講演情報
[14-P-A001-02]トイレ介助に難渋した若年性アルツハイマー病の症例
*大澤 一仁1 (1. 愛媛県 介護老人保健施設 高井の里)
右上肢の固縮と両下肢の痙性対麻痺を認め日常生活おける介助量が増加した若年性アルツハイマー病の対象者にトイレでの排泄を継続するための支援を行った。トイレ動作の難渋ポイントを分析して動作や介助方法について検討した。残存機能を活かした動作の工夫と環境設定により本人と介助者の負担軽減に繋がったので報告する。
【はじめに】
若年性アルツハイマー病では、痙性対麻痺、パーキンソニズム、前頭葉症状などの非定型的な兆候を示すことが報告されており、今回、類似する症例を担当した。病状の進行に伴って移乗や立位保持の介助量が増加し、排泄はオムツ対応の頻度が増えていたが、オムツ内の排便は本人の不快な様子がみてとれた。今回、残存機能を活かした介助方法により、本人の不快軽減、介助量軽減がみられたので報告する。
【症例紹介】
50歳代男性 診断名:右脛腓骨遠位端骨折 合併症:若年性アルツハイマー型認知症 介護度:要介護5 現病歴:自宅にて転倒し、右脛腓骨遠位端骨折の診断を受ける。術後にリハビリ目的での入院を経た後に、本人、家族ともに自宅退所を希望したが、家族は自宅での介護に不安があった。家族の意向で、自宅退所が可能か見極めるために当施設の認知症病棟に入所となる。介入前の家族からの要望:入所から2年経過、症状の進行により、自宅での生活は困難。施設入所に向け、トイレでの排泄など今できることを長く続けられる支援を希望。
【介入前の評価】
身体機能:両下肢痙性対麻痺、全身に固縮様の筋緊張亢進を認める。頸部は、右回旋していることが多く可動性は低い。左上肢・手指は、肩関節や肘関節に可動域制限があるものの、握力は2kg、手づかみでおにぎりなどを口に運んで摂取していたが徐々に難しくなっている。右上肢・手指は、固縮の影響が強く、活動場面での右上肢の使用は困難。下肢は伸展、内転、内旋、尖足傾向。ADL:FIMは24/126点で運動項目は全介助レベル。認知機能:言語での表出は困難でHDS-Rは0点。見当識、短期記憶及び注意力低下に加えて、失認もあり生活全般に介助が必要。言語理解や状況判断は残存しており、声掛けに応じて立ち上がる前に手すりに手を伸ばすなど動作の協力が得られる。簡単な問いかけに対しての意思表示は、左上肢の挙上、頷きや首振りで可能。前頭葉症状:不快な刺激に対して感情の抑制が効かず興奮し、大声発声あり。
【経過とアプローチ】
入所時の排泄状況は、尿・便意があり、失禁はあったが、トイレ内で介助を受けながら排泄をしていた。症状が進行し、排尿コントロールは困難だが、排便はトイレで便座に座ることで便器内に排泄できることが多かった。排泄時の介助が増大したことでトイレに誘導する回数が減り、オムツで対応することが増えた。オムツ内の排泄は、苦痛の表情や発声があった。トイレ動作について車椅子・便座間の移乗は、左手で手すりを把持する本人の協力を得ながら立ち上がりや立位での方向転換を行った。立ち上がりは、介助で下肢を屈曲位にセッティングした後、本人に動作を促したが、筋出力が弱く、十分に離殿することができなくなっていた。そのため、本人は手すりを握り続け、介助者は身体を持ち上げながら、立位を保持して下衣操作する必要があり、本人・介助者とも負担が増大していた。立位での方向転換は、足の踏み替えが行えない為、足の捻じれを生じやすく、十分な安全確保が困難となっていた。また便座での座位姿勢は、骨盤後傾、下肢伸展で筋緊張が亢進しており、介助での修正に時間を要した。