講演情報

[14-O-L006-04]在宅復帰の成否を左右する要因に関する一考察~臨床で学んだリハビリテーションの神髄~

*田崎 綾人1、嶌田 裕介1、高井 康孝1、内田 三千則1 (1. 埼玉県 いづみケアセンター)
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老健の理学療法士として在宅復帰を目標にリハビリに取り組んでいる。私は理学療法士であるが故に、在宅復帰という成果に対して、ともすれば身体機能の回復に囚われがちであったかも知れない。リハビリは全人的なものであり、理学療法=リハビリではない。今回担当したケースから、「家族が在宅介護を決断出来るか否か」が成否を左右するポイントであるとの学びを得た。この一連の経緯に考察を加え、ここに報告する。
【はじめに】
 介護老人保健施設(以下、「老健」と略す)はリハビリテーション(以下、「リハビリ」と略す)を売り目玉とする在宅復帰施設である。当施設は老健類型最高位の超強化型を取得している。そうした環境下、私は国家試験を経て免許された2年目の理学療法士として、リハビリの視点から在宅復帰を目標に日々取り組みに励んでいる。臨床家として経験を積み上げていく中で、利用者の状態像を在宅復帰可能なレベルまで改善させたとしても、受け入れる家族側の要因によって阻害されるケースが一定数存在することも理解した。介護負担や介護不安に加え、利用者の自宅で“その人がいない時間”が長ければ長いほど、“その人のいない環境”が構築されていくという事であろう。しかし今回、こうした状況から転じて異なる展開を見せた症例を経験した。この一連の経緯に考察を加え、ここに報告する。

【症例紹介】
 63歳、男性のA氏。妻、長男、次男との4人暮らし。明朗快活な性格で、職業は生花店の経営者である。令和5年5月、飲酒酩酊による転倒で医療機関へ救急搬送され、脳挫傷と診断される。受傷前より小刻み歩行が見られ、転倒歴もあった。また物忘れ等により認知機能の低下も疑われていたが、専門医による診断は受けていなかった。同年6月、リハビリ目的で他院転院となる。同年7月、脳挫傷の影響により正常圧水頭症の疑いありと診断され、L-Pシャント術施行。同年11月、在宅復帰を前提としたリハビリを目的として当施設に入所となる。

【経過及び結果】
 63歳という老健入所者の中では比較的若いケースの担当セラピストとなり、当時理学療法士免許を取得して1年目であった私は、利用者に残存する障碍に対して理学療法学に於ける治療手技をメインとしたアプローチの導入を決意した。大学時代に学んだリハビリの理想に燃え、在宅復帰を果たした若い利用者の姿を思い描き、モチベーションの高まりと共に心も弾んだ。
 初回評価において精神機能面、身体機能面、日常生活動作面について検査測定を行ない、状態や持てる能力を把握した。在宅での生活を想定し、短期目標として「歩行による移動動作の自立」と「排泄動作の自立」を掲げた。この目標を達成する為、プログラムとして下肢及び体幹の筋力強化訓練、立位の安定に直結する足底部への感覚入力促通訓練、起居動作を含む基本動作訓練を重点的に実施した。
 私がアプローチを開始してから約1ヵ月で立ち上がりから立位保持が安定した。施設内に於ける移動手段も車椅子から「前腕で支持するU字型のキャスター付き歩行車」となった。歩行時の重心が後方に残る傾向が見られるものの、見守りで可能なレベルまで向上した。
 医療機関に入院中、抑制ベルトを装着されていた事実を家族は知っており、転倒の事故報告も受けていた。その為、家族は「もう歩けないのだろうし、転倒の危険があるなら自宅へは連れて帰れない」と考えていたという。しかし自然治癒能力と相俟って、将来に於ける歩行実用性の獲得が現実味を帯びて来た為、動画を家族に見て頂き現状を確認して貰う事とした。私は理学療法士としてリハビリの成果としての現状の理解と、残存する歩行時の転倒の危険性について伝える心積もりでいた。施設内の移動手段は歩行であっても、それは施設という環境下で、且つ職員の見守りの下に行われている。在宅復帰は今後の目標ではあるが、家族の介助量を軽減した上で安全な在宅生活を送る為には、もう暫くのトレーニング期間を要すると判断していた。しかし家族は画像で見る想像以上の回復に驚愕し、躊躇なく在宅での介護を選択した。家族の決断から約1ヵ月、入所期間2ヵ月で退所の運びとなった。同時に通所の利用も開始となったが、やがて通所も卒業し家業である生花店の仕事に見事復帰を果たした。

【考察】
 冒頭にも述べたが、理学療法士というリハビリ専門職としての視点で利用者を見た場合、明らかに在宅生活が可能なレベルであるにも拘らず、在宅復帰が果たせないケースを屡々経験する。利用者本人の状態以上に、家庭の事情が優先される場合があるという事であろう。半面、私が身体機能面から見て「このケースはまだ在宅復帰は困難であろう」と判断した場合でも、キーパーソンとなる家族が在宅介護を決断すれば、それは叶うということも知った。
 今回のケースは、利用者が医療機関に入院していた頃の状態像を家族が払拭できず、在宅復帰に否定的な空気感があった。リハビリが順調に進捗し、現状を家族に理解して頂こうと考え、機能訓練中の動画を撮影し見て頂いた。それが糸口となり、在宅復帰の道に光明が差した。動画を見た家族から「こんなに歩けるの。ずっと車椅子かと思っていました。」という感想を頂くと共に、「自宅に帰った折には、どんな福祉用具が必要かな。」といった在宅復帰を想定したポジティブな反応も見られた。想像すらしなかった目覚ましい回復が嬉しかったのであろう。介護スタッフから排泄時のパッド交換の方法を教わり、介護不安が解消したことで在宅復帰の目途が立った。
 本ケースの最終的な目標は在宅復帰及び職業復帰であった。私はこの目標を達成する為には身体機能の向上が第一と考えていた。在宅復帰はもう暫く先の話であると認識していた。しかし家族の現状理解と不安の解消、環境設定を行なうことで、在宅復帰、職業復帰が可能となった。

【終わりに】
 理学療法はリハビリを構成する一部であって全てではない。本来の意味に於けるリハビリは全人的なものであり、その成果や成否はセラピストのアプローチよりも利用者自身の精神性や家族の覚悟によるところが大きいといっても過言ではない。職業人としての誇りを胸に秘めつつも、理学療法士という国家資格の上に胡坐をかくことなく、謙虚な姿勢で利用者と向き合いたい。
 すべては利用者様にために…。