講演情報
[14-P-D001-01]入所者の『今』の人間性を尊重するケア柔軟性を育むマインドフルな姿勢
*篠原 一1 (1. 愛知県 老人保健施設ウエルネス守山)
施設のように思い通りに帰れず生活をする入所者にとって不安はとても大きい。自身が今できることに注目して価値に向かって進むという「心理的柔軟性」を育むことは、入所者・職員にとっても必要と考える。入所者に近い存在の支援者が知識や概念にのみ捉われることなく、施設生活を送る今の入所者を1人の人として、認知症すらもその人の人間性の一部として受け入れたときより深い関わりができ感情表現と意欲が向上した例をあげる。
【序論】
心理的柔軟性とは、過去や未来に捉われず、自分の「今」に注目して大切なものに向かって歩んでいく力のことを言う。
入所施設のように、施設の中で自分の希望通りに帰ることができず生活をしている入所者は不安や喪失感、生きづらさを感じている。入所者自身が、今できることに注目して自分の価値に向かって進もうという「心理的柔軟性」を育み意欲を持つことは、入所者にとってもそれを支援する職員にとっても必要なことだと考える。
人はひとたび不安という思考へ捉われてしまうと不安を取り除くことは容易ではない。入所施設にいる入所者はもちろんのこと、それを支援する職員も「認知症入所者」という思考へ捉われ、「今」目の前にいる人をそのままを受け入れるという支援の姿勢を忘れがちである。職員自身が現在起こっている体験に注意を向ける(マインドフルネス)ことでより柔軟に向き合うことができるのではないかと考える。
本論文は、知識や概念にのみ捉われることなく、施設生活を送る今の入所者を1人の人として、認知症すらもその人の人間性の一部として受け入れたとき、職員のより良い関わりが誘発され、入所者の感情表現や意欲、ADLが向上した事例をあげその際の職員の対応を観察分析した仮説と事例を紹介する。
【事例】
入所者A 女性 HDS-R6点
傾眠が強く食事も全介助であった。日中は離床し職員がコミュニケーションをとっていたが、ほとんどの時間を閉眼し、会話に反応もなかった。他の入所者と余暇活動に参加しても反応がなく、職員間でも「重度の認知症入所者」という認識であった。
対応:
入所者Aが若い時アイドルのファンであったという情報を得た職員が「アイドル団扇」というファングッズを作成し好きなアイドルの団扇を見せながら食事介助を行った。
変化:
傾眠の回数が減少する。アイドル団扇に興味を持った人から、入所者Aに声をかける機会が多くなった。同時に入所者Aのコミュニケーションに対する反応数が増え、6ヶ月後には笑い声を上げて笑うようにもなり、食事も全介助から自己摂取可能となる。
以下は入所者Aと他の入所者のDBD13と意欲の平均である。
<入所者A>
DBD13(4点) 意欲(2点)
DBD13 (6点) 意欲(6点)(半年後)
半年間で意欲が大きく向上している。
<施設入所者平均>
DBD13 平均(9.6点) 意欲 平均(7.5点)
DBD13 平均(11.8点) 意欲 平均(7.3点)(半年後)
施設入所者全体の平均では、明らかな優位な差はみられない。
【仮説】
入所者Aの変化が起こった要因は人が話しかけてくれる刺激が増えただけでなく、『認知症の入所者』という認識から『アイドルが好きなAさん』という、その人の現在の人間性をそのまま受け入れる「柔軟な姿勢」もあるのではないかと推測する。
支援者は現場経験が豊富になり知識がついてくると、その人を見るのではなくその人の病歴を人間性として当てはめてしまう傾向がある。今回のこの入所者Aの変化は、支援者が「今という瞬間に注意を向けて、それを評価することなく体験する」というマインドフルネス的体験と、それによって起こった柔軟な態度が、良い変化へとつながった事例ではないだろうかと考える。この視野狭窄をもたらす『柔軟に物事を認識する差』は、施設介護士の中で一般に「良い対応」とされている介護士とその他の職員の差に繋がるのではないかと考え調査を行った。
また同時に老健大会参加など視野が広がる経験をした介護職員Bの経験の振り返り(価値の明確化)と柔軟性の変化を調べた。
