講演情報

[14-O-L008-03]土からの贈り物利用者の「笑顔」と「外に出たい!」をかなえる屋上畑

*芦達 美和子1 (1. 京都府 介護老人保健施設ハーモニーこが、2. 介護老人保健施設ハーモニーこが、3. 介護老人保険施設ハーモニーこが)
PDFダウンロードPDFダウンロード
コロナ禍の外出制限の中でみられた利用者のストレスや心身機能低下を,屋上で野菜を育てることで軽減することが出来た.また,コミュニュケーションの苦手な利用者が,活動を通じて自然と周囲と溶け込むことが可能となった,土づくりから始めた「屋上畑」の取り組みについて報告する.
【はじめに】
 当施設は単独型老健で,ユニットケアを実施しており,リハ職もユニット担当制をとっている.以前は,夏祭り・博物館ツアー・お花見等の行事が年に何度もあり,変化に富んだ生活が出来ていた.「元気でいよう」「しっかり歩けるようにしておこう」など,目標にもなっていた.しかしコロナ禍でそれらの行事が出来なくなり,利用者は「外に出たい.」「楽しみがない.」等のストレスを抱えていた.利用者が楽しみながら心身機能を向上させるものはないか探していた.

【経緯】
 きっかけは,A氏の入所だった.A氏は統合失調症・若年性認知症の診断がある男性で,他の利用者よりも年齢が若いということもあり,周囲となじめず食堂の中で孤立していた.発話が少なく自分の想いを伝えることが苦手,いつも険しい表情をしていた.スタッフが根気よく話を聞き「じゃがいもを育ててみたい.」との言葉をやっと聞き出すことが出来た.A氏からの初めての意欲的な発言に,何とか実現させたいと思った.野菜を育てるとなると,作業工程がいくつもあり一人で行うには負担が大きい.ユニットの活動として他の利用者にも参加してもらえば,自然とA氏は他者とかかわることになる.野菜を育てることで,外出とはいかないまでも,外の空気を吸うことが出来る.他の利用者のストレスも軽減出来るかもしれない.太陽の光を浴びて汗をかいて畑仕事をすることは,空調の効いた室内にこもってばかりの生活に,何らかの良い影響があるのではないか.スタッフと協力してこの活動を始めることにした.

【方法】
○栽培場所
 当施設は住宅街にあり,庭にはすでに木々が植栽されている.プランターで作るしかないと思われたが,屋上に土の区画があることを思い出した.「緑地化計画」の助成金で整備されたもので,過去には運動会をしたこともあったと聞いている.近年は1m程の草が生い茂り,すぐに使える状態ではない.しかし,周囲に高い建物はなく日当たりは良い.「ここが使えるのではないか」と思い,畑をつくる許可をもらった.

○土づくり
 実家に畑はあったが収穫しか手伝ったことはなく,農業知識はゼロに等しかった.栽培方法を本で調べ,農業に詳しいスタッフに聞き,土づくりから取り掛かった.まずは,草刈りから始めた.庭木等を管理するスタッフが,年に一回草刈りをしていたがすでに1m程に伸び,根が張っていた.施設の硬いフロアーに慣れている利用者は,ふわふわした土の上を歩くと不安定になる.手引きをしたり,椅子を置いたりと,安全面での配慮をしながら行った.また,しゃがみ込む動作は,下肢の関節が硬くなっている利用者は保持するのが大変で,ひっくり返りそうになるため後方から支えた.時には実習生の手も借り少しずつ進め,植え付け時期に間に合わせることが出来た.

○植え付け
 20株ほど植え付けた.農業に詳しい利用者は,「こうして植えるんや.」と教えてくれた.その利用者は,ずっとTVの番をしていて,歩行練習に誘っても,「そんなことしなくていい.」と,拒否することが多かった.しかし,畑を見ると,鍬を杖代わりに自分から歩き始めた.びっくりしたが,本人の意欲を尊重して後方から見守った.その後も,「じゃがいもどうなった?」と,散歩に行く機会が増えた.

○栽培経過
 その後,追肥・土寄せ等を行った.花が咲く頃には暑くなり,作業は大変だった.「暑かった~しんどかった.でも楽しかった.」とみんなの目はきらきらとしていた.「ジャガイモってこんな花が咲くんや,知らなかった.」と初めての体験を楽しんだ利用者もいた.しゃがみ込むと後方へ倒れそうになっていた利用者も,畑仕事を何度かするうちにバランスが取れるようになっていった.

○収穫
 地上部が黄色くなり,収穫時期を迎えた.はじめの1個を見つけると,「あった!」と歓声が上がった.「こっちも,たくさんついてる!」と皆夢中になった.

○調理
 出来た芋をどうするか利用者・スタッフと相談し,「ポテトサラダ」を作ることにした.普段の食事メニューには出る機会が少ないことも分かった.切ったりつぶしたり,料理のベテラン利用者に腕を振るっていただき,昼食のおかずの一品として提供した.利用者にA氏がきっかけを作ってくれたことを話すと,「Aさんと育てたお芋おいしいね.」と声をかけられ,A氏はうんうんとうなづき,「にこっ」と笑った.

【結果】
 「1人の利用者の想い」をきっかけに,ユニットみんなが楽しめる活動となった.A氏は,畑仕事をする中で少しずつ他の利用者とかかわれるようになり,自分の想いを話すようになった.笑顔も増えていった.他の利用者にとっては,土の上を歩いたり,しゃがんだりすることで,自然とバランス能力や,下肢の関節の柔軟性が向上し,施設内での歩行も安定してきた.リハビリへの意欲が向上し,運動や歩行の機会も増えた.遠くへの外出は出来なくても,畑作業のため屋上に出て汗を流すことが小さなイベントとなり,ストレスの軽減にも役立った.普段空調の中で生活している利用者に,季節感を感じてもらうことも出来た.植物の成長過程を観察することが「いきがい」にもなっていた.

【その後】
 一昨年からこの活動を始め,今年で3年目.2年目からは,外部ボランティアの方がサツマイモを育て,利用者と収穫した.別のユニットの活動でスイカも植えた.屋上を畑にすることを提案した当初は,「そんなの無理」「やめとき」と批判的な声もあり,草取りがはかどらない時は,あきらめかけたこともあった.しかし,今は実行して良かったと思える.放置されていた屋上を有効活用することで,他部署や外部の方にも興味を持っていただき輪が広がってきた.何より,利用者様の生き生きとした笑顔を見ることが出来た.秋から春は,コスモス・ネモフィラ等を植え,利用者と水やりや散歩を楽しんでいる.