講演情報

[14-O-L008-07]重度認知症利用者のBPSD改善が転倒防止に繋がった事例高照度日光浴とウクレレ能動的歌唱活動を通じて

*星野 匡恭1 (1. 東京都 介護老人保健施設三鷹ロイヤルの丘)
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転倒事故を繰り返していた80代女性に対し、行動・心理症状(BPSD)に効果的なリハビリを行うため日本作業療法士協会ガイドラインを参照し、『高照度日光浴』と『能動的歌唱活動』を実践した。その他、アンケート等の他職種協働を実施した結果、短期間でも対象者の入眠持続時間延長と日中覚醒度が向上し、事故件数ゼロとなった。より効果を発揮させるためには治療期間を延長する必要があると考えられたので報告した。
【はじめに】
行動・心理症状(以下BPSDという)は周囲環境により大きく左右される。事故防止のため薬物療法で鎮静化を図るが、日中への作用持ち越しにより心身機能が低下し、転倒事故のリスクが上昇する。日本作業療法士協会の認知症作業療法ガイドラインでは複合的アプローチを実施することが、精神心理症状の改善に効果的だと記述している。今回、認知症利用者様へのリスクマネジメントと現場スタッフの安全性・業務効率改善を目的に『高照度日光浴』と『能動的歌唱活動』を実施したため、その可能性を検討する。
【方法】認知症専門フロア入所中の80代女性。趣味はカラオケ、主症状はアルツハイマー型認知症、脱抑制的で会話はほとんど成立しない。本研究3カ月前COVID-19に感染。完治後に夜間の転倒事故が2回発生し、第12胸椎圧迫骨折受傷。その後、BPSD(徘徊、睡眠障害など)の発生頻度が増し、事故予防のためクリップセンサーを使用。不眠治療薬デエビゴ錠を毎日頓用内服。
移動:腋窩介助歩行,HDS‐R:3/30,MMSE:3/30,BPSD+Q(介護主任に依頼):重症度30点,負担度29点,徘徊(重症度:5/5負担度:5/5) ,昼夜逆転(重症度:5/5負担度:5/5)の項目に高得点。フロアスタッフアンケート調査:改善してほしい点について(1)日中傾眠、夜間覚醒、(2)立ち上がり頻回、(3)異食・脱衣行為が挙げられた。問題点:#1.BPSDの出現 #2.服薬による副作用 #3.立位不安定性
治療:認知症作業療法ガイドラインにおいて

療養施設では睡眠習慣を確立する介入は有用である(推奨グレード B).これらの介入には毎日のウォーキング,身体活動,日中の睡眠除去,光線療法への参加が含まれ,有用性が示された.(推奨グレードB)
中等度~重度認知症の人に対する,スヌーズレンや音楽など知覚に対する働きかけを主体としたアプローチは,副交感神経系の活動を優位にして焦燥性興奮などの BPSD の軽減に有効で(推奨グレード B),特に音楽では,実際の音楽を用いて双方向性の交流が生じる様な関わりが望ましい.(推奨グレード C1)

これらを参考に以下のプログラムを行った。リハビリ期間は1ヶ月間、介入時間は20分を週3回実施。
・屋外歩行訓練:照度10,000ルクス以上の環境で5分間実施
・身体機能訓練:ROMex、筋力増強ex、起立exなど
・作業療法士のウクレレ伴奏による歌唱訓練:(1)日本唱歌「故郷」(2)流行歌「上を向いて歩こう」(3)好きな歌「川の流れのように」の3曲の選曲
その他、下記フロアスタッフへ依頼。
・1日1回以上の外気浴
・食席を窓際へ固定
・朝のカーテン開閉調整
【結果】
前期:
(1)日中覚醒レベルが僅かに向上
(2)動的安定性が向上し、クリップセンサーはOFF
(3)異食行為は消失、脱衣行為は時折みられた
中期:
(1)早朝覚醒は減少、中途覚醒は僅かに減少、そのためデエビゴ錠の服薬頻度は減少
(2)動的安定性がさらに向上
(3)脱衣行為が減少
後期:
(1)日中覚醒レベルは変化なく、入眠持続時間は延長
(2)移動は近位見守り対応へ変更、徘徊回数は前期と大きく変化なし
(3) その他のBPSD出現はほとんどなく、転倒事故なし
治療後のBPSD+Qでは重症度25,負担度21点。徘徊(重症度:5/5負担度:4/5) ,昼夜逆転(重症度:3/5負担度:3/5) ,また性的不適切行動、異食行為は大幅に減点され一定の効果が得られた。
歌唱訓練ではどの曲も饒舌に熱唱され、セクション後は昔の出来事を回想する、歌のフレーズを口ずさむ等の持続性がみられた。
【考察】
睡眠ホルモンであるメラトニンは光刺激が網膜を介し、脳へ伝達されることで分泌抑制され、夜間帯に盛んになると言われている。対象者はこれまで自然光を浴びる機会が少なかったため、日常的にメラトニン分泌量が低下していた可能性がある。今回、高照度日光浴を実施したため受光量が急増し、入眠時の基礎体温が下がり、入眠時間の延長が可能となったのではないかと考える。また前期段階から覚醒レベルと動作レベルが安定したことから、短期間でも日光浴には効力があることが示唆される。実際に睡眠障害と随伴して起こっていたと思われる転倒事故もこれまで起こっていない。
課題として挙げられるのは日中傾眠、夜間中途覚醒が残存していることである。立川は「加齢に伴い,瞳孔が小さくなることが知られている。(中略)そのため瞳孔径が少しでも小さくなると眼内に入る光量が著しく少なくなり,暗いと感じるようになる。」と述べている。またソウル大学のグループ研究によると、ベースラインの黄斑網膜神経線維層厚が四分位の最小値のカットオフ値未満であった者は、認知スコアの低下が大きく、認知障害およびアルツハイマー病の有病率が高かったと報告している。認知症高齢者への効果を期待するには、更に治療時間と期間を延長していく必要があるのではないかと考える。
歌唱活動においてはどの曲に対しても好反応が得られた。松原は「学童期から青年期に接した音楽および出来事が、認知症高齢者の記憶を呼び戻し、彼らの語りを引き出す可能性がある。」と述べている。事前情報をもとに選曲した歌は対象者が学童期-成人期-壮年期に流行したものである。今回、壮年期に流行った美空ひばりの曲も熱唱している。比較的新しい記憶であっても好きな曲に対しては手続き記憶が関与することで潜在的能力が引き出されたのではないかと推測する。そこで回想を行うことでQOL向上とBPSD改善に影響したと考える。手続き記憶を活用するリハビリ介入の有用性が確認された。
【結語】
本研究ではBPSDに効果的なリハビリを行うため『高照度日光浴』と『能動的歌唱活動』を実践し、短期間でも入眠持続時間の延長と日中の覚醒レベルが向上し、事故件数ゼロという結果が得られた。今後は、反省点を踏まえて詳細な研究を行っていきたい。その成果を他職種へ提案し、全体へ波及することでスタッフの安全と業務量改善に繋がっていけば良い。