講演情報
[14-O-J001-06]胃瘻造設者の経口摂取~ティータイムをみんなと共に~
*浦山 絵理1 (1. 愛知県 介護老人保健施設おとわの杜)
胃瘻造設者による誤飲というインシデントが起き、再発防止に視点を置いていたが、家族の言葉から経口摂取にむけての取り組みを行ったことについて報告する。多職種で嚥下訓練を開始し、他者と一緒に水分摂取ができるようになった。言語障害があっても飲みたいという思いを汲み取ってケアにつなげ、多職種との連携体制を基盤に本人・家族・職員が満足できる施設ケアを目指していくことができるということを学んだ。
【はじめに】
おとわの杜は、愛知県豊川市にある機能強化型在宅支援診療所を中心に医療・介護・福祉サービスを提供する医療法人信愛会に属している。
研究の動機として、胃瘻造設者が食堂のテーブルに置いてあった他者のお茶を飲んでしまったことから始まった。施設の対応として、再度飲まないようお茶の配膳位置や本人の行動に注意をしていたが、家族への説明時に「本人が飲みたいならリハビリをして少しでも飲めるようになってほしい」という返答があった。飲んでしまった当初は、命を守る為再発防止策に注意を向けていたが、そもそも水分を飲んではいけない人だったのか、なぜ飲んでしまったのかと、インシデントを契機に視点を変えるきっかけとなった。胃瘻造設=経口摂取困難という考え方ではなく、本人の思いに寄り添い、他者と一緒に水分摂取ができるようなケアを検討したため報告する。
【事例紹介】
85歳 男性 要介護4
主病名及び既往:脳梗塞、高血圧、2型糖尿病、右大腿骨頚部骨折、前立腺癌、逆流性食道炎、慢性膵炎疑い
【入所からの経過】
R3.4自宅で倒れ、脳梗塞の診断で入院・加療後、右半身麻痺・言語障害残存、全失語(おはようやわんわんの単語のみ話せる)、口部顔面失行あり、嚥下訓練が難しく食事摂取困難なためR3.7胃瘻造設。ADL低下しR3.11おとわの杜へ入所。R4.12 活気無く、血糖600mg/dl以上のため高血糖・高浸透圧症候群にて入院。治療後R5.1再入所。
現在、胃瘻から朝ハイネゼリー600Kcal+白湯150ml、昼白湯250ml、夕ハイネゼリー600Kcal+白湯150ml投与中。(ハリスベネディクトにて必要エネルギー量1263kcal)
【取り組み内容と結果】
STにて摂食嚥下評価施行。高次脳機能障害により全般性注意障害があり、飲水中に注意がそれることあり。また右中枢性顔面神経麻痺のため、ため込みや右口角よりこぼれあり。やや嚥下反射遅延との評価であった。また採血にて脱水(BUN/Cr>20、Na低値)の所見があり、2型糖尿病も相まって口渇が強く、誤飲に繋がったのではないかと考える。多職種で検討の上、胃瘻からの水分を増量するなどの処置と並行し、食べる楽しみを取り戻すとともに、経口摂取への可能性を模索する方向とした。血糖上昇のリスクがあるものは避け、水やお茶、元々コーヒーを好んでいたとの情報もあり、ブラックコーヒーで直接嚥下訓練を実施する方向となる。家族へ説明をし「本人も意欲があるならいいですね。うれしいです。」と返答があった。
STからNsが指導を受け訓練開始。経管栄養は継続のため、経管栄養後30分以内は飲水を禁止し、トロミはサラダ油状、近位見守り下で開始した。また言語障害による意思疎通のしづらさがあるため、コミュニケーションノートを用いて本人に指を指してもらい意思を確認後に実施。訓練の様子をチェックリストに記載。1回量が多いとムセたり、右口角から流れ出ることあり。適宜声かけを行い徐々にムセる頻度は減少した。嚥下状態も安定してきたためCWへ移行。今までは他者から離れた場所で訓練を行ってきたが、普段食堂に自走して過ごされることが多いため、他者の集まる食堂で行った。時間も他者の水分摂取と同じくらいとし、皆で一緒に飲めるようにした。大きな変化はみられなかったが、離れた場所で摂取した際と変わらず摂取することができていた。
