講演情報

[14-O-C002-03]施設の看取り、「特別から当たり前のこと」へ

*古川 貴子1 (1. 栃木県 介護老人保健施設やすらぎの里八州苑)
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老健での看取りは一般的となってきている。今後も医療機関から高齢者施設への「看取りの場」の移行は加速していくことが予想される。その中で、これまでは特別な業務であった看取りのケアを通常業務への移行していくことは必須となってくる。これまでの当施設の取り組みを具体的事例とともに紹介し、現在は持続可能な通常業務へとなった経過について考察を加え報告する。
【はじめに】
 本邦におけるさまざまな施策により、老健を含めた高齢者施設での看取りは次第に一般的なものになってきている。当施設においても2017年より施設での看取りを開始し、当初は毎日が手探り状態であったが、スタッフ全員がその人のために何ができるのかを考え可能な限り個別の対応を行っていた。当初は年間10例程度であった看取りも、事例を積み重ねていくなかで近隣の医療機関からも信頼を得ることができ、経時的に事例が増加した。その結果、昨年度は看取りケアの対象者が71人に達した。自明のことであるが、スタッフの人的リソースが有限である以上、これまで特別なことであった「看取り」を通常業務へと次第に移行させていく必要性があった。これまでに当施設で行ってきた取り組みについて、具体的事例を紹介しながら考察を加え報告する。

【事例紹介】
<事例1>
 85歳女性。現病は子宮体癌。医療機関で子宮体癌の再発と診断を受け、痛みや食欲不振が現れ在宅での療養が困難となり入所となった。入所後1週間程度の経過で食事が摂れなくなり、今後死亡が予期され看取りを考える段階に入ったことが医師から説明された。家族は当初施設での看取りを前提に考えていたが、最期を迎える場所について改めて協議を重ねた。そこから約2週間後に家族より「意識があるうちに家に連れて帰りたい」との希望が聞かれ居宅サービスを整え自宅退所。退所から10日後に家族が見守る中ご自宅で亡くなられ、家族も満足のいく看取りが達成できた。

<事例2>
 68歳男性。現病は胃癌。医療機関にて胃癌の手術を行ったが食事の摂取ができない状態が続いていた。腹膜播種も疑われていたが、リハビリを行い食事が摂れるようになれば抗がん剤治療ができると前医で説明を受け当施設へ入所された。入所食後より食事はほとんど摂取できず、1週間経過後に医師より本人・家族に食事が摂れない原因は胃癌が影響している可能性が高く、状態の改善見込みは乏しいこと、ゆくゆくは衰弱から死亡の転機を辿ることが想定されると説明された。本人・家族共に施設での看取りを希望されたため家族の要望を確認した。嗜好に沿った食事と自由な面会を希望されたため、個室を準備し持ち込み食を許可、面会時間を緩和した(月~土曜日の14時~16時→8時30分~17時30分)。しかしながら、入所され1カ月ほど経過したころ、さらなる面会時間の緩和や口腔ケアの充実などの要求があった。施設としてすべての要望をかなえることは困難であることをご説明したところ、別施設の利用を希望され当施設を退所された。

【考察】
 事例1は、当初施設での看取りを考えていた家族に対し、家族へ在宅での看取りの選択肢を積極的に提案しそれを達成したケースである。施設で実際に亡くなる過程では、さまざまな人的リソースが必要となる。その一連のケアは、家族に抵抗さえなければ在宅でのサービスでも提供は可能であり施設スタッフの負荷軽減にも寄与する。また、個別ケアの観点からも在宅の方が有利で、経時的に発生しうる個別の要望にも介護度に応じてサービスを自由に利用することができ、施設と異なり他入所者と比較されることはない。
 事例2は、施設で提供できる範囲のケアを説明し、最終的に別施設の利用を希望され退所されたケースである。「看取り」の対象となった利用者・家族は、その境遇からケアに対する要求がエスカレートしていくことも珍しくない。在宅であれば介護度に応じたサービス提供となるが、入所中はその上限の設定が明確でなく、際限がなくなってしまう可能性をはらんでいる。そのため、施設でできることの線引きを行い、「在宅ケア以上の個別ケアは無い」旨の説明が必要である。この事例については、在宅でなくほかの事業所の利用を希望され退所されていったが、過剰に自施設での対応にこだわってしまうとトラブル発生は必然であっただろう。
 看取りは究極の個別ケアと考えており、個々の事例で必要なケアが千差万別である。当施設においても看取りを開始して間もなない頃は、「家に帰りたい」と話される人がいれば施設の酸素、吸引器を持ち介護士、看護師、リハスタッフ、ケアマネジャーが同行しご自宅に外出したり、「揚げ物が食べたい」と話される人がいれば厨房に依頼し特別食を提供したり最大限のケアを提供していた。その一方で、その場その場で対応を検討するため対応に一貫性が無く、現場にいるスタッフの力量によって提供可能なケアが大きく異なってしまうことがしばしばあった。加えて、職員の善意でケアを提供することが多く、時間外で対応することも珍しくなかった。入所者のケアに濃淡が出てしまい、利用者家族からサービスの内容の不満に繋がってしまうこともあった。
 施設はあくまで施設であり、大人数の利用者が生活しているため一部の利用者だけを過剰に特別扱いすることは好ましいこととは言えない。短期間であれば許容可能なことであっても、常に看取りケア対象者がいれば「特別扱いを受けている人」と「そうでない人」との対立を生んでしまう。そのため、スタッフがどんな人員配置であっても提供できるケアとそうでないケアの仕分けが重要となってくる。その「仕分け」は今後自施設においても変化する可能性はあるが、現在施設で継続可能でないと判断したときには在宅サービスの提案を心掛けており提示した事例のようなケースが増加している。
 このような取り組みを通じて、現在当施設において施設での看取りケアは「通常業務」へと移行することができた。今後われわれ老健を含めた高齢者施施設での看取りはさらに増加していくことが予想される。看取りを「特別な業務」から「通常業務」へと移行させていくことが、われわれ老健スタッフの使命なのではないだろうか。