介入後は、立位での方向転換を省いて立ち座りの動作のみで移乗できるように車椅子とキャスター付きポータブルトイレを入れ替える方法をとった。1週間全介護士へ一連の動作をデモンストレーションして指導を行ったが、大勢いる介護士の手順統一に苦慮した。筋緊張亢進によって下肢が伸展することを活かして立ち上がりと立位保持を行うことで介助量軽減に繋がることや排泄時の座位姿勢の崩れは本人の協力を得ることで容易に修正が行えることを強調して伝え実施を依頼した。訓練では、座位で前傾姿勢に移行出来るように両股関節の可動域訓練、左上肢の機能訓練と前方へのリーチを伴う体幹の屈曲運動を行った。3週間の実施後、介護士に介入前後の負担変化を聴取した結果は、介助量軽減、排泄時の姿勢改善、トイレでの排泄に比べ筋緊張の軽減など概ね良好な反応であったが、負担は変わらないと否定的な意見もあった。介護士によっては立ち上がり時の下肢伸展による支持性を活かせず、負担軽減に繋がらない場面や体格差によって立位に至るまでの介助が難しいことがあった。本人に以前のトイレでの排泄とポーダブルトイレでの排泄どちらが良いか問いかけたところ、挙手により後者を希望することが確認できた。下肢の関節可動域制限や筋緊張亢進は残存したが、動作のパターン化から座位での体幹屈曲を誘導しやすくなり、排便時、体幹を前傾した姿勢保持が可能となった。
【考察】
立位での方向転換を省いたことと立位保持で下肢の支持性を得られたことが、動作時の介助量軽減に繋がったと考える。立ち上がりの介助方法は、本人の足部を支点にして上半身を誘導し、引き上げるためある程度の力が必要となり、職員によっては安全面での不安があり、全ての条件下で行えるものではなく汎用性の面で課題が残った。訓練により、座位での前傾姿勢と下肢屈曲をスムーズに引き出せるようになったことは有効であった。
【終わりに】
身体機能や認知機能の低下により、排泄動作の介助に難渋した場合でも残存機能を活かした介助方法により日常生活の質を維持することができる可能性がある。また、定期的な評価を行って症例に適した環境の提供が重要と考える。
若年性アルツハイマー病では、痙性対麻痺、パーキンソニズム、前頭葉症状などの非定型的な兆候を示すことが報告されており、今回、類似する症例を担当した。病状の進行に伴って移乗や立位保持の介助量が増加し、排泄はオムツ対応の頻度が増えていたが、オムツ内の排便は本人の不快な様子がみてとれた。今回、残存機能を活かした介助方法により、本人の不快軽減、介助量軽減がみられたので報告する。
【症例紹介】
50歳代男性 診断名:右脛腓骨遠位端骨折 合併症:若年性アルツハイマー型認知症 介護度:要介護5 現病歴:自宅にて転倒し、右脛腓骨遠位端骨折の診断を受ける。術後にリハビリ目的での入院を経た後に、本人、家族ともに自宅退所を希望したが、家族は自宅での介護に不安があった。家族の意向で、自宅退所が可能か見極めるために当施設の認知症病棟に入所となる。介入前の家族からの要望:入所から2年経過、症状の進行により、自宅での生活は困難。施設入所に向け、トイレでの排泄など今できることを長く続けられる支援を希望。
【介入前の評価】
身体機能:両下肢痙性対麻痺、全身に固縮様の筋緊張亢進を認める。頸部は、右回旋していることが多く可動性は低い。左上肢・手指は、肩関節や肘関節に可動域制限があるものの、握力は2kg、手づかみでおにぎりなどを口に運んで摂取していたが徐々に難しくなっている。右上肢・手指は、固縮の影響が強く、活動場面での右上肢の使用は困難。下肢は伸展、内転、内旋、尖足傾向。ADL:FIMは24/126点で運動項目は全介助レベル。認知機能:言語での表出は困難でHDS-Rは0点。見当識、短期記憶及び注意力低下に加えて、失認もあり生活全般に介助が必要。言語理解や状況判断は残存しており、声掛けに応じて立ち上がる前に手すりに手を伸ばすなど動作の協力が得られる。簡単な問いかけに対しての意思表示は、左上肢の挙上、頷きや首振りで可能。前頭葉症状:不快な刺激に対して感情の抑制が効かず興奮し、大声発声あり。
