講演情報

[14-O-M001-02]不安定型の1型糖尿病に老健は対応できるか?持続血糖測定の老健での使用経験とそれに伴う課題整理

*吉田 途男1、鵜狩  美智子1、山本  深雪1、南茂 美奈子 1、林 みさ子 1、若槻 奈美 1 (1. 大阪府 医療法人一祐会介護老人保健施設ハーモニィー)
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認知症を伴う不安定型1型糖尿病患者の入所者を経験し、その方の在宅復帰への課題と老健での1型糖尿病の血糖コントロール基準の検討する目的で、血糖持続測定データに基づきインスリン調整を行った。インスリンの調整でリハビリが有効なコントロール達成は可能であるが低血糖リスクは増加した。在宅復帰の検討には老健側からの積極的な情報発信と連携提案が必要であった。糖尿病ガイドラインの目標値は大幅に緩める必要があった。
「背景」
糖尿病治療法の進歩で1型糖尿病患者の予後が改善した。そのため、1型糖尿病患者の老健利用者も今後増加する。今回、比較的高齢で発症し、持続血糖測定をしている不安定型1型糖尿病の入所者を経験したので報告する。独居で認知症併発している1型糖尿病患者の1)在宅復帰をどうするかという課題と老健として2)1型糖尿病のコントロール基準はどう考えるのが最善かの考え方を整理した。
「症例」
50歳頃に1型糖尿病を発症した80歳台の独居で認知症合併の方である。低血糖や高血糖での救急搬送がこの1年間に繰り返されるので、主治医は糖尿病の在宅療養は無理ということで当施設に紹介してきた。ただ本人は「動ける間は自宅で生活したい」と切望していた。施設での初診時:全身の筋力低下。ふらつきがあるが、杖でゆっくりと歩行可能。ミニコグは短期想起1/3と低下も、時計テストは遂行可能。PCI等の複数の合併症のある1型糖尿病患者で、ADLはおおむね自立しているが薬剤管理のIADLが低下している事案である。表1。
「在宅復帰に関して、障害と残存能力と社会的環境」
障害点:独居。家族からの支援は限定的。認知症併発で新規のツール導入(スマホ連動リブレ2等)は困難。冠動脈のPCI歴で低血糖による心筋梗塞誘発リスクが大きい。要介護2で介護保険資源は少ない。
残存能力:インスリン自己注射可能。自己血糖測定可能。特に持続血糖測定(リブレ)の機械操作には習熟。もう一度地域で生活したいという希望と意欲がある。通常の電話は操作可能。
支援環境:このような頻回の入院を繰り返す事案は施設療養が妥当と病院勤務の糖尿病専門医は通常考えるので、在宅での医療環境の再構築とリスクテイクを関係者に受け入れてもらうことが必要。
「コントロールを目標」
高齢者糖尿病ガイドラインのカテゴリー分類からは本症例の血糖コントロール目標はA1cで8%未満ということになる。当施設入所時のA1cは12.5%でこの状態ではタンパクの異化が激しく、筋力増強が期待できず、リハビリの効果は期待できないので持続血糖データを参照にしながら老健でのベストコントロールを探すべくインスリンの増減と食事の調整を行った。
「持続血糖測定のデータ」
空腹血糖値が180mgを切ると、夜間に血糖70mg以下が増えることがわかった。このことからガイドラインのカテゴリー2あるいは3の目標達成は低血糖のリスクなしには困難と判断し、低血糖を避けかつリハビリ遂行ができるのは最善でA1c10%程度であろうと推測した。また、食事量の200キロカロリーの追加で、翌日の空腹血糖300mgを超えることも経験された。このことから在宅復帰して比較的自由に食事をとるようになると容易に高血糖が起きるし、低血糖も容易に起こりえることもわかった。
「地域医療との連携」
利用者本人は自宅での在宅生活を強く望んでいるため、この症例を支える地域医療体制の再構築が必要であった。糖尿病専門医は独居の認知症の1型糖尿病患者ならば、施設療養と考えるし、家族も安全を選ぶなら結局施設療養を選ぶ。結局、本人の価値観を大事にする方が軽んじられる。自宅へ帰りたいという利用者の「思い」をかなえるには、在宅で見てくれる主治医、日々それを支える訪問看護、連携をするケヤマネ、本人の思いとリスクのバランスを理解した家族の協力が必要であった。
「考察」
1)地域医療介護連携を老健側から発信する必要性:
2024年4月から老健は協力病院との協力体制には介護保険上の加算がある。この連携が実のあるものになるには、前向きな議論ができる、日々の顔が見える関係性が必要である。ほとんどの糖尿病専門医にとっては認知症がある1型糖尿病でインスリン自己注射治療が不確実になった独居症例は施設で見るべきという思いがある。そのため単なる情報提供では「施設療養しかないです」という返事が返ってくる。そこで、老健側から、入所者の価値観の重要性とさらに毎日の持続型を週1回型インスリン(アウイクリ)に変更し、その投与を訪問看護が担保する形ではどうか等の新たな提案をすると在宅復帰可能であろうと考えを変えてくれた。このような議論ができる関係性は、簡単に構築できるものでなく、病院の医局会に毎週出席することを半年以上続ける努力が必要であった。訪問看護ステーションも顔が見える関係性を作っておくことも有用である。これらの連携をあらかじめ作っておいてケヤマネに提示するという手順が必要と考えた。
2)持続血糖測定の利点と不都合とその対策:
持続血糖測定の利点:(インスリン調整が容易。低血糖へ対応が早い。夜間の血糖値チェックの負担が減る。心血管系の事故を減らせる可能性。)
持続血糖測定の不具合:(センサーが高額。医療保険の併用が必要。センサーとの連動が手動。リブレ2導入困難。実測値とリブレとの値のずれ。間欠的なインスリン注入による血糖コントロールの限界。インスリンポンプ療法の新規導入は困難。)
3)老健での1型糖尿病のコントロールは糖尿病ガイドラインのゴール設定から大幅な緩和が必要である
ガイドラインにあるように施設入所者の高齢糖尿病患者の治療における明確な指針はなく施設の裁量に任されており、リスクの重みと予後とリハビリの効果を考えて適宜に事案ごとのバランスをとることになる。
「結語」
1)認知症のある不安定型、1型糖尿病の利用者の在宅復帰を考えるには地域介護連携と入所者の価値観を重視したリスクテイクが必要である。
2)持続型血糖測定を使うと高齢の認知症のある不安定型1型糖尿病患者は比較的安全に老健で生活をおくれる。リハビリが有効になるように最適のコントロールを探ることも可能である。しかし、施設入所者に関しては糖尿病ガイドラインに記載している血糖コントロール目標は大幅に緩める必要がある。