今後、食事へ進めていくことが可能かどうか判断するためにも、施設医より嚥下造影検査の指示があり、嚥下造影を目的に短期入院をし、嚥下障害グレード中等症と評価された。認知機能・口腔機能低下により、現状のコップ飲みが安全とは言い難いとのこと。休憩をはさみながら一口ずつ摂取する方法を推奨された。
多職種で検討の上、コーヒーは誤嚥した際のリスクが高まるためお茶へ変更。一口あたりの摂取量を減らすため、最初はスプーンを使用して介助で摂取したのち、自己でコップを持ち少量ずつ摂取してもらうこととした。変更した当初は拒否が見られたがすぐに慣れ、半分ほど介助したあと、机にコップを置くと自ら持ち摂取。一度に多量に口腔内に入りそうな時は制止しながら対応した。家族へ様子を伝えたところ、少しでも飲むことが出来るならよかったですとの感謝の返答があった。
【考察・まとめ】
誤飲というインシデントにより、再発防止に視点を置いていたが、家族の思いを知ったことで視点を変え、本人の思いに寄り添ったケアができ“ティータイムをみんなと共に”を達成できた。「今からお茶を飲みますか?」と尋ねると笑顔で頷かれる姿があり、たとえコップ一杯だったとしても喜びや毎日の楽しみになっていたと考える。思いをうまく伝えられなくても、飲みたいという思いを汲み取り、ケアにつなげることができたと考える。
胃瘻の普及により、経管栄養が広く行われるようになった一方で、食べる楽しみが失われ、少しでも口から食べたいと願う人がいるのも事実である。経口摂取の可能性に気づき、あきらめずに訓練を行うことで、もう一度食べる楽しみを取り戻し、QOLの向上へとつなげていくことができる。また、今回の研究はACPの考え方に重なるものがあり、多職種との連携体制を基盤に、日ごろのケアを通して利用者にとって大切なことの言語化を支援し、家族を含めた話し合いを行うことで、最善の医療やケアの提供につながるようにする役割が私たちにあるのだと感じた。
今回の研究を通し、本人・家族・職員が満足できる施設ケアを目指していくことができるということを学び、今後も質の高いケアを提供できるよう研鑽していきたいと考える。
おとわの杜は、愛知県豊川市にある機能強化型在宅支援診療所を中心に医療・介護・福祉サービスを提供する医療法人信愛会に属している。
研究の動機として、胃瘻造設者が食堂のテーブルに置いてあった他者のお茶を飲んでしまったことから始まった。施設の対応として、再度飲まないようお茶の配膳位置や本人の行動に注意をしていたが、家族への説明時に「本人が飲みたいならリハビリをして少しでも飲めるようになってほしい」という返答があった。飲んでしまった当初は、命を守る為再発防止策に注意を向けていたが、そもそも水分を飲んではいけない人だったのか、なぜ飲んでしまったのかと、インシデントを契機に視点を変えるきっかけとなった。胃瘻造設=経口摂取困難という考え方ではなく、本人の思いに寄り添い、他者と一緒に水分摂取ができるようなケアを検討したため報告する。
【事例紹介】
85歳 男性 要介護4
主病名及び既往:脳梗塞、高血圧、2型糖尿病、右大腿骨頚部骨折、前立腺癌、逆流性食道炎、慢性膵炎疑い
【入所からの経過】
R3.4自宅で倒れ、脳梗塞の診断で入院・加療後、右半身麻痺・言語障害残存、全失語(おはようやわんわんの単語のみ話せる)、口部顔面失行あり、嚥下訓練が難しく食事摂取困難なためR3.7胃瘻造設。ADL低下しR3.11おとわの杜へ入所。R4.12 活気無く、血糖600mg/dl以上のため高血糖・高浸透圧症候群にて入院。治療後R5.1再入所。
現在、胃瘻から朝ハイネゼリー600Kcal+白湯150ml、昼白湯250ml、夕ハイネゼリー600Kcal+白湯150ml投与中。(ハリスベネディクトにて必要エネルギー量1263kcal)