【経過とアプローチ】
入所時の排泄状況は、尿・便意があり、失禁はあったが、トイレ内で介助を受けながら排泄をしていた。症状が進行し、排尿コントロールは困難だが、排便はトイレで便座に座ることで便器内に排泄できることが多かった。排泄時の介助が増大したことでトイレに誘導する回数が減り、オムツで対応することが増えた。オムツ内の排泄は、苦痛の表情や発声があった。トイレ動作について車椅子・便座間の移乗は、左手で手すりを把持する本人の協力を得ながら立ち上がりや立位での方向転換を行った。立ち上がりは、介助で下肢を屈曲位にセッティングした後、本人に動作を促したが、筋出力が弱く、十分に離殿することができなくなっていた。そのため、本人は手すりを握り続け、介助者は身体を持ち上げながら、立位を保持して下衣操作する必要があり、本人・介助者とも負担が増大していた。立位での方向転換は、足の踏み替えが行えない為、足の捻じれを生じやすく、十分な安全確保が困難となっていた。また便座での座位姿勢は、骨盤後傾、下肢伸展で筋緊張が亢進しており、介助での修正に時間を要した。介入後は、立位での方向転換を省いて立ち座りの動作のみで移乗できるように車椅子とキャスター付きポータブルトイレを入れ替える方法をとった。1週間全介護士へ一連の動作をデモンストレーションして指導を行ったが、大勢いる介護士の手順統一に苦慮した。筋緊張亢進によって下肢が伸展することを活かして立ち上がりと立位保持を行うことで介助量軽減に繋がることや排泄時の座位姿勢の崩れは本人の協力を得ることで容易に修正が行えることを強調して伝え実施を依頼した。訓練では、座位で前傾姿勢に移行出来るように両股関節の可動域訓練、左上肢の機能訓練と前方へのリーチを伴う体幹の屈曲運動を行った。3週間の実施後、介護士に介入前後の負担変化を聴取した結果は、介助量軽減、排泄時の姿勢改善、トイレでの排泄に比べ筋緊張の軽減など概ね良好な反応であったが、負担は変わらないと否定的な意見もあった。介護士によっては立ち上がり時の下肢伸展による支持性を活かせず、負担軽減に繋がらない場面や体格差によって立位に至るまでの介助が難しいことがあった。本人に以前のトイレでの排泄とポーダブルトイレでの排泄どちらが良いか問いかけたところ、挙手により後者を希望することが確認できた。下肢の関節可動域制限や筋緊張亢進は残存したが、動作のパターン化から座位での体幹屈曲を誘導しやすくなり、排便時、体幹を前傾した姿勢保持が可能となった。
【考察】
立位での方向転換を省いたことと立位保持で下肢の支持性を得られたことが、動作時の介助量軽減に繋がったと考える。立ち上がりの介助方法は、本人の足部を支点にして上半身を誘導し、引き上げるためある程度の力が必要となり、職員によっては安全面での不安があり、全ての条件下で行えるものではなく汎用性の面で課題が残った。訓練により、座位での前傾姿勢と下肢屈曲をスムーズに引き出せるようになったことは有効であった。
【終わりに】
身体機能や認知機能の低下により、排泄動作の介助に難渋した場合でも残存機能を活かした介助方法により日常生活の質を維持することができる可能性がある。また、定期的な評価を行って症例に適した環境の提供が重要と考える。