講演情報
[15-O-A009-03]ICFと介護の三原則に沿ったケアによる介護度の改善
*小谷 佳嗣1、瀧上 恵吾1、中川 結衣1 (1. 岐阜県 揖斐郡北西部地域医療センター山びこの郷)
超強化型分類の当老健において、要介護5の状態で入所した87歳男性に対し、国際生活機能分類を用いたアセスメントと介護の三原則に基づき、本人の特徴や家族の意向を考慮した介護・リハビリ・転倒防止・外食支援や外泊など嗜好への対応といった個別ケアを行った。結果、要介護1に該当する状態に改善し、在宅復帰の目処が立った。国際生活機能分類や介護の三原則に沿ったケアを行うことの重要性を実感したため報告する。
【はじめに】
地域包括ケアにおいて介護老人保健施設(以下老健)は自立支援を目的とした介護やリハビリの提供を役割とし、入所目的に在宅復帰を希望する利用者や家族は多い。一方、疾患の重症化や廃用により低下した身体機能・認知機能を改善し、在宅復帰に必要な日常生活動作(以下ADL)を再獲得することは容易ではない。今回、国際生活機能分類(以下ICF)を用いて状態を分析し、介護の三原則に沿った個別ケアを行うことで、要介護度の改善を得た症例を経験したため報告する。
【方法1:ICFを用いた対象者の分析】
対象者:当施設入所の87歳男性 T様
入所経緯:自宅で転倒し右肩関節脱臼と細菌感染症のため入院し、リハビリ目的に転院後、廃用が進行し酸素投与が必要な状態となるが、全身状態が安定し、リハビリ継続のため令和5年2月に当施設へ入所した。
個人因子:87歳男性、社交的な性格だが易怒的な一面もある。関西弁で、趣味はカラオケやテレビ鑑賞。職員の介入を好まないが、足を丈夫にして自分で動ける様になりたいという希望がある。
環境因子:町営住宅で独居生活していた。長女との関係は良好で、長女からの支援や訪問介護を利用していた。長女夫婦は農家で、長女は「健康を維持して転倒無く安全に過ごすこと」を望んでいた。またT様が自分でトイレ動作が自立すれば在宅復帰を検討したいとのことだった。
健康状態:腰部脊柱管狭窄症、廃用症候群、慢性閉塞性肺疾患、誤嚥性肺炎、尿閉
心身機能・身体構造:要介護度5、長谷川式簡易知能評価スケール(以下HDS-R)12点。全身の筋力低下や腰痛有り。尿閉のため膀胱留置カテーテルを使用。発声は可能。
活動:移動・移乗・排泄・入浴・整容は全介助。移乗や排泄は2人介助が必要。食事は自助食器で自力摂取可。
参加:食事席近くの利用者と談笑する。長女は週1回程度面会される。カラオケのレクリエーションに意欲的に参加するが、療法士のリハビリに対して消極的である。自己での外出は不可。
【方法2:介護の三原則に沿った個別ケアの実践】
ICFによる分析を元に、介護の三原則に沿った個別ケアを行った。
1.尊厳の保持:易怒的で社交的な性格や特徴をふまえたケアの実施
身体機能の向上に伴い移乗や移動が可能になるも、干渉を好まないT様はセンサーマットに拒否感を示した。長女の「転倒無く安全に過ごしてほしい」という希望との間にギャップが生じたため、介護福祉士・看護師・理学療法士・作業療法士・支援相談員・介護支援専門員・医師で話し合い、夜間帯の職員配置やT様の動作の緩慢さを考慮し、夜間帯のみのセンサーマット使用をT様や長女に提案し、理解を得た。
療法士のリハビリには体調の波から消極的だった。良いタイミングで介入するため、その都度介護福祉士・看護師から療法士に状態報告した。また、T様に生活リハビリの効果を具体的に説明し、意欲を引き出せるように声掛けした。
2.自立支援:生活リハビリ個別ケアチェック表を用いた個別ケアの実施
