講演情報

[15-O-R003-07]『ありがとう、姉ちゃん』利用者満足につながった相談支援の視点

*吉田 登美枝1、福原 慎一1 (1. 岡山県 医療法人福寿会 介護老人保健施設 倉敷藤戸荘)
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本人の過去の生活態度や飲酒の問題から姉との確執があり、姉と本人の望む在宅生活が大きく食い違っていた。在宅復帰の課題を整理し家族間の調整を行い、目標を明確化することで相談員としての視点を変えることができた。双方の信頼関係の修復が重要であり相談員とのやり取りが大きく作用した。結果、姉との関係性も修復し、本人の落ち着ける場所の獲得、利用者満足に繋がった事例を報告する。
はじめに】
回復期リハビリ病棟から、在宅復帰の為入所したIさん。Iさんは自宅での生活を望んでいたが、これまでの生活の中で姉(KP)との確執があり、相談員として自宅復帰は困難な状況と考えていた。今後の在宅復帰を勧めるにあたり、姉の気持ちやIさんの気持ちに向き合い、双方の考え方の違いを調整することによってIさんの在宅復帰の道が開かれ、落ち着ける生活に繋がった事例を報告する。
【対象者】
 Iさん、83歳男性、要介護4、移動(歩行器)、食事、排泄動作自立。中学卒業後に仕事で他県に住んでいたが、数年後地元に戻る。結婚歴2回で二子を儲けるも離婚し子供も音信不通である。その後内縁関係で暮らしていた女性とも離別し一人暮らしをしていた。定職に就かず、女性に依存した生活を送っていた。このころよりアルコール摂取が続いている。一年前頃から頻回の転倒があり近医を受診、慢性硬膜下血腫と診断され総合病院へ入院。明らかな水腫の拡大は認めず保存加療となる。アルコール依存に伴う症状があったが、改善の方向に向かっていた入院中に、COVID19感染症に罹患した為、廃用が進んでいった。リハビリ継続目的で回復期病棟に転院する。ADLは向上、歩行器見守りで可能。病院SWは、Iさんと姉との話し合いを数回行ったが怒鳴り合いになり、「何でもできるから自宅へ帰りたい、姉が帰らせてくれない」と度々口に出していた。反面姉は、「お酒を飲んで迷惑をかけられる、家には帰せない」と、施設で長期的な生活を考えていた。本人は、姉に干渉されず元の生活に戻りたいと希望していたが、地域の回復期リハビリテーション病院から自宅での独居生活は困難と判断され紹介、入所となる。入所当初から「家へ帰りたい。姉に騙され施設に入れられお金も盗られた。姉を呼んでほしい、私は悪いところはない、一人でも生活できる」と言う本人と施設入所を希望する姉との調整を開始した。
【在宅復帰への課題】
1. 在宅復帰の為の入所であること、そのためのリハビリであることが理解できない(帰宅願望が激しい)
2. 退所先はIさんと姉との意見の相違。(自宅に帰りたいIさんと施設入所を望む姉)
3. 自宅に帰ったら飲酒を希望している。
【経過】
1. Iさんに、リハビリは、在宅復帰をするためである事を説明する。バランスが悪く危険認識が低い為バランス訓練を中心に筋力訓練、杖歩行訓練を実施した。見守りで杖歩行ができるようになったが、依然としてバランスが悪かったので、歩行器移動になる。Iさんは、歩きたいとの意向が強かったので、歩行器移動であれば在宅が可能であることを伝え、気持ちに寄り添った支援を行った。
2. Iさんと、姉との個別の面談を再々行った。姉には、Iさんの現状、リハビリにより能力が向上してきていること等を伝えて、今後の方向性について提案する。(1)自宅へ帰り通所介護・訪問介護の利用(2)小規模多機能を利用(3)その他施設の紹介、自宅での介護保険サービスも説明をする。自宅退所の希望は変わらないIさんと、施設を希望している姉とは平行線のままだった。そこで一つの提案として在宅ではなく24時間見守りがある高齢者住宅を紹介する。Iさんは、施設から出れることに理解を示す様子が伺えた。Iさんに、姉がIさんの為に色々考えてくれていること等を伝えると、この頃より少しずつ、暴言が減ってきた。「ここは悪くはないが、やっぱり自分の家がいい」と言われる。いつしか、在宅への希望が持てるようになってきた。姉は、高齢者住宅が24時間の見守りがある事、日中は小規模多機能を利用することを聞き、飲酒ができない事を安心された。
3.見守りのある環境での生活を提案(飲酒ができない環境づくり)。入所後に入所前後訪問も含めた介護支援専門員のアセスメントの中で、本人が望む自宅での生活への想いと姉の飲酒を心配し自宅には帰すことはできないという相反する希望があった為、カンファレンスの話し合いでも、自宅ではないが、支援、見守りを受けながら一人暮らしができる場へつなぐ方向でリハビリ及び生活支援をすることが決まった。
【結果】
リハビリを受けることで、歩行状態が改善し自信や意欲の向上に繋がった。姉との話し合いの場を何回も設けたことで姉の気持ちにゆとりができ、在宅復帰について前向きに話ができるようになった。同時期に、Iさんの希望する自宅ではなく高齢者住宅での生活について話をし、自宅で一人暮らしができるようになる為の準備段階であることを伝えると、Iさんは喜んで退所に至った。この時「姉ちゃん、ありがとう、お世話になります。」とIさんの口から出た。姉は、「あんた、挨拶できるようになったんじゃな」と驚かれた。高齢者住宅に入居し、小規模多機能型居宅介護の利用で生活が維持され独居生活をしている。退所後の訪問では、隣室の高齢の女性の手をとりデイサービスから帰宅、同じ部屋でおやつを一緒に食べる姿に会った。「わしは、おばあさんに育てられたんじゃ、年は変わらないけどこの人がそのおばあさんに似てる、70年前かな」と笑顔のIさんに会った。                                            
【考察】
 KPとの確執がある中での支援は、双方の信頼関係の修復が重要であり同時に、相談員とのやり取りが大きく作用した事例である。Iさんは、いずれは自分の家に帰れるという希望を持たせた姉に対して感謝の言葉を伝えることができ、二人の確執は無くなった。支援を通して問題に意識を向けすぎ支援の方向性を見失っていた自分に気づいた。本来あるべき支援相談員としての視点とは、一方向ではなくあらゆる方向から見るべきであり、Iさんや姉に寄り添うことで、信頼関係が深まり二人の関係性の修復もできた。そして、視点を変える事で、Iさんの気持ちを読み取り、望む生活(在宅復帰)を確保する事ができた。