【取り組み内容と結果】
STにて摂食嚥下評価施行。高次脳機能障害により全般性注意障害があり、飲水中に注意がそれることあり。また右中枢性顔面神経麻痺のため、ため込みや右口角よりこぼれあり。やや嚥下反射遅延との評価であった。また採血にて脱水(BUN/Cr>20、Na低値)の所見があり、2型糖尿病も相まって口渇が強く、誤飲に繋がったのではないかと考える。多職種で検討の上、胃瘻からの水分を増量するなどの処置と並行し、食べる楽しみを取り戻すとともに、経口摂取への可能性を模索する方向とした。血糖上昇のリスクがあるものは避け、水やお茶、元々コーヒーを好んでいたとの情報もあり、ブラックコーヒーで直接嚥下訓練を実施する方向となる。家族へ説明をし「本人も意欲があるならいいですね。うれしいです。」と返答があった。
STからNsが指導を受け訓練開始。経管栄養は継続のため、経管栄養後30分以内は飲水を禁止し、トロミはサラダ油状、近位見守り下で開始した。また言語障害による意思疎通のしづらさがあるため、コミュニケーションノートを用いて本人に指を指してもらい意思を確認後に実施。訓練の様子をチェックリストに記載。1回量が多いとムセたり、右口角から流れ出ることあり。適宜声かけを行い徐々にムセる頻度は減少した。嚥下状態も安定してきたためCWへ移行。今までは他者から離れた場所で訓練を行ってきたが、普段食堂に自走して過ごされることが多いため、他者の集まる食堂で行った。時間も他者の水分摂取と同じくらいとし、皆で一緒に飲めるようにした。大きな変化はみられなかったが、離れた場所で摂取した際と変わらず摂取することができていた。
今後、食事へ進めていくことが可能かどうか判断するためにも、施設医より嚥下造影検査の指示があり、嚥下造影を目的に短期入院をし、嚥下障害グレード中等症と評価された。認知機能・口腔機能低下により、現状のコップ飲みが安全とは言い難いとのこと。休憩をはさみながら一口ずつ摂取する方法を推奨された。
多職種で検討の上、コーヒーは誤嚥した際のリスクが高まるためお茶へ変更。一口あたりの摂取量を減らすため、最初はスプーンを使用して介助で摂取したのち、自己でコップを持ち少量ずつ摂取してもらうこととした。変更した当初は拒否が見られたがすぐに慣れ、半分ほど介助したあと、机にコップを置くと自ら持ち摂取。一度に多量に口腔内に入りそうな時は制止しながら対応した。家族へ様子を伝えたところ、少しでも飲むことが出来るならよかったですとの感謝の返答があった。
【考察・まとめ】
誤飲というインシデントにより、再発防止に視点を置いていたが、家族の思いを知ったことで視点を変え、本人の思いに寄り添ったケアができ“ティータイムをみんなと共に”を達成できた。「今からお茶を飲みますか?」と尋ねると笑顔で頷かれる姿があり、たとえコップ一杯だったとしても喜びや毎日の楽しみになっていたと考える。思いをうまく伝えられなくても、飲みたいという思いを汲み取り、ケアにつなげることができたと考える。
胃瘻の普及により、経管栄養が広く行われるようになった一方で、食べる楽しみが失われ、少しでも口から食べたいと願う人がいるのも事実である。経口摂取の可能性に気づき、あきらめずに訓練を行うことで、もう一度食べる楽しみを取り戻し、QOLの向上へとつなげていくことができる。また、今回の研究はACPの考え方に重なるものがあり、多職種との連携体制を基盤に、日ごろのケアを通して利用者にとって大切なことの言語化を支援し、家族を含めた話し合いを行うことで、最善の医療やケアの提供につながるようにする役割が私たちにあるのだと感じた。
今回の研究を通し、本人・家族・職員が満足できる施設ケアを目指していくことができるということを学び、今後も質の高いケアを提供できるよう研鑽していきたいと考える。