講演情報
[14-O-C001-03]老健で看取らない~父と息子の想いに寄り添って~
*目黒 百恵1 (1. 埼玉県 介護老人保健施設鶴ヶ島ケアホーム)
わが国では、最期の時を迎えたい場所として国民の約60%が自宅を希望している。その一方で実際は約66%が病院で最期を迎えている。老健の強みである多職種連携・在宅復帰を生かし、自宅で人生の最期の時を迎えたいと希望した父と息子の想いに寄り添い、老健から在宅へ繋いだケースをここに報告する。
〈はじめに〉
わが国では、人生の最期を迎えたい場所として自宅が最も多く、国民の60%が希望されている一方*1)、実際は約66%が病院で最期の時を迎えている。そして、自宅で最期を迎えられた方は約17%、老健・介護医療院で最期を迎えられる方は約4%である*2)。
当施設では平成22年から年間約20件の看取りを行っている。慣れ親しんだ施設、職員と最期まで過ごせるという点から希望される方も増えている。その中で本人、家族が自宅での最期を望まれ在宅へ繋いだケースは看取りを開始してから2件である。
本研究では、在宅での看取りを希望した父と息子に寄り添い老健から在宅へ繋いだ看取りを報告する。
〈施設紹介〉
入所定員:108名(一般棟2階:58床、3階:50床) 通所リハビリ定員:92名 *障がい者総合支援法に基づく障がい児・者の医療型短期入所(空床利用)
〈事例紹介〉
対象:A氏 年齢:80歳代 性別:男性 家族構成:妻・息子の3人暮らし
主介護者:妻 介護度:要介護5 日常生活自立度:障害C2 認知自立
病名:頸椎性脊髄症 四肢麻痺 糖尿病 右足趾糖尿病性壊疽 直腸膀胱障害 他
平成24年C2-7椎弓形成術後より四肢麻痺出現し、同年より当法人の訪問診療、訪問看護、通所リハビリ等を利用しながら妻、息子の介護のもと在宅で過ごされていた。
〈経過〉
令和4年12月14日、妻の病気治療のため当施設入所となった。A氏は糖尿病も患っており、右足趾糖尿病性壊疽も併発していた。令和5年1月上旬より右第1趾の発赤が出現し膿の貯留を認めた。排膿処置を1日2回行うも壊死へと進行し、令和5年3月29日他院形成外科へ入院。右第1趾離断術及び周囲壊疽組織デブリードマン施行し、令和5年4月4日当施設へ再入所となる。
令和5年7月、妻は新たに末期癌と診断され逝去。その頃より意欲、食欲の低下が目立ち食べ物を飲み込むことが困難となった。
令和5年9月30日、医師より食事摂取・嚥下困難、血液データからも老衰の状態であることを家族へ告げられる。息子より「最期は家に連れて帰ったほうがいいのかな」との発言があり、医師からも「訪問看護や往診を入れて、家で食べられるならそれでもよい」と言われた。その後、息子からの「家に帰りたい?」の質問にA氏は「帰りたい」と返答される。
令和5年10月7日、息子、ケアマネージャー、相談員、看護師にて在宅介護に向けての話し合いを行う。食事・排泄以外にも尿道留置カテーテルの管理、足の処置も必要である旨説明する。息子より、「1ヶ月位だと思い看取る気持ちはある」との言葉が聞かれた。足の処置を見て再度考えたいとのことで実際にみてもらうが、その後も意思は変わらなかった。同日より相談員、ケアマネージャーへのアプローチを行い訪問診療、訪問看護へ現在の状態、本人、家族の意向等の伝達を行った。
令和5年10月11日、息子へ食事、排泄、体位変換、足の処置等2回目の介護指導を行った。また同時に、ケアマネージャーにより訪問診療、訪問看護の日程の調整や自宅で使用する介護用品の準備が行われ令和5年10月17日自宅へ退所となった。
自宅介護3日目の訪問看護利用中に、家族が見守るなか息を引き取られた。
〈考察〉
食欲の低下がみられるようになってから、息子へ電話での状態報告を随時行っていた。令和5年9月25日「自分は何もできないのでそちらにお任せしようと思っている」との発言が聞かれていたことから、自宅での看取り介護を想定することは難しかった。これまで自宅で生活をされていたことを考慮し、息子の想いを引き出せるようなアプローチが行えていれば、自宅で一緒に過ごす時間を増やすことができたのではないかと考える。また、死期を予測することは困難であり、医師からの説明や退所のタイミングが非常に難しいことから、綿密に家族との話し合いが必要であると考える。
