講演情報
[14-O-L006-03]より良く、よりその人らしい人生を送るために
*杉原 章仁1 (1. 島根県 介護老人保健施設昌寿苑)
社会的活動が多く、在宅復帰を強く希望された利用者に対し、思いを尊重した取り組みを行ったことでQOL向上の一助となった事例を報告する。本人の希望・思いをヒアリングした結果、共に自宅へ訪問すること、社会的活動が継続できるような介入を行ったことが、利用者のQOL向上に繋がったと考えられる。利用者の思いや希望を把握して取り組むことが利用者のQOLの向上に必要であると感じた。
【はじめに】
当施設は利用者の「人生」、「自己決定」、「能力と可能性」に重点をあて介護サービスを提供している。今回、数十年前に網膜色素変性症により盲目となり、脳出血によって左片麻痺を生じた利用者(以下、A氏)に対し、本人の意思を尊重し様々な取り組みを実施したので報告する。
【症例紹介】
年齢:70代後半 要介護度:要介護1
疾患名:右視床出血、網膜色素変性症、神経因性膀胱、乳がん術後
BRS:上肢4~5、下肢5、手指:4~5
病前生活:病前は2階建て住居にて独居生活。1階で鍼灸所を営み、2階は生活スペース。障害者援護事業を利用しつつ、マラソン、陶芸等の外出支援を受け、活動的に過ごしていた。
【経過】
入所初期は生活環境に慣れるため居室内での動線の確認、一連の排泄動作の確認を中心とした介入を実施。
生活環境に慣れ始めてから、歩行中心の自主練習を開始された。また、社会的活動が多かったA氏にとって、コロナ禍により制限された施設内では満足に生活ができておらず、在宅での生活を希望されるようになった。在宅で必要と考えられる動作をリハビリテーション(以下、リハビリ)実施時にヒアリングを行った。A氏は2階が生活スペースであったため階段昇降の練習、鍵の開錠動作、車への乗降車の訓練を実施した。加えて、マラソンが生きがいであったA氏にとって自身の足で歩く事は大きな意味があり、歩行練習も強い希望があった。A氏は視覚を使用しての動作の実施が困難で、麻痺側の随意性の低下があり、再び独居生活を行う事は難しいと感じた。
しかし、A氏の在宅復帰への気持ちは強かったため、理学療法士(以下、PT)、支援相談員(以下、MSW)でA氏の居宅の状態を把握するためA氏宅へ訪問を実施した。後日日程を調整し、A氏、キーパーソン、MSW、PT、ケアマネジャー、福祉用具専門相談員と共に退所計画のための訪問を実施。現状の能力を考えると、生活スペースであった2階では生活上不便な点も多かったため、1階の鍼灸所を生活スペースとして利用する事を提案した。
数日後、A氏より在宅復帰を諦め、施設入所を検討するとPT、MSWに相談される。A氏から盲障害者専用の老人ホームの提案し、入所申込みを行ったが、A氏より退所先では自由な外出がしたいと希望があった。MSWよりサービス付き高齢者住宅をA氏に提案。キーパーソンにも説明し、自宅周辺の施設の希望があった。A氏の希望も尊重し、サービス付き高齢者住宅へ退所の方針が決まった。その後のリハビリは歩行能力の維持を図りつつ、A氏の希望である外出を想定した屋外歩行訓練を継続して実施し、退所となった。
【考察】
林1)によると脳卒中患者の自宅復帰に最も重要度が高いと考えられるADL項目は、排泄における移乗を含むトイレの一連動作であると述べており、A氏は視覚障害者であるが、一連の排泄動作は苑内では自立して可能であった。訪問時に1階のベッドからトイレへの動線経路の確認をA氏と共に行った。加えて段差解消の住宅改修、配食・外出支援等のサービスの利用の検討も行った。その後のリハビリも新しい生活環境を考え、視覚の代償手段として、非麻痺側上肢で周囲の状況把握を行うリハビリを実施した。しかし、在宅復帰を希望していたA氏が訪問を行う事で現状の身体状態での在宅生活のイメージがより明確になったことで在宅生活の困難さを感じ、断念したと考えられる。大河内2)によると高齢者は退所先の希望について約20~30%が「自宅」を希望していると言われており、自宅退所を強く望む利用者に対し、本人と自宅の訪問を実施する事は、利用者自身が在宅生活をより具体的にイメージでき、今後の方針を決める際に有用な手段であると感じた。
次にA氏のQOLについて、病前生活よりマラソンや陶芸教室など社会的活動を多く行っていたA氏には社会的な活動が今後の生活においても重要であると感じた。津軽谷3)によると高齢者の主観的QOLを向上させるためには、身体の活動能力と共に社会的適応能力の向上を目指した活動が有効であると述べており、A氏の希望である外出を想定した屋外歩行訓練を行うことで、活動能力と社会的適応能力の向上が図れたと考えられる。退所後の生活は、自由に外出ができ、社会活動を行えるようになったことで満足した生活が送れるようになりA氏のQOLの向上に繋がったと考えられる。社会的活動の多い利用者に対して、今後も社会的活動を継続可能な状態を維持する介入が必要であると考えられる。
今回の事例を通して、利用者の希望や思いを把握した取り組みを行う事が利用者のQOL向上のためにも必要であると感じた。
【おわりに】
A氏はその後、障害者スポーツという新たな生きがいに出会い、目標に向け挑戦し続けるA氏を応援していきたい。
今回対象者とさせていただいたA氏をはじめとするご協力いただいた方々に改めて感謝します。
【引用・参考文献】
1)林真太郎,脳卒中予後予測における自宅復帰の影響因子-日常生活活動(ADL)についての検討-,奈良学園大学紀要,9巻,187-192,2018
