講演情報
[14-O-L005-05]要支援者の視線の違いによる歩行時間と運動機能の比較
*柴田 結美1、今井 優利1、越智 亮2、山田 和政3 (1. 岐阜県 医療法人 和光会 介護法人保健施設 寺田ガーデン、2. 星城大学 リハビリテーション学部 、3. 愛知医療学院大学 リハビリテーション学部)
転倒ハイリスク高齢者は、視線が下向きになりやすいとの報告がある。今回、通所リハを利用する要支援者を対象に、歩行時の視線に着目し、通常歩行時間と前方目視での歩行時間の違いから運動機能を比較し、転倒リスクについて検討した。前方目視での歩行の方が遅い要支援者は、運動機能が低く、転倒リスクの高いことが示唆された。要支援者における新たな転倒リスク評価指標としての「前方目視歩行時間」の活用を検討していきたい。
【はじめに】
人は、日常生活を送る上で必要な情報の約80%を視覚に頼っているとされる。しかし、通所リハビリテーション(以下;通所リハ)を利用する要支援者を観察すると、前傾姿勢で足元に視線を落として歩いている者を見かけ、時につまずくことが見受けられる。転倒ハイリスク高齢者は、視線が下向きになりやすいとの報告があり、危険を察知し、回避するためには、前方を目視し、広い視野で歩行することが転倒予防につながると考えられる。
本研究は、要支援者の歩行時の視線の違いによる歩行時間と運動機能を調査・比較し、転倒リスクとの関連性を明らかにすることを目的とした。
【方法】
当施設の通所リハ利用者のうち、歩行補助具を使用せず自力で5m歩行が可能な要支援者56名を対象とした。
運動機能評価は、全身の筋力指標として握力測定を、動的バランス能力指標としてTimed Up and Go(以下;TUG)テストを、静的バランス指標として開眼片脚立位時間を、下肢筋力指標として30-sec chair stand(以下CS-30)テストの4項目を行った。尚、TUGテスト、開眼片脚立位時間、CS-30テストは、転倒リスク評価として広く用いられている。加えて、5m歩行時間を2回測定した。1回目は普段の歩き方での歩行時間(通常歩行時間)、2回目は測定前にしっかり前を見て歩くよう口頭にて指示しての歩行時間(前方目視歩行時間)とした。
2回の歩行時間の違いから、通常歩行と比較して前方目視歩行で「0.5秒以上速くなった群」、「変わらなかった(±0.5秒未満)群」、「0.5秒以上遅くなった群」の3群に分類し、運動機能を比較した。尚、群分けに関する基準がないため、本研究では、ひとつの目安として0.5秒の差を基準とした。
【結果】
前方目視歩行で0.5秒以上速くなった群は15名(全体の26.8%、男性9名・女性6名、平均年齢81.9±6.3歳、要支援1:8名・要支援2:7名)、変わらなかった群は35名(全体の62.5%、男性16名・女性19名、平均年齢80.6±7.6歳、要支援1:11名・要支援2:24名)、0.5秒以上遅くなった群は6名(全体の10.7%、男性3名・女性3名、平均年齢84.8±5.4歳、要支援1:3名・要支援2:3名)であった。
3群の5m歩行時間と運動機能を図1に示す。通常および前方目視5m歩行時間は、前方目視歩行で0.5秒以上速くなった群では5.4±1.4秒と4.5±1.1秒、変わらなかった群では4.9±1.6秒と4.9±1.7秒、0.5秒以上遅くなった群では6.1±3.1秒と7.4±3.8秒であった。運動機能である握力、TUG遂行時間、開眼片脚立位時間、CS-30は、前方目視歩行で0.5秒以上速くなった群では21.4±7.0Kg、10.6±3.0秒、11.1±9.0秒、13.3±3.4回、変わらなかった群では22.0±8.6Kg、10.6±3.0秒、12.3±15.4秒、13.4±4.1回、0.5秒以上遅くなった群では23.2±11.0Kg、23.2±11.0秒、3.9±5.8秒、11.7±4.5回であった。
転倒リスクのカットオフ値として、TUGテストは13.5秒以上、片脚立位時間は5秒以下、CS-30テストは14.5回以下との報告がある。TUGテスト、片脚立位時間、CS-30テストの3項目のうち、カットオフ値を2項目以上下回っていた者は、前方目視歩行で0.5秒以上速くなった群では15名中5名(33.3%)、変わらなかった群では35名中11名(31.4%)、前方目視歩行で0.5秒以上遅くなった群では6名中4名(66.7%)であった。
【考察】
