講演情報

[15-O-Q002-01]在宅生活維持のための奥の手~緊急ショートステイ~

*野原 智和1 (1. 栃木県 介護老人保健施設やすらぎの里八州苑)
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老健からの在宅復帰を検討する際に鍵となる居宅サービスの一つが短期入所である。一方で、短期入所用のベッド確保は稼働率の不安定化を招きやすい。当法人では、自法人内の地域密着型サービスの緊急短期入所を利用することで、効率的な老健のベッド運用を行った。その結果、在宅生活の延伸のみならず、限られたベッドをより効率的に運用することが可能となった。事業所を越えた法人内の連携が今後の老健運営に重要と考えられた。
【はじめに】
 老健からの在宅復帰を検討する際に、大きな障壁となることの一つが緊急時の対応が挙げられる。医療的な病態悪化のほか、家族が突発的な理由で平時の介護をできなくなってしまう場合など、事前に対応を検討しておくことで家族の心理的負担を軽減することができる。当法人の老健施設は、2018年の介護報酬改定以降継続して超強化型老健として運営しているが、近年は重症度の高い利用者が増加しておりこのような緊急時の対応が非常に重要となってきている。上述のような突発的なトラブルの際に最も有効なサービスは短期入所が挙げられるが、老健において短期入所用のベッドを確保しておくことは稼働率の低下を招き経営に資する対応とは言い難い。そのような背景の中、当法人では看護小規模多機能型居宅介護(以下、看多機)、認知症対応型共同生活介護(以下、グループホーム)などの地域密着型サービスを運営しており、2021年の介護報酬改定で緊急短期入所の柔軟な運用が可能となったことに着目して老健退所後の利用者の緊急入所受け入れを積極的に行った。その結果、在宅復帰支援機能は維持しつつも効率的な施設運営が可能となった。具体的な事例を紹介し、考察を加え報告する。

【事例紹介】
<事例1>
 92歳、女性。徐々に進行する認知症を認めていたが、週に1度の通所介護のみで在宅生活をしていた。ところが、心不全を発症し医療機関に入院。自宅退院困難のため当施設に入所されたが、入所中に身体機能改善され3カ月ほどの経過で自宅退所となった。ところが、在宅復帰後より急な環境の変化が連続したためか、暴言や情緒の不安定さなどの周辺症状が目立つようになった。それに加えて親族の不幸が重なり担当ケアマネージャーに相談があった。認知症の本人を自宅に一人で置いていくことも一緒に連れていくこともできず、レスパイトを兼ねての短期入所が提案された。ところが、ベッドの都合上老健でのサービス提供が困難のため緊急でのグループホームでの受け入れとなった。小規模な事業所のためか自宅と錯覚された様子はあったがトラブルなく経過され、帰り際には家族の笑顔も見られた。

<事例2>
 84歳、男性。多系統萎縮症の進行に伴いADL全般にわたって介護が必要な状態であり週に5日通所介護を利用されていた。病状がさらに進行したことで能動的な体位変換が困難となり、褥瘡も発生したため訪問看護の利用されるようになった、しかしながら、在宅のケアでは褥瘡の改善が得られず褥瘡のケアとリハビリテーション目的に当施設へ入所となった。入所中の除圧管理と栄養管理にて褥瘡は概ね改善が得られ、在宅でのケアの指導を行い退所となった。ところが、退所後ほどなく尿路感染症による発熱を認め医師より抗菌薬点滴を指示された。在宅での療養が困難のため家族より緊急ショートステイでの療養希望があったが、ベッドの都合で看多機での受け入れとなった。10日ほどの治療期間で病状改善され、老健への再入所や医療機関への入院をすることなく在宅生活を再開することができた。

【考察】
 平成26年に行われた厚労省による「介護老人保健施設の在宅復帰支援に関する調査研究事業」では、多くの利用者が在宅復帰にあたり短期入所サービスが必要と回答している。加えて、近年は医療的依存度が高い利用者や、周辺症状が高度な認知症患者、ターミナルへの対応など老健を利用される方は多様化している。このような利用者の在宅復帰を検討するにあたり、短期入所の利用を前提に考えることはむしろ必須条件であり、超強化型老健においては以前よりも短期入所の重要度は明らかに増大していると考える。
 一方で、在宅復帰率が高い老健や、超強化型老健などではベッドの稼働率がそのほかの老健と比較し低いことがこれまでの調査で指摘されている。超強化型老健では一般に高い回転率で運営している施設が多いと考えられ、稼働率が低下することは自然なことである。しかしながら、在宅復帰率だけでみても稼働率が低下するという結果をみると、在宅復帰にあたって短期入所用のベッドを確保しておくような施設も少なくないのではないだろうか。当施設においても、以前は短期入所用のベッドを確保し運営していたが、稼働率が安定せず安定した収益につながらないジレンマがあった。
 現在は、看多機とグループホームの2つの地域密着型サービスでの緊急短期入所を積極的に受け入れており、短期入所用のベッドを老健で確保しておくことはなくなった。この2つの事業所に協力してもらうことで緊急対応はほぼすべて対応することができ、その結果在宅復帰率は常に50%以上を維持している。さらに、これまでよりも高い稼働率をキープすることが可能となり昨年度は99.2%という高い稼働率を達成することができた。このような他事業所との連携は非常に有用と考えられる。
 一方で、課題が無いわけではない。緊急短期入所を受け入れる看多機とグループホームは、上述のように地域密着型サービスであるため自治体を越えた利用が原則できない。当法人は自治体のはざまに位置しており、自治体を越えて当施設に入所される事例が少なくない。そのため、そのような事例の緊急対応は老健で行わざるを得ない。他県の自治体を調査すると、自治体をまたいだ地域密着型サービスの利用を許容している市町村もあるため、今後は自治体と粘り強く交渉したいと考えている。それが地域包括ケアシステムの構築に寄与すると確信しており、今後より柔軟な活用の幅が広がっていくことを期待したい。