2)大河内二郎,これからの介護老人保健施設に期待される役割,日本老年医学会雑誌,58巻,4号,535-539,2021
3)津軽谷恵,在宅高齢者と介護老人保健施設入所者の主観的QOLについて-Visual Analogue Scaleを用いて-,秋田大学医学部保健学科紀要,11巻,1号,46-53,2000
当施設は利用者の「人生」、「自己決定」、「能力と可能性」に重点をあて介護サービスを提供している。今回、数十年前に網膜色素変性症により盲目となり、脳出血によって左片麻痺を生じた利用者(以下、A氏)に対し、本人の意思を尊重し様々な取り組みを実施したので報告する。
【症例紹介】
年齢:70代後半 要介護度:要介護1
疾患名:右視床出血、網膜色素変性症、神経因性膀胱、乳がん術後
BRS:上肢4~5、下肢5、手指:4~5
病前生活:病前は2階建て住居にて独居生活。1階で鍼灸所を営み、2階は生活スペース。障害者援護事業を利用しつつ、マラソン、陶芸等の外出支援を受け、活動的に過ごしていた。
【経過】
入所初期は生活環境に慣れるため居室内での動線の確認、一連の排泄動作の確認を中心とした介入を実施。
生活環境に慣れ始めてから、歩行中心の自主練習を開始された。また、社会的活動が多かったA氏にとって、コロナ禍により制限された施設内では満足に生活ができておらず、在宅での生活を希望されるようになった。在宅で必要と考えられる動作をリハビリテーション(以下、リハビリ)実施時にヒアリングを行った。A氏は2階が生活スペースであったため階段昇降の練習、鍵の開錠動作、車への乗降車の訓練を実施した。加えて、マラソンが生きがいであったA氏にとって自身の足で歩く事は大きな意味があり、歩行練習も強い希望があった。A氏は視覚を使用しての動作の実施が困難で、麻痺側の随意性の低下があり、再び独居生活を行う事は難しいと感じた。
しかし、A氏の在宅復帰への気持ちは強かったため、理学療法士(以下、PT)、支援相談員(以下、MSW)でA氏の居宅の状態を把握するためA氏宅へ訪問を実施した。後日日程を調整し、A氏、キーパーソン、MSW、PT、ケアマネジャー、福祉用具専門相談員と共に退所計画のための訪問を実施。現状の能力を考えると、生活スペースであった2階では生活上不便な点も多かったため、1階の鍼灸所を生活スペースとして利用する事を提案した。
数日後、A氏より在宅復帰を諦め、施設入所を検討するとPT、MSWに相談される。A氏から盲障害者専用の老人ホームの提案し、入所申込みを行ったが、A氏より退所先では自由な外出がしたいと希望があった。MSWよりサービス付き高齢者住宅をA氏に提案。キーパーソンにも説明し、自宅周辺の施設の希望があった。A氏の希望も尊重し、サービス付き高齢者住宅へ退所の方針が決まった。その後のリハビリは歩行能力の維持を図りつつ、A氏の希望である外出を想定した屋外歩行訓練を継続して実施し、退所となった。
【考察】
林1)によると脳卒中患者の自宅復帰に最も重要度が高いと考えられるADL項目は、排泄における移乗を含むトイレの一連動作であると述べており、A氏は視覚障害者であるが、一連の排泄動作は苑内では自立して可能であった。訪問時に1階のベッドからトイレへの動線経路の確認をA氏と共に行った。加えて段差解消の住宅改修、配食・外出支援等のサービスの利用の検討も行った。その後のリハビリも新しい生活環境を考え、視覚の代償手段として、非麻痺側上肢で周囲の状況把握を行うリハビリを実施した。しかし、在宅復帰を希望していたA氏が訪問を行う事で現状の身体状態での在宅生活のイメージがより明確になったことで在宅生活の困難さを感じ、断念したと考えられる。大河内2)によると高齢者は退所先の希望について約20~30%が「自宅」を希望していると言われており、自宅退所を強く望む利用者に対し、本人と自宅の訪問を実施する事は、利用者自身が在宅生活をより具体的にイメージでき、今後の方針を決める際に有用な手段であると感じた。
次にA氏のQOLについて、病前生活よりマラソンや陶芸教室など社会的活動を多く行っていたA氏には社会的な活動が今後の生活においても重要であると感じた。津軽谷3)によると高齢者の主観的QOLを向上させるためには、身体の活動能力と共に社会的適応能力の向上を目指した活動が有効であると述べており、A氏の希望である外出を想定した屋外歩行訓練を行うことで、活動能力と社会的適応能力の向上が図れたと考えられる。退所後の生活は、自由に外出ができ、社会活動を行えるようになったことで満足した生活が送れるようになりA氏のQOLの向上に繋がったと考えられる。社会的活動の多い利用者に対して、今後も社会的活動を継続可能な状態を維持する介入が必要であると考えられる。
今回の事例を通して、利用者の希望や思いを把握した取り組みを行う事が利用者のQOL向上のためにも必要であると感じた。
【おわりに】
A氏はその後、障害者スポーツという新たな生きがいに出会い、目標に向け挑戦し続けるA氏を応援していきたい。
今回対象者とさせていただいたA氏をはじめとするご協力いただいた方々に改めて感謝します。
【引用・参考文献】
1)林真太郎,脳卒中予後予測における自宅復帰の影響因子-日常生活活動(ADL)についての検討-,奈良学園大学紀要,9巻,187-192,2018
2)大河内二郎,これからの介護老人保健施設に期待される役割,日本老年医学会雑誌,58巻,4号,535-539,2021
3)津軽谷恵,在宅高齢者と介護老人保健施設入所者の主観的QOLについて-Visual Analogue Scaleを用いて-,秋田大学医学部保健学科紀要,11巻,1号,46-53,2000