通常歩行と比較して前方目視歩行が遅くなった群は、他の2群と比べて通常歩行速度が遅く、前方を目視することでさらに歩行速度が遅くなった。また、握力、TUGテスト、開眼片脚立位時間、CS-30テストの結果すべてで劣っており、全身筋力、静的・動的バランス能力、下肢筋力が低下していた。さらに前方目視歩行が遅くなった群のみ、TUGテスト、開眼片脚立位時間、CS-30テストのいずれのカットオフ値も下回っており、これら3項目のうち、2項目以上カットオフ値を下回った者は、他の2群の2倍と多く、転倒リスクの高いことが示唆された。転倒ハイリスク高齢者は、視線が下向きになりやすいとの報告があり、本研究も同様の結果であった。片麻痺者においても歩行速度が遅いほど下向き傾向となるとの報告があり、その理由として、単純に麻痺や感覚障害の代償として視覚情報を利用するというよりも、低い歩行能力を補う方略のひとつとして視覚に依存して慎重に歩行しようとするからではないかと述べている。対象は異なるが、本研究においても前方目視歩行が遅くなった群は、歩行速度が遅く、運動機能面でも転倒リスクが高いため、足元を目視した歩行姿勢になったのではないかと推察する。
一方、前方目視歩行が速くなった群では、まっすぐ前を見るよう指示したことで背筋が伸び、姿勢が改善したことで、普段の歩行と比べて速度が速くなったのではないかと考える。一般的に、歩行動作を指導する際、20~30m先を見て歩行することで正しい姿勢となり、歩行パフォーマンスの向上を図ることが多い。
【結論】
本研究では、通常歩行時の視線については評価をしておらず、どこを見ていたかは不明であるが、前方目視することで歩行速度が遅くなる者は運動機能が低く、転倒リスクが高いことが明らかとなった。歩行補助具を使用せず自力歩行が可能な要支援者のおよそ1割が、通常歩行と比較して前方目視歩行で速度が遅くなっていたことから、要支援者における転倒ハイリスク者をより的確に見つけ出せるよう、新たな転倒リスク評価指標としての「前方目視歩行時間」の活用を検討していきたい。
参考文献
1)Masud T, Morris RO: Epidemiology of falls. Age Ageing. 2001; 30: 3-7.
2)Higuchi T, Yoshida H: Gaze behavior during adaptive locomotion. Inc: Stewart LC (ed)
3)吉田啓晃, 中山恭秀, 他 : 脳卒中片麻痺患者の足元を遮蔽した場合の歩行能力変化-歩行中の視覚-運動制御に関する研究. 臨床理学療法研究. 2011; 28: 51-55.
人は、日常生活を送る上で必要な情報の約80%を視覚に頼っているとされる。しかし、通所リハビリテーション(以下;通所リハ)を利用する要支援者を観察すると、前傾姿勢で足元に視線を落として歩いている者を見かけ、時につまずくことが見受けられる。転倒ハイリスク高齢者は、視線が下向きになりやすいとの報告があり、危険を察知し、回避するためには、前方を目視し、広い視野で歩行することが転倒予防につながると考えられる。
本研究は、要支援者の歩行時の視線の違いによる歩行時間と運動機能を調査・比較し、転倒リスクとの関連性を明らかにすることを目的とした。
【方法】
当施設の通所リハ利用者のうち、歩行補助具を使用せず自力で5m歩行が可能な要支援者56名を対象とした。
運動機能評価は、全身の筋力指標として握力測定を、動的バランス能力指標としてTimed Up and Go(以下;TUG)テストを、静的バランス指標として開眼片脚立位時間を、下肢筋力指標として30-sec chair stand(以下CS-30)テストの4項目を行った。尚、TUGテスト、開眼片脚立位時間、CS-30テストは、転倒リスク評価として広く用いられている。加えて、5m歩行時間を2回測定した。1回目は普段の歩き方での歩行時間(通常歩行時間)、2回目は測定前にしっかり前を見て歩くよう口頭にて指示しての歩行時間(前方目視歩行時間)とした。
2回の歩行時間の違いから、通常歩行と比較して前方目視歩行で「0.5秒以上速くなった群」、「変わらなかった(±0.5秒未満)群」、「0.5秒以上遅くなった群」の3群に分類し、運動機能を比較した。尚、群分けに関する基準がないため、本研究では、ひとつの目安として0.5秒の差を基準とした。
【結果】
