講演情報
[14-O-L009-05]自助具活用による自立支援~3Dプリンタを用いて~
*吉村 実桜里1、星野 篤宏1、橋本 佳彦1、谷口 裕子1、川村 博司1、本間 達也1 (1. 福島県 医療法人生愛会附属介護老人保健施設生愛会ナーシングケアセンター)
疾患や筋力低下、身体変容によりADLに支障を来す高齢者が多い。当施設では2020年にADLの回復に向けて自助具を製作する目的で3Dプリンタを導入した。利用者の生活上の問題点を分析して試作・評価・修正を繰り返し、オーダーメードすることで自立支援が促進された。実際の製作方法と製作した自助具を紹介する。このうち、入浴場面で活用し「できなかった動作」が「できる動作」に変わり、QOLの向上に結びついた事例を報告する。
1. 緒言
3次元データを立体的に出力する3Dプリンタは使用法やデザイン・大きさなどの設定技術の習得が必要であるが、製作が短時間、低コスト、高い再現性、修正・変更が容易、手触り・重量感・質感などの調整による用途ごとの造形の質の選択が可能などの利点がある。当施設では2020年より3Dプリンタを用いてオーダーメードの自助具を製作し、筋力低下、関節可動域制限などの様々な要因で支障を来している動作を補助する目的で活用し、リハビリテーションの質の向上に努めている。今回、これまで製作した自助具とその活用について報告する。
2. 目的
3Dプリンタで製作したオーダーメードの自助具が動作障害を克服し、自立支援に資することを検証する。
3. 方法
a. 3Dプリンタを用いて自助具を製作する。以下の工程を繰り返す。
1)ニーズの確認:利用者や家族から聴取
2)利用者の評価:生活環境、心理状態、意欲(バイタリティーインデックス:VI)、認知機能(HDS-R、MMSE)、動作機能、身体機能(麻痺・拘縮の有無)、関節可動域、筋力、握力、ADL(バーセルインデックス:BI、当施設独自の入浴機能評価)
3)課題の抽出
4)身体機能の状態・動作手順の変更・療養環境の調整等を考慮した自助具の造形を利用者、家族、多職種チームで検討。
5) 3Dプリンタによる試作
a) モデリング:モデル作成ソフトを使用して自助具の3Dモデルを作成。
b) スライサーによる印刷設定:3Dデータを印刷用データに変換。用途に応じて温度・密度を設定し、造形の質を調整する。
c) 出力:設定温度で材料のフィラメント樹脂が吐出され、スライサーデータに従って造形が行われ、その後、研磨を行う。
6)評価・修正
b. 3Dプリンタにより製作した自助具を用いて行ったリハの質を評価する。
4. 結果
a. 製作した自助具
1) 治療用 a) 自主トレーニング器具(コロコロボール) b) 骨折治療用シーネ c) 拘縮による皮膚トラブルに対するスプリント
2) 日常生活用 a) オープナー(ペットボトル、プルタブ、パック) b) グリップ(スプーン、フォーク、箸) c) 味噌汁椀の蓋開け d) 歯磨剤絞り e) ボトルポンププッシャー
b. 3Dプリンタにより製作した自助具によるリハの質の評価
1) 1回の試作時間は3~8時間で、修正を繰り返しながら利用者のニーズ、障害の多様性に対応できた。
2) 各自助具とも利用者のADL満足度の向上と自立支援に貢献した。
5. 事例報告
上記のうち、4.-a-2)-e)の活用事例を報告する。
【事例:80歳 女性】
a. 診断:脳梗塞による片麻痺
b. 現病歴:2018年脳梗塞を発症。脳神経外科病院で5か月間の入院治療後、片麻痺に対するリハ目的で当施設に入所となった。
c. 入所時現症:要介護4、障害高齢者の日常生活自立度B-1、認知症高齢者の日常生活自立度IIIa、HDS-R、MMSEは失語症のため困難、BI 25/100点(食事以外の障害が高度)、VI 5/10点
d. 入所後の経過
