講演情報

[14-O-L009-06]無気力な状態からの在宅復帰リハビリへの動機づけを行えた一症例

*中村 浩志1 (1. 長崎県 介護老人保健施設 にしきの里)
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介護負担の増大に伴い在宅復帰の継続が困難となった方へリハビリを実施、在宅復帰を果たせた。リハビリの経過においては、本人の「家に帰りたい」という思いに寄り添い、身体機能の段階的な向上を図りつつ、その様子を家族に報告する。その結果、身体機能が大幅に改善、最初は在宅復帰に懐疑的だった家族の心情も大きく変化した。家族の想定以上の身体機能の向上を果たせたことが心情の変化に繋がったと考えられた。
【はじめに】
 介護老人保健施設は果たす役割の一つとして在宅復帰があり、ご家族や地域の人々・機関と協力し安心して在宅生活が続けられるよう支援することである。今回は介護負担の増大に伴い自宅での生活を継続することが困難となった方へのリハビリを実施。無気力な状態からリハビリへの動機づけと段階的なステップアップを試みたところ、時には反発されるも継続的な介入を行うことができ、在宅復帰を果たせたのでここに報告する。
【事例紹介】
 A氏:男性、身長:163cm、体重:85.2kg、BMI:32.1、70代、要介護3、中枢神経原発悪性リンパ腫治療後(2018年4月発症)、悪性リンパ腫からの左不全麻痺、高血圧、認知機能低下。
【入所に至る経緯】
 妻と2人暮らし。自宅ではほとんど動かずにソファーへ腰かけテレビを見るだけで運動しない生活を送る。3ヶ月程前までは歩けていたが転倒を機に動けなくなる。また、自宅前に90段以上の階段があり、外出も困難な状況。訪問リハの利用も予定していたが本人の拒否強く、介入は出来ず。同居の妻も病気を抱えており、介護が徐々に困難となる。介護負担軽減とリハビリ目的で当施設への入所を希望する。
【初期評価】
 ADL:寝返り:自立、起き上がり:一部介助、端座位保持:見守り、立ち上がり:手摺り把持にて可能、立位保持:手摺り把持にて20~30秒、移乗:2~3人対応。バーセルインデックス(以降:BI):10点(食事:10点)。HDS-R:15点(3月時点)。意欲:無気力な状態。疎通:発語ほとんどなく、無表情。
【本人の希望】:家に帰りたい
【家族の希望】:伝い歩きでよいのでトイレまでは歩けるようになってほしい。
【入所時目標】:トイレまで5m程は介助歩行ができトイレにて排泄できる。
【研究期間】:令和6年2月27日~令和6年6月20日
【倫理的配慮】:個人が特定できないように配慮した。
【入所時の様子】
 入所当初はほとんどベッド上で過ごす。活気なく、指示は通るが動作は非常に緩慢である。発語もほとんどなく、とてもゆっくり話す。床上動作や立ち上がりは行えるが、移乗は足運びが出来ずに2~3人対応でないと行えない。移乗が最も課題有。排尿も少なく、1日に1~2回しかないときもあってバルーンを使用することがある。
【経過】
・当初
 声掛けで促されたことは黙々と応じるも自発的には動かない。リハビリの声掛けに拒否はなく、まずは離床を促しながら立ち上がりや移乗を安全に行えることを目標とする。立ち上がりは手摺り把持にて可能、保持も20~30秒程出来る。移乗は手順を説明するもなかなか指示が通らない。細かい足運びが出来ず、恐怖心から手摺りを離さないので2人で対応する。恐怖心の軽減と足運びの改善を行う方法を検討、前方への足運びは出来るので翌週から介助歩行訓練を開始する。
・2週目
 最初は3m程進むにも休憩しながら10分程かかる。介助量も多かったが徐々に改善した。また、尿意を訴えるようになってバルーンを使わなくなる。
・4週目
 手摺り+介助歩行にて20~30mを往復して行えるようになる。精神面も活性化して徐々に会話が増えた。リハビリは順調に行えていたが、この頃から「リハビリはせん」と言い始め、攻撃的な言動増える。Thに対しては特に当たりが強い。また、病歴にはないが注意機能の低下も伺え、集中して取り組む事が困難となる。なんとか継続して介入は行えていたが「もう家に帰る、やめる」と訴えがあり、「乗り移りが安定して行えるようになったら」・「トイレまで歩けるようになったら」と声掛けすると少しやる気を出す。移乗や歩行が上手く出来るようになってくると「出来たね」とリハビリの効果を感じ始め、終了時間になると「もう終わりね」と言うことが増えた。
・6週目
 起居動作や立ち上がり・立位保持は自立、移乗は1人対応でも軽介助で行えてトイレまで介助歩行できる。8週目に入ると階段昇降も続けて10段は可能となる程に身体機能が改善した。
 これらの経過は妻氏の面会時に実際の様子や動画等で見せたところ、最初は懐疑的だった在宅復帰を前向きに捉える。しかし、注意が散漫で体調によってパフォーマンスに差が生じるときがあり、主介助者である妻氏の負担が懸念される。最終的に家族の意向で自宅での排泄はオムツで行うこととなり、移乗が軽介助で行える現状であれば在宅復帰可能との判断からR6.6.21に在宅復帰を果たした。
【介入後に改善がみられた項目】
 体重:82.6kg、BMI:31.1、ADL:起き上がり・端座位保持:自立、立位保持:手摺り把持にて5分以上、移乗:1人対応、BI:40点(食事:10点、イスとベッド間の移乗:5点、トイレ動作:5点、階段昇降:5点、更衣:5点、排便コントロール:5点、排尿コントロール:5点)。意欲:向上する。疎通:会話が増えて笑顔も多い。
【退所前目標】:移乗や立ち上がりが1人介助でも行える。
【考察・まとめ】
 身体機能に関しては大幅な改善がみられ、入所時の目標であるトイレまでの移動やトイレでの排泄も可能となった。もともと運動する習慣がなく途中から拒否的な言動が増えるも継続して介入できたのは、運動の必要性を感じていなかったA氏に対して、1)家に帰るためには必要なこととリハビリへの動機づけを行えた、2)リハビリの効果を実感させて意欲を引き出せた、この2つの要因が大きかったと考える。リハビリの成果を出せたことでA氏との関係性を少しずつ築くこともできた。また、家族の面会時にはリハビリの経過を細目に確認してもらったことで、否定的だった在宅復帰に対する気持ちの変化をもたらせた。リハビリをきっかけに生活場面においても活性化したが、在宅に戻ってからこれまでと同様の生活ではまた機能低下するので在宅サービスの利用を薦めた。