【分析】
心理的柔軟性評価尺度AAQ-IIを使って職員の評価を行った(点数が低い程柔軟性が高い)。
結果:
・一般に「良い対応」と言われる介護士
平均17.0点。
・他の職員
平均26.1点。
と差が確認された。
以下が、価値の明確化を行なった職員Bの柔軟性尺度AAQ-IIの数値と、とらわれの数値(認知的フュージョン尺度CFQ)の変化である。
・R4年12月
AAQ-II(41点) CFQ(とらわれ47点・自己と思考の弁別13点)
・R6年1月
AAQ-II(33点) CFQ(とらわれ21点・自己と思考の弁別13点)
上記のように、一般に「良い対応」と言われる介護士の柔軟性はその他の職員全体よりも高いことがわかった。また、職員Bの柔軟性の数値も、とらわれの数値も大きく好転していることがわかる。
効果のある対応を行える職員は、総じて柔軟性が高い傾向にあることがわかった。また、多くの体験をした職員にその体験の振り返り(価値の明確化)を行うことで、その職員の柔軟性が向上し、物事へのとらわれが改善することが観察された。
【考察】
心理的柔軟性は、今に注意を向けて評価を交えず感じるマインドフルな姿勢と、今できることをする。という価値の明確化によって育まれることがわかっている。
今回、援助者である職員の心理的柔軟性の向上がケアの質の向上に繋がり、結果的に病識にとらわれず人間性を尊重し今の入所者がその人らしく生きることを肯定する姿勢に至り、感情表現の表出、意欲などの向上につながった思われる。
その人の人間性を尊重するという、対人援助の基本とも言える態度は過去のその人がどうであれ、施設に入所している入所者の「今」に向き合い、認知症なども含めたその人の人間性を受け入れることであることがわかる。
施設職員、とりわけ「入所者に一番近い存在である支援者の介護士」が、マインドフルな姿勢で柔軟に広い視野で支援を行えるとき、高齢期の支援される側の人間は、「今の自分を受け入れられた」という安心感にも似た感情を持ち得るのではないか。今回の入所者Aの事例はそれらが余暇活動やリハビリなど他の刺激と相乗的に作用し、今回のADL向上そして意欲向上に繋がったのではないかと考える。
今後、入所者に対し直接マインドフルネスワークを実施し、入所者の心理的柔軟性を育み施設生活で意欲の向上を目指していく。
心理的柔軟性とは、過去や未来に捉われず、自分の「今」に注目して大切なものに向かって歩んでいく力のことを言う。
入所施設のように、施設の中で自分の希望通りに帰ることができず生活をしている入所者は不安や喪失感、生きづらさを感じている。入所者自身が、今できることに注目して自分の価値に向かって進もうという「心理的柔軟性」を育み意欲を持つことは、入所者にとってもそれを支援する職員にとっても必要なことだと考える。
人はひとたび不安という思考へ捉われてしまうと不安を取り除くことは容易ではない。入所施設にいる入所者はもちろんのこと、それを支援する職員も「認知症入所者」という思考へ捉われ、「今」目の前にいる人をそのままを受け入れるという支援の姿勢を忘れがちである。職員自身が現在起こっている体験に注意を向ける(マインドフルネス)ことでより柔軟に向き合うことができるのではないかと考える。
本論文は、知識や概念にのみ捉われることなく、施設生活を送る今の入所者を1人の人として、認知症すらもその人の人間性の一部として受け入れたとき、職員のより良い関わりが誘発され、入所者の感情表現や意欲、ADLが向上した事例をあげその際の職員の対応を観察分析した仮説と事例を紹介する。
【事例】
入所者A 女性 HDS-R6点
傾眠が強く食事も全介助であった。日中は離床し職員がコミュニケーションをとっていたが、ほとんどの時間を閉眼し、会話に反応もなかった。他の入所者と余暇活動に参加しても反応がなく、職員間でも「重度の認知症入所者」という認識であった。
対応:
入所者Aが若い時アイドルのファンであったという情報を得た職員が「アイドル団扇」というファングッズを作成し好きなアイドルの団扇を見せながら食事介助を行った。