入所から3年5か月後、BI 60/100点(食事・移乗・排便以外の障害あり)、VI 9/10点で入所時に比べて改善が見られたが、入浴場面での脱・着衣や洗髪、洗体等の動作全般の依存が強かったため、入浴動作リハを強化することとした。当施設独自の入浴機能評価(FIM(Functional Independence Measure:機能的自立度評価)を参考に上半身脱衣・上半身着衣・下半身脱衣・下半身着衣・浴室内移動・移乗・洗髪・洗体・浴槽の出入り・清拭の10項目を各7点満点で評価し、合計点で入浴機能を評価)は24/70点で、上半身着衣、下半身脱・着衣、浴室内移動、移乗、洗髪、洗体、浴槽の出入り、清拭で介助量が大きかった。とくに洗髪、洗体の場面で、非麻痺側の手指でシャンプーやボディソープを吐出させるボトルポンプを押す動作を何度練習しても習得できず、また力の加減が困難であった。観念失行が示唆された。そこで、ボトルポンプを押すための自助具を使用することとした。ボトルポンプの形状に合わせて、「てこの原理」を応用した造形を設計し、フィラメント素材を選定して3Dプリンタでボトルポンププッシャーを製作した。押し方と力加減の補助のため、押し出す部分の構造に試行錯誤を重ねた。2回/週の入浴時に行う自助具を用いたリハとその評価に介護職も加わった。自助具使用開始1か月後、押す力と吐出量の調整が自律的に可能になった。自信を回復し、入浴場面での依存(“できない”という機能喪失感)が軽減し、洗髪、洗体や脱・着衣の自立(“できる”という自信)にも繋がった。握力、BI、VIに著変は見られなかったが、入浴機能評価は32/70点(上半身着衣、下半身脱・着衣、移乗、洗髪で点数が増加)に改善した。
6. 考察
施設利用者の課題は多岐にわたり、自助具の用途は個々に異なる。報告事例ではリハによる心身機能への働きかけと動作練習によってADLは向上したが、当初、入浴場面での改善には繋がらなかった。そこで、動作制限や観念失行に対し、自助具の提供とリハ専門職に介護職が加わってのリハを行ったところ、失敗体験の払拭と成功体験による自信の回復が得られ、短期間で目標を達成できた。障害が固定した利用者にとって「残存機能をいかに活かすか」が重要となる。今回、3Dプリンタで製作した自助具は片麻痺により支障を来した生活場面での非麻痺側機能の補助に有効であった。3Dプリンタの導入にはその特徴と操作法に習熟する必要があるが、従来外注が必要であった自助具を短時間に、容易に、イメージ通りに、ニーズや課題に即してオーダーメードできることは大きな利点であると考えられた。
7. 結語
活動的で生きがいのある生活を目指すリハにおいて、「できなかった動作」を「できる動作」に変えるツールとして3Dプリンタは有用である。
参考文献:林園子(著),田中浩也(監修): 3Dプリンタで自助具を作ろう,株式会社三輪書店,東京,2019
3次元データを立体的に出力する3Dプリンタは使用法やデザイン・大きさなどの設定技術の習得が必要であるが、製作が短時間、低コスト、高い再現性、修正・変更が容易、手触り・重量感・質感などの調整による用途ごとの造形の質の選択が可能などの利点がある。当施設では2020年より3Dプリンタを用いてオーダーメードの自助具を製作し、筋力低下、関節可動域制限などの様々な要因で支障を来している動作を補助する目的で活用し、リハビリテーションの質の向上に努めている。今回、これまで製作した自助具とその活用について報告する。
2. 目的
3Dプリンタで製作したオーダーメードの自助具が動作障害を克服し、自立支援に資することを検証する。
3. 方法
a. 3Dプリンタを用いて自助具を製作する。以下の工程を繰り返す。
1)ニーズの確認:利用者や家族から聴取
2)利用者の評価:生活環境、心理状態、意欲(バイタリティーインデックス:VI)、認知機能(HDS-R、MMSE)、動作機能、身体機能(麻痺・拘縮の有無)、関節可動域、筋力、握力、ADL(バーセルインデックス:BI、当施設独自の入浴機能評価)
3)課題の抽出
4)身体機能の状態・動作手順の変更・療養環境の調整等を考慮した自助具の造形を利用者、家族、多職種チームで検討。
5) 3Dプリンタによる試作
a) モデリング:モデル作成ソフトを使用して自助具の3Dモデルを作成。
b) スライサーによる印刷設定:3Dデータを印刷用データに変換。用途に応じて温度・密度を設定し、造形の質を調整する。
c) 出力:設定温度で材料のフィラメント樹脂が吐出され、スライサーデータに従って造形が行われ、その後、研磨を行う。
6)評価・修正
