろな情報を収集し、情報が混乱してしまっている印象があり、その原因が心因性である可能性も考えられた。

【介入】
<セルフエクササイズ>
柔軟性の低かった腰部、臀部、下肢後面のストレッチをセルフエクササイズとして指導し継続して行っていただいた。

<寝具の見直し>
起床時の臀部~下腿にかけての強い痛みはしばらく続いていたため、寝具の見直しを提案した。自宅にある来客用の柔らかめのマットレスや高さの違う枕を試験的に使用していただき、本人に合った寝具の検討を行った。

<精神的アプローチ>
通所リハビリ利用時には山登りやロッククライミングについて話を伺い、今の状態でできることはないか本人と検討した。

【経過】
<3ヶ月後>
起床時の下肢痛は続いていた。下肢の痺れ感は日によって変動があり、動けなくなるほどの日もあった。この段階では自身の下肢の痺れなど身体の不調について調べた内容を話すことが多かった。会話の中で「本当は孫にロッククライミングを教えたいんだけどね」との言葉が聞かれた。

<6ヶ月後>
起床時の下肢痛は続いていた。寝具については「来客用の柔らかめの寝具を試したら少し痛みが軽くなったような気がする」との報告があった。この頃から「昨日は近くの神社の階段を昇ってみた」など自身のできる範囲での活動について報告してくださることが多くなり、「車を買おうと思っているんだよ」との言葉も聞かれた。

<9ヶ月後>
起床時の下肢痛は軽減してきていた。寝具は自身の寝具と来客用の寝具をその日によって使い分けているとの報告があった。自家用車を購入し運転を再開した。

<12ヶ月後>
起床時の下肢痛はほぼ消失した。寝具は、最終的に自身のマットレスに柔らかめの薄いマットを敷いて使用しているとのことであった。両下肢の痺れは続いていた。自家用車で孫の送迎ができるようになった。運転に自信がつき「今度は〇〇に行ってみようと思う」など前向きな発言が多くなってきた。

【結果】
<12ヶ月経過時の身体機能評価>
10m歩行:7秒79
TUG:7秒38
6分間歩行:345m(下肢痺れあるが自制内)
臀部~下肢後面の痺れは残存しているものの、痺れ感を自身でコントロールすることができており、起床時の臀部~下腿にかけての強い痛みは消失した。活動量は増加し、趣味活動や孫の送迎や遊び相手も行えるようになった。利用開始時に話していた「本当は孫にロッククライミングを教えたい」という希望も実現することができた。自身の身体的な不調の訴えは減少している。

【考察】
私達も身体に不調があると病院を受診するように、利用者様も何とかして自身の不調を改善しようと病院を受診したり、情報を集めるなど、以前の体を取り戻すための努力をするのは当然のことである。しかし、それに執着するあまり、症状が改善しないことへの憤りや失望感から、気分が落ち込んで何も手につかない状態となることも珍しくない。今回の事例では「痺れを改善したい」という本人の切実な思いを筆者は受け止め、症状を緩和させる方法を共に考えつつ、その先にある活動にも目を向けることができるような関わりをしたことで行動変容を促すことができた。これは、セルフエクササイズを通して、自分の状態に合ったセルフケア方法を発見できたことや、寝具の見直しにより症状が改善したことで、病院に頼らなくても症状が緩和できる手段があることを本人が実感できたためと考える。さらに、本人の大切にしている趣味活動において、現状でも行える事やそれを実施するための方法を筆者が提案し本人が実行できたことで、身体的な不調にばかりとらわれず、活動に目を向けるようになり、自信を取り戻すことにつながったと考える。私達は、何気ない会話の中の一言に込められた思いを見逃さず、利用者様と協働し目標の実現に向かっていくことで、本人の気づきや自信につなげていくことができることを感じた。