変化:
傾眠の回数が減少する。アイドル団扇に興味を持った人から、入所者Aに声をかける機会が多くなった。同時に入所者Aのコミュニケーションに対する反応数が増え、6ヶ月後には笑い声を上げて笑うようにもなり、食事も全介助から自己摂取可能となる。
以下は入所者Aと他の入所者のDBD13と意欲の平均である。
<入所者A>
DBD13(4点) 意欲(2点)
DBD13 (6点) 意欲(6点)(半年後)
半年間で意欲が大きく向上している。
<施設入所者平均>
DBD13 平均(9.6点) 意欲 平均(7.5点)
DBD13 平均(11.8点) 意欲 平均(7.3点)(半年後)
施設入所者全体の平均では、明らかな優位な差はみられない。
【仮説】
入所者Aの変化が起こった要因は人が話しかけてくれる刺激が増えただけでなく、『認知症の入所者』という認識から『アイドルが好きなAさん』という、その人の現在の人間性をそのまま受け入れる「柔軟な姿勢」もあるのではないかと推測する。
支援者は現場経験が豊富になり知識がついてくると、その人を見るのではなくその人の病歴を人間性として当てはめてしまう傾向がある。今回のこの入所者Aの変化は、支援者が「今という瞬間に注意を向けて、それを評価することなく体験する」というマインドフルネス的体験と、それによって起こった柔軟な態度が、良い変化へとつながった事例ではないだろうかと考える。この視野狭窄をもたらす『柔軟に物事を認識する差』は、施設介護士の中で一般に「良い対応」とされている介護士とその他の職員の差に繋がるのではないかと考え調査を行った。
また同時に老健大会参加など視野が広がる経験をした介護職員Bの経験の振り返り(価値の明確化)と柔軟性の変化を調べた。
【分析】
心理的柔軟性評価尺度AAQ-IIを使って職員の評価を行った(点数が低い程柔軟性が高い)。
結果:
・一般に「良い対応」と言われる介護士
平均17.0点。
・他の職員
平均26.1点。
と差が確認された。
以下が、価値の明確化を行なった職員Bの柔軟性尺度AAQ-IIの数値と、とらわれの数値(認知的フュージョン尺度CFQ)の変化である。
・R4年12月
AAQ-II(41点) CFQ(とらわれ47点・自己と思考の弁別13点)
・R6年1月
AAQ-II(33点) CFQ(とらわれ21点・自己と思考の弁別13点)
上記のように、一般に「良い対応」と言われる介護士の柔軟性はその他の職員全体よりも高いことがわかった。また、職員Bの柔軟性の数値も、とらわれの数値も大きく好転していることがわかる。
効果のある対応を行える職員は、総じて柔軟性が高い傾向にあることがわかった。また、多くの体験をした職員にその体験の振り返り(価値の明確化)を行うことで、その職員の柔軟性が向上し、物事へのとらわれが改善することが観察された。
【考察】
心理的柔軟性は、今に注意を向けて評価を交えず感じるマインドフルな姿勢と、今できることをする。という価値の明確化によって育まれることがわかっている。
今回、援助者である職員の心理的柔軟性の向上がケアの質の向上に繋がり、結果的に病識にとらわれず人間性を尊重し今の入所者がその人らしく生きることを肯定する姿勢に至り、感情表現の表出、意欲などの向上につながった思われる。
その人の人間性を尊重するという、対人援助の基本とも言える態度は過去のその人がどうであれ、施設に入所している入所者の「今」に向き合い、認知症なども含めたその人の人間性を受け入れることであることがわかる。
施設職員、とりわけ「入所者に一番近い存在である支援者の介護士」が、マインドフルな姿勢で柔軟に広い視野で支援を行えるとき、高齢期の支援される側の人間は、「今の自分を受け入れられた」という安心感にも似た感情を持ち得るのではないか。今回の入所者Aの事例はそれらが余暇活動やリハビリなど他の刺激と相乗的に作用し、今回のADL向上そして意欲向上に繋がったのではないかと考える。
今後、入所者に対し直接マインドフルネスワークを実施し、入所者の心理的柔軟性を育み施設生活で意欲の向上を目指していく。