〈まとめ〉
A氏は、自宅に帰られ3日間を家族と一緒に過ごすことができた。その間、訪問看護が2回介入し、本人と家族が望まれた自宅で安らかに最期を迎えることができた。
今回の症例は、これまで老健が役割を果たすうえで蓄積してきた「在宅復帰」に関する専門職の連携が、入所者が看取りの対象となっても“自宅で過ごしたい”という意思を現実に導いた。
老健は通所リハビリテーションや短期入所など、在宅高齢者が軽度な障がいを負った時点から、多職種で生活を支えることができる。そのため看取りだけでなく、対象者が元気なうちから残りの人生をどう生きるかということも含めて質の高い支援を提供できる。
人生の最期として過ごす場所を本人と家族が選択できることは大切なことであり、本人の意思が尊重され、それに添った最善の援助をしていくことが老健の役割である。
〈今後の課題〉
当施設では、入所時に本人、家族から人生の最期をどこでどのように過ごしたいかの明確な聞き取りは行っておらず、食欲・意欲の低下、誤嚥性肺炎や尿路感染症と思われる発熱等の体調の変化がみられてきた頃から家族へアプローチを開始するケースが大半である。食欲の低下、繰り返す肺炎などの症状がある利用者から順に家族に現状をお伝えし、人生の最終段階をどう過ごしたいかについて検討することを働きかけている。現段階では、5件が当施設での最期を希望されており、自宅での最期を希望されている方はいない。また、経口からの食事摂取が難しくなった場合にどのような対応を望むかという調査を行っていなかったが、老健での看取りを考えていく上で重要なことであると感じており現在調査を検討中である。
今後は、人生の最終段階において本人の意思が尊重され、望む場所を選択し自分らしい暮らしを最期まで続けていくことができる環境を整えていけるよう援助していきたい。
引用文献1)日本財団:「人生の最期の迎え方に関する全国調査結果」2021/3/29 2)厚生労働省:「令和4年人口動態統計」
わが国では、人生の最期を迎えたい場所として自宅が最も多く、国民の60%が希望されている一方*1)、実際は約66%が病院で最期の時を迎えている。そして、自宅で最期を迎えられた方は約17%、老健・介護医療院で最期を迎えられる方は約4%である*2)。
当施設では平成22年から年間約20件の看取りを行っている。慣れ親しんだ施設、職員と最期まで過ごせるという点から希望される方も増えている。その中で本人、家族が自宅での最期を望まれ在宅へ繋いだケースは看取りを開始してから2件である。
本研究では、在宅での看取りを希望した父と息子に寄り添い老健から在宅へ繋いだ看取りを報告する。
〈施設紹介〉
入所定員:108名(一般棟2階:58床、3階:50床) 通所リハビリ定員:92名 *障がい者総合支援法に基づく障がい児・者の医療型短期入所(空床利用)
〈事例紹介〉
対象:A氏 年齢:80歳代 性別:男性 家族構成:妻・息子の3人暮らし
主介護者:妻 介護度:要介護5 日常生活自立度:障害C2 認知自立
病名:頸椎性脊髄症 四肢麻痺 糖尿病 右足趾糖尿病性壊疽 直腸膀胱障害 他
平成24年C2-7椎弓形成術後より四肢麻痺出現し、同年より当法人の訪問診療、訪問看護、通所リハビリ等を利用しながら妻、息子の介護のもと在宅で過ごされていた。
〈経過〉
令和4年12月14日、妻の病気治療のため当施設入所となった。A氏は糖尿病も患っており、右足趾糖尿病性壊疽も併発していた。令和5年1月上旬より右第1趾の発赤が出現し膿の貯留を認めた。排膿処置を1日2回行うも壊死へと進行し、令和5年3月29日他院形成外科へ入院。右第1趾離断術及び周囲壊疽組織デブリードマン施行し、令和5年4月4日当施設へ再入所となる。