前方目視歩行で0.5秒以上速くなった群は15名(全体の26.8%、男性9名・女性6名、平均年齢81.9±6.3歳、要支援1:8名・要支援2:7名)、変わらなかった群は35名(全体の62.5%、男性16名・女性19名、平均年齢80.6±7.6歳、要支援1:11名・要支援2:24名)、0.5秒以上遅くなった群は6名(全体の10.7%、男性3名・女性3名、平均年齢84.8±5.4歳、要支援1:3名・要支援2:3名)であった。
3群の5m歩行時間と運動機能を図1に示す。通常および前方目視5m歩行時間は、前方目視歩行で0.5秒以上速くなった群では5.4±1.4秒と4.5±1.1秒、変わらなかった群では4.9±1.6秒と4.9±1.7秒、0.5秒以上遅くなった群では6.1±3.1秒と7.4±3.8秒であった。運動機能である握力、TUG遂行時間、開眼片脚立位時間、CS-30は、前方目視歩行で0.5秒以上速くなった群では21.4±7.0Kg、10.6±3.0秒、11.1±9.0秒、13.3±3.4回、変わらなかった群では22.0±8.6Kg、10.6±3.0秒、12.3±15.4秒、13.4±4.1回、0.5秒以上遅くなった群では23.2±11.0Kg、23.2±11.0秒、3.9±5.8秒、11.7±4.5回であった。
転倒リスクのカットオフ値として、TUGテストは13.5秒以上、片脚立位時間は5秒以下、CS-30テストは14.5回以下との報告がある。TUGテスト、片脚立位時間、CS-30テストの3項目のうち、カットオフ値を2項目以上下回っていた者は、前方目視歩行で0.5秒以上速くなった群では15名中5名(33.3%)、変わらなかった群では35名中11名(31.4%)、前方目視歩行で0.5秒以上遅くなった群では6名中4名(66.7%)であった。
【考察】
通常歩行と比較して前方目視歩行が遅くなった群は、他の2群と比べて通常歩行速度が遅く、前方を目視することでさらに歩行速度が遅くなった。また、握力、TUGテスト、開眼片脚立位時間、CS-30テストの結果すべてで劣っており、全身筋力、静的・動的バランス能力、下肢筋力が低下していた。さらに前方目視歩行が遅くなった群のみ、TUGテスト、開眼片脚立位時間、CS-30テストのいずれのカットオフ値も下回っており、これら3項目のうち、2項目以上カットオフ値を下回った者は、他の2群の2倍と多く、転倒リスクの高いことが示唆された。転倒ハイリスク高齢者は、視線が下向きになりやすいとの報告があり、本研究も同様の結果であった。片麻痺者においても歩行速度が遅いほど下向き傾向となるとの報告があり、その理由として、単純に麻痺や感覚障害の代償として視覚情報を利用するというよりも、低い歩行能力を補う方略のひとつとして視覚に依存して慎重に歩行しようとするからではないかと述べている。対象は異なるが、本研究においても前方目視歩行が遅くなった群は、歩行速度が遅く、運動機能面でも転倒リスクが高いため、足元を目視した歩行姿勢になったのではないかと推察する。
一方、前方目視歩行が速くなった群では、まっすぐ前を見るよう指示したことで背筋が伸び、姿勢が改善したことで、普段の歩行と比べて速度が速くなったのではないかと考える。一般的に、歩行動作を指導する際、20~30m先を見て歩行することで正しい姿勢となり、歩行パフォーマンスの向上を図ることが多い。
【結論】
本研究では、通常歩行時の視線については評価をしておらず、どこを見ていたかは不明であるが、前方目視することで歩行速度が遅くなる者は運動機能が低く、転倒リスクが高いことが明らかとなった。歩行補助具を使用せず自力歩行が可能な要支援者のおよそ1割が、通常歩行と比較して前方目視歩行で速度が遅くなっていたことから、要支援者における転倒ハイリスク者をより的確に見つけ出せるよう、新たな転倒リスク評価指標としての「前方目視歩行時間」の活用を検討していきたい。
参考文献
1)Masud T, Morris RO: Epidemiology of falls. Age Ageing. 2001; 30: 3-7.
2)Higuchi T, Yoshida H: Gaze behavior during adaptive locomotion. Inc: Stewart LC (ed)
3)吉田啓晃, 中山恭秀, 他 : 脳卒中片麻痺患者の足元を遮蔽した場合の歩行能力変化-歩行中の視覚-運動制御に関する研究. 臨床理学療法研究. 2011; 28: 51-55.