講演情報

[14-O-L009-07]頚髄損傷後寝たきりから独居生活が可能となった一症例

*齊木 純一1、冨依 裕一1、臼井 美賀代1 (1. 兵庫県 介護老人保健施設ハイムゾンネ宝寿苑)
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1歳から脳性麻痺の64歳N氏が、頚髄損傷を受傷した。病院で1か月半入院加療後、当苑に転所されリハビリを行った。ADL全介助レベルであったが、回復の程度に合わせて運動の量と質を上げ、看護師や介護士と連携をはかる事で、日常生活でできる事を少しずつ増やしていった。入所8ヶ月半以降、身体機能やADLに大幅な改善が見られ、入所14ヶ月半後に独居での在宅生活が可能となった事例を経験したのでここに報告する。
【はじめに】
1歳から脳性麻痺の64歳のN氏が、自宅の階段で転落され、頚髄損傷を受傷した。病院で1か月半入院加療後、当苑に転所された。ADL全介助レベルのN氏が、入所から14ヶ月半後に独居での在宅生活が可能となった事例を経験したのでここに報告する。
【症例紹介】
N氏 64歳男性、要介護5、身長162cm、体重45kg、両親が他界してから一軒家で独居。同市内に弟、隣接市に妹が暮らしている。1歳から脳性麻痺による不全麻痺を抱えながらも生活は自立していたが、自宅の階段から転落。MRI上明らかな脊髄損傷の所見は無かったが、上下肢の筋力低下や痺れなどの症状から脊髄損傷の診断を受ける。急性期病院で1か月半入院加療し、リハビリで若干身体機能の回復はみられた。見通しは厳しく、独居生活は困難で当苑に転所された。ADLは全介助レベルで寝たきりの状態、苑内はベッド移動。麻痺は上肢に強くみられ、左手指にわずかに随意収縮が見られる程度。下肢は前方介助(中~重度介助)で数秒立位保持が可能、体幹は端座位で体を支える事が困難であった。発語が不明瞭だがコミュニケーションは可能。認知機能の低下はなし(HDS-R=26点/30点)咀嚼力が不十分で食事は主食軟飯、副食はキザミ食、水分はとろみ中で提供。
【経過】
入所時より帰宅願望が強かったが、先は見通せない状態であった。リハビリでは、モチベーションを保つこと、身体機能を維持すること、安楽に過ごせる環境設定の3点を目的とした。入所後は一日ベッド上での生活で、しばらくは「死にたい」と何度も言われていた。少しでも生活に変化があればと思い、ティルト式車椅子への移乗を試みた。最初は側方への不安定性や腰痛の訴えがあったが、入所後1ヶ月でティルト式車椅子での食事摂取を開始する事が出来た(食事動作は全介助)。N氏の表情が明るくなり「次は普通の車椅子に座りたい」といった前向きな発言がみられた。以降、普通型車椅子での座位安定と移乗動作の介助量軽減を目標とし、PT・OTは座位練習や立位練習、STは口腔体操や摂食嚥下訓練を継続した。この頃より入所後6か月まで、体動時に右股関節痛が出現し、リハビリで十分に身体を動かせない状態が続いた。また、家人より本人に、回復は厳しく独居生活は困難との主治医の意見があったことが伝えられた。それを聞いて、もっと頑張らないといけないとN氏は奮起したという。入所後8か月半頃、ADLに大きな変化があった。体幹の安定性や上肢機能の改善が見られ、普通型車椅子に30分以上座れるようになり、普通型車椅子での食事を開始した。食事の自己摂取は最初2割程度だったが、あずき運びや書字など手指~上肢を動かす練習を行い、開始から1か月後、全量自己摂取が可能になった。下肢・体幹筋力の向上により移乗動作がスライディングボードから前方介助で行えるようになり、オムツ交換時の寝返も可能となった。また水分のとろみを中から弱に変更した。入所10ヵ月半で苑内での車椅子自操が可能となった。車椅子に座り1人で過ごす時間が増えた事で、居室内を1人で移乗や立位練習をするといった危険行為が見られた。N氏は「1年近く経つのにまだ家に帰れない」と焦りの気持ちが強くあった。居室での危険行為に対しては、看護師・介護士と連携して転倒リスク対策を考え実施した。入所後13か月目、歩行器歩行が見守りで150m可なほど下肢持久力がアップし、移乗動作が介助から見守りとなった。排泄動作についても、ズボンの上げ下ろしや拭き取り動作も含め見守りレベルとなった。しかし、N氏の自宅退所に対する家人の協力を得る事は難しかった。そこで、現状でどこまでの生活が可能か把握する為、一時的にサービス付き高齢者向け住宅への退所を提案した。入所から14か月後、実際にサービス付き高齢者向け住宅で2週間生活した。着替えに少し介助が必要な程度で、後は問題なく生活が可能であった。この後、家族と話し合いの結果、自宅の1階で生活する事や介護サービスを利用する事等を条件に、自宅退所への理解を得ることが出来た。自宅訪問を行い独居生活に必要な住宅改修や必要な介護サービスについて、N氏や家族、各サービス担当者で話し合いを行った。入所からおよそ14ヵ月半、受傷後約16ヵ月で独居での自宅退所となった。
【考察】
・老健施設は、回復期リハビリ病院と違って期間にとらわれず、必要な時期にリハビリを提供できる。そのことが、今回の症例が、在宅復帰できた一番の要因と考える。
・ADL全介助の脊髄損傷の利用者が、1年以上の間モチベーションを維持しリハビリを継続できた。1歳から脳性麻痺というハンデを持ちながら生活してきたことによってできた負けん気と64歳という若さからくる生活への強い欲望(家に帰って自由に過ごしたい、ワインが飲みたい、ラーメンが食べたい等)が源となり、身体の回復に至ったと思われる。
・独居生活に戻る前に、サービス付き高齢者住宅で生活したことは、N氏の自信と家族の安心に繋がり、非常に有効であったと思われる。
【まとめ】
・頚髄損傷後ADL全介助で寝たきりの利用者が、入所後8か月半頃より、体力面や上下肢筋力の改善が認められた。その後も身体機能の改善が続き、入所後14か月半で独居での在宅生活が可能となった。
・PT・OT・STによる個別リハビリでは回復程度にあわせて運動量を増やし、生活に必要な動作を取り入れた。また、看護師や介護士と連携をはかり、移動手段や介助量の調整、起きて過ごす時間の調整など、身体機能を改善する取り組みを行った。
・自宅に帰る前に、サービス付き高齢者住宅で2週間生活したことは、在宅復帰の問題点を抽出し、必要な住宅改修や介護サービスを提供できた。
【おわりに】
利用者の意欲を継続する事、心身の状態に合わせたリハビリを提供する事がいかに大切であるかを再認識した。これからも入所者に対し、在宅復帰に効果のあるリハビリを提供していきたいと思う。