令和5年7月、妻は新たに末期癌と診断され逝去。その頃より意欲、食欲の低下が目立ち食べ物を飲み込むことが困難となった。
令和5年9月30日、医師より食事摂取・嚥下困難、血液データからも老衰の状態であることを家族へ告げられる。息子より「最期は家に連れて帰ったほうがいいのかな」との発言があり、医師からも「訪問看護や往診を入れて、家で食べられるならそれでもよい」と言われた。その後、息子からの「家に帰りたい?」の質問にA氏は「帰りたい」と返答される。
令和5年10月7日、息子、ケアマネージャー、相談員、看護師にて在宅介護に向けての話し合いを行う。食事・排泄以外にも尿道留置カテーテルの管理、足の処置も必要である旨説明する。息子より、「1ヶ月位だと思い看取る気持ちはある」との言葉が聞かれた。足の処置を見て再度考えたいとのことで実際にみてもらうが、その後も意思は変わらなかった。同日より相談員、ケアマネージャーへのアプローチを行い訪問診療、訪問看護へ現在の状態、本人、家族の意向等の伝達を行った。
令和5年10月11日、息子へ食事、排泄、体位変換、足の処置等2回目の介護指導を行った。また同時に、ケアマネージャーにより訪問診療、訪問看護の日程の調整や自宅で使用する介護用品の準備が行われ令和5年10月17日自宅へ退所となった。
自宅介護3日目の訪問看護利用中に、家族が見守るなか息を引き取られた。
〈考察〉
食欲の低下がみられるようになってから、息子へ電話での状態報告を随時行っていた。令和5年9月25日「自分は何もできないのでそちらにお任せしようと思っている」との発言が聞かれていたことから、自宅での看取り介護を想定することは難しかった。これまで自宅で生活をされていたことを考慮し、息子の想いを引き出せるようなアプローチが行えていれば、自宅で一緒に過ごす時間を増やすことができたのではないかと考える。また、死期を予測することは困難であり、医師からの説明や退所のタイミングが非常に難しいことから、綿密に家族との話し合いが必要であると考える。
〈まとめ〉
A氏は、自宅に帰られ3日間を家族と一緒に過ごすことができた。その間、訪問看護が2回介入し、本人と家族が望まれた自宅で安らかに最期を迎えることができた。
今回の症例は、これまで老健が役割を果たすうえで蓄積してきた「在宅復帰」に関する専門職の連携が、入所者が看取りの対象となっても“自宅で過ごしたい”という意思を現実に導いた。
老健は通所リハビリテーションや短期入所など、在宅高齢者が軽度な障がいを負った時点から、多職種で生活を支えることができる。そのため看取りだけでなく、対象者が元気なうちから残りの人生をどう生きるかということも含めて質の高い支援を提供できる。
人生の最期として過ごす場所を本人と家族が選択できることは大切なことであり、本人の意思が尊重され、それに添った最善の援助をしていくことが老健の役割である。
〈今後の課題〉
当施設では、入所時に本人、家族から人生の最期をどこでどのように過ごしたいかの明確な聞き取りは行っておらず、食欲・意欲の低下、誤嚥性肺炎や尿路感染症と思われる発熱等の体調の変化がみられてきた頃から家族へアプローチを開始するケースが大半である。食欲の低下、繰り返す肺炎などの症状がある利用者から順に家族に現状をお伝えし、人生の最終段階をどう過ごしたいかについて検討することを働きかけている。現段階では、5件が当施設での最期を希望されており、自宅での最期を希望されている方はいない。また、経口からの食事摂取が難しくなった場合にどのような対応を望むかという調査を行っていなかったが、老健での看取りを考えていく上で重要なことであると感じており現在調査を検討中である。
今後は、人生の最終段階において本人の意思が尊重され、望む場所を選択し自分らしい暮らしを最期まで続けていくことができる環境を整えていけるよう援助していきたい。
引用文献1)日本財団:「人生の最期の迎え方に関する全国調査結果」2021/3/29 2)厚生労働省:「令和4年人口動態統計」