b. 3Dプリンタにより製作した自助具を用いて行ったリハの質を評価する。
4. 結果
a. 製作した自助具
1) 治療用 a) 自主トレーニング器具(コロコロボール) b) 骨折治療用シーネ c) 拘縮による皮膚トラブルに対するスプリント
2) 日常生活用 a) オープナー(ペットボトル、プルタブ、パック) b) グリップ(スプーン、フォーク、箸) c) 味噌汁椀の蓋開け d) 歯磨剤絞り e) ボトルポンププッシャー
b. 3Dプリンタにより製作した自助具によるリハの質の評価
1) 1回の試作時間は3~8時間で、修正を繰り返しながら利用者のニーズ、障害の多様性に対応できた。
2) 各自助具とも利用者のADL満足度の向上と自立支援に貢献した。
5. 事例報告
上記のうち、4.-a-2)-e)の活用事例を報告する。
【事例:80歳 女性】
a. 診断:脳梗塞による片麻痺
b. 現病歴:2018年脳梗塞を発症。脳神経外科病院で5か月間の入院治療後、片麻痺に対するリハ目的で当施設に入所となった。
c. 入所時現症:要介護4、障害高齢者の日常生活自立度B-1、認知症高齢者の日常生活自立度IIIa、HDS-R、MMSEは失語症のため困難、BI 25/100点(食事以外の障害が高度)、VI 5/10点
d. 入所後の経過
入所から3年5か月後、BI 60/100点(食事・移乗・排便以外の障害あり)、VI 9/10点で入所時に比べて改善が見られたが、入浴場面での脱・着衣や洗髪、洗体等の動作全般の依存が強かったため、入浴動作リハを強化することとした。当施設独自の入浴機能評価(FIM(Functional Independence Measure:機能的自立度評価)を参考に上半身脱衣・上半身着衣・下半身脱衣・下半身着衣・浴室内移動・移乗・洗髪・洗体・浴槽の出入り・清拭の10項目を各7点満点で評価し、合計点で入浴機能を評価)は24/70点で、上半身着衣、下半身脱・着衣、浴室内移動、移乗、洗髪、洗体、浴槽の出入り、清拭で介助量が大きかった。とくに洗髪、洗体の場面で、非麻痺側の手指でシャンプーやボディソープを吐出させるボトルポンプを押す動作を何度練習しても習得できず、また力の加減が困難であった。観念失行が示唆された。そこで、ボトルポンプを押すための自助具を使用することとした。ボトルポンプの形状に合わせて、「てこの原理」を応用した造形を設計し、フィラメント素材を選定して3Dプリンタでボトルポンププッシャーを製作した。押し方と力加減の補助のため、押し出す部分の構造に試行錯誤を重ねた。2回/週の入浴時に行う自助具を用いたリハとその評価に介護職も加わった。自助具使用開始1か月後、押す力と吐出量の調整が自律的に可能になった。自信を回復し、入浴場面での依存(“できない”という機能喪失感)が軽減し、洗髪、洗体や脱・着衣の自立(“できる”という自信)にも繋がった。握力、BI、VIに著変は見られなかったが、入浴機能評価は32/70点(上半身着衣、下半身脱・着衣、移乗、洗髪で点数が増加)に改善した。
6. 考察
施設利用者の課題は多岐にわたり、自助具の用途は個々に異なる。報告事例ではリハによる心身機能への働きかけと動作練習によってADLは向上したが、当初、入浴場面での改善には繋がらなかった。そこで、動作制限や観念失行に対し、自助具の提供とリハ専門職に介護職が加わってのリハを行ったところ、失敗体験の払拭と成功体験による自信の回復が得られ、短期間で目標を達成できた。障害が固定した利用者にとって「残存機能をいかに活かすか」が重要となる。今回、3Dプリンタで製作した自助具は片麻痺により支障を来した生活場面での非麻痺側機能の補助に有効であった。3Dプリンタの導入にはその特徴と操作法に習熟する必要があるが、従来外注が必要であった自助具を短時間に、容易に、イメージ通りに、ニーズや課題に即してオーダーメードできることは大きな利点であると考えられた。
7. 結語
活動的で生きがいのある生活を目指すリハにおいて、「できなかった動作」を「できる動作」に変えるツールとして3Dプリンタは有用である。
参考文献:林園子(著),田中浩也(監修): 3Dプリンタで自助具を作ろう,株式会社三輪書店,東京,2019