講演情報

[14-P-A001-06]真のニーズに寄り添った支援~「噛みたい、噛んで食べたい」からの気付き~

*飯野 まどか1、神宮司 恵1 (1. 山梨県 介護老人保健施設甲府かわせみ苑)
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A氏の食事摂取量低下に対し取り組みを実施したなかで、A氏の思いを確認し、ニーズに沿った支援により状態が改善したため報告する。食器の変更や“食物の口腔内へのため込み”等の問題から、幾つかの方法を試したが変化はみられなかった。しかし、A氏から聞かれた一言に着目し、生活暦に目を向けた結果、効果がみられた。A氏にとっては何が重要であるかを考え、真のニーズを捉えた支援が食事摂取量改善へ繋がったと考えられた。
【はじめに】
感染対応として1か月間居室で過ごすことになったA氏の食事摂取量低下に対し、多職種で支援を検討した。幾つかの取り組みを実施したなかで、A氏の思いを確認し、A氏のニーズに沿った支援により状態が改善したため報告する。
【事例紹介】
A氏/80歳代/女性/要介護3 診断名:アルツハイマー型認知症(長谷川式簡易知能評価 13/30点)近時記憶の障害はあるが、コミュニケーションは良好である。車椅子を使用しているが、両上肢の麻痺症状はなく、車椅子での移動も自分で行っている。食事形態は、米飯・一口大の食事を摂取、上下の部分義歯を使用しており、義歯の不具合はみられていない。食事動作は自立しており、普段は箸を使用しゆっくりではあるが全体の80%~90%摂取していることが多くみられる。3日に1度自然排便があり、確認できない時には内服や座薬を使うことで、排便がみられている。また、高血圧症の既往があるが、現在は内服でコントロールできている。
【経過】
当苑で新型コロナウイルス感染症陽性者がでたことから、当該フロアの全入所者に、感染対応期間として1ヶ月程の期間を居室で過ごしてもらうことになった。A氏は、他者との交流や全体のレクリエーションなどが減少したことから、ベッド上で過ごす時間が増えた。徐々に表情が乏しくなり、日中、声をかけても、傾眠的な姿を多く見かけるようになった。その頃より食事量が低下し「もういいです」「お腹いっぱい」などの発言がよく聞かれ、30%程で終了することが多くなった。この時、体調変化は特になく、排便も確認できており、口腔内の異常なども見られなかった。A氏に食事を口腔内にため込む、なかなか飲み込むことができないなどの姿が見られたことから、管理栄養士と検討し、粥・キザミ食へと食事形態を変更することにした。その後も食事量は30%前後とほぼ変化なく、1ヶ月程で感染対応期間解除となった。ラウンジでテレビを視聴したり、スタッフによる全体レクリエーションが始まるなど、元の生活に戻ったが、食事中もすぐに手が止まってしまい、スタッフが介助をしながら、なんとか半分程度摂取する状態が続いた。このことから、食事摂取量を元のレベルに改善する為の支援を多職種で検討し、取り組みを実施した。
【取り組み】
・使いやすさや一口の量を考え、箸からスプーンへと変更する。
・視覚からの食欲低下を防ぐ為に、茶碗いっぱいに入っていた粥の提供量を減らす。
・食べやすさや食器の持ちやすさを考え、小茶碗をつける。
【倫理的配慮】
発表に際し口頭で本人と家族及び施設長の同意を得、個人情報と秘密保持へ配慮した。
【結果】
取り組みにより半分以上摂取する日もあったが、食事量増加に繋がるような明確な変化は見られなかった。取り組み開始から1ヶ月程すぎた頃、配膳の際にA氏から「普通のご飯が食べたい」という言葉がきかれた。この言葉を多職種で共有し、管理栄養士がA氏の話をきいた。A氏からは、「お粥では食欲がわかない、噛みたい、噛んで食べたい」「もともとご飯が好き、ご飯なら頑張って食べられる」という言葉がきかれた。このことをスタッフ間でも検討し、次の日から米飯へ変更した。変更後、ゆっくりではあるが90%~100%摂取の日が多く見られ、A氏からは、「すごく美味しい、良かった」という言葉が笑顔と共に聞かれた。
【考察】
A氏は、感染対応期間から居室で過ごすことになり、外部との交流が減少しベッド上で過ごす時間が増えた。これは、A氏の日中の活動量の低下へと繋がったことが考えられ、生活リズムの乱れや外部からの刺激の減少により、食事への意欲低下がおきたことが推測される。感染対応解除後、A氏の食事への意欲や食事量は変わらなかったことから、米飯の飲み込みにくさ、口腔内の違和感などを考え、スタッフは食事形態を戻すことはしなかった。食べやすさを考慮した食器の変更や、目で見て把握できた“食物の口腔内へのため込み”等の問題に目を向け幾つかの方法を試してみたが、明らかな変化はみられなかった。これは、私たちスタッフの視点で考えた問題点に対する支援の方法であり、A氏の真のニーズに則した支援ではなかったと考える。A氏から聞かれた一言に着目し、もともとご飯が好きという生活暦に目を向け、A氏にとっては米飯の見た目や食感が重要であると考え、食事形態を変更した。方法だけを検討するのではなく、A氏の思いを確認し、真のニーズを捉えた支援が食事摂取量改善へとつながったと考える。また、A氏の「ご飯なら頑張って食べられる」という言葉を振り返ると、スタッフの、“A氏に元のように食事を食べてもらいたい”という思いにA氏が応えようとした気持ちの表れと考えられるが、別の視点で捉えると、この言葉は、スタッフがA氏の食事摂取を強要することに繋がっていたとも考えられる。私たちは、相手に関心を向けて、本人の発信を見逃さずに正確に捉え、真のニーズに寄り添った支援を常に検討していくことが必要と考える。
【おわりに】
わたしたちスタッフは、利用者のできないことやリスクを伴う可能性に対しては、とても注意深く観察しており、対応も早いことが多い。特に高齢者は機能が徐々に低下していくことが自然な経過である為、今回の事例のように、1度お粥に変更してしまうとその後に食事形態のレベルをあげることは考えにくい傾向がある。他事例でも、1度車椅子を使用すると歩行の可能性を考えなくなる、排泄時にオムツでの対応になるとその後にトイレを使用することへの意識が向きにくくなる、などが挙げられる。しかし、私たちの視点で判断するのではなく、本人の思いと機能を見極めていくこと、そして、人として当たり前に感じるであろうことに着目し、支援していくことが大切である。