T様の「足を丈夫にして歩きたい。自分で動ける様になりたい」という希望を元に、在宅復帰を視野に入れ、「下肢筋力を鍛えることで足が丈夫になり、移乗や排泄動作が安全に行えるようになる」という目標を設定した。療法士と介護福祉士・看護師でメニューを検討し、膝の曲げ伸ばし運動を毎日左右10回1セット行った。T様の残存能力を活用した移乗や排泄介助が行えるよう、過度に介入しないよう注意した。
3.本人らしい生活の継続と再構築:外食の支援や外泊の実施
令和5年10月から食べ残しが見られた。栄養を食事から摂れるように、フロア職員が嗜好調査を行った。その結果「夏に食べた鮎の塩焼きが美味しかった。昔みたいに美味しい川魚料理を食べたい」「しばらく自宅に帰っていない。これからどうなるのか気に病んでいる」という思いを聴取した。当施設は揖斐川上流の山間部に位置し、河川周辺に川魚専門店も多く、T様の思いを叶えるため介護職を中心に外食の支援を企画した。
【結果】
1.要介護度の改善
令和5年2月は要介護5だったが、12月の調査で要介護1に改善した。HDS-Rは12点から18点になり、ADLは車いす自操ができることに加え、移乗や排泄、整容動作も自立した。
2.在宅復帰への見通しが立つ
令和6年3月にT様・長女・支援相談員・作業療法士・介護福祉士らで話し合い、T様と長女の現状と希望を確認した。T様は「自分で歩ける様になってきた。帰る前に一度自宅に行きたい」という思いで、長女は「元気になって嬉しい。家に帰った時は、こまめな訪問や電話で支援したい」という思いだった。在宅復帰への懸念としてT様の危険認識の乏しさがあり、自宅での排泄動作と住環境の確認のため、6月に居宅介護支援専門員や作業療法士と共に退所前訪問指導を行うこととした。
【考察】
地域包括ケアの実践において、利用者や家族に関する情報は多く複雑だが、ICFを用いることで多面的に情報を整理できた。関わりが難しい利用者にも介護の三原則である本人の尊厳を大切にして性格や価値観に沿った対応を行うことで、良好な信頼関係を築けたと考える。この良好な関係性を土台に、自立支援を目的とした生活リハビリを行い、その人らしさを尊重した生活の継続と再構築のための外出支援や外泊に繋げたこと、また介護の三原則に沿った取り組みにより、ADLの向上や要介護の改善、そして在宅復帰の道筋を立てることが出来たと考えられる。
【まとめ】
介入の難しい利用者に対し、ICFの分析と介護の三原則に沿った介入により、介護度の改善が見られた。この経験から、今後も介護の三原則に基づいたケアを実践し、要介護度やHDS-Rの数値など可視化された利用者の状態を基に、多職種でケアを検討・改善するといったサイクルにより、介護の質を向上し、老健の役割である在宅復帰に繋げていきたい。
地域包括ケアにおいて介護老人保健施設(以下老健)は自立支援を目的とした介護やリハビリの提供を役割とし、入所目的に在宅復帰を希望する利用者や家族は多い。一方、疾患の重症化や廃用により低下した身体機能・認知機能を改善し、在宅復帰に必要な日常生活動作(以下ADL)を再獲得することは容易ではない。今回、国際生活機能分類(以下ICF)を用いて状態を分析し、介護の三原則に沿った個別ケアを行うことで、要介護度の改善を得た症例を経験したため報告する。
【方法1:ICFを用いた対象者の分析】
対象者:当施設入所の87歳男性 T様
入所経緯:自宅で転倒し右肩関節脱臼と細菌感染症のため入院し、リハビリ目的に転院後、廃用が進行し酸素投与が必要な状態となるが、全身状態が安定し、リハビリ継続のため令和5年2月に当施設へ入所した。
個人因子:87歳男性、社交的な性格だが易怒的な一面もある。関西弁で、趣味はカラオケやテレビ鑑賞。職員の介入を好まないが、足を丈夫にして自分で動ける様になりたいという希望がある。
環境因子:町営住宅で独居生活していた。長女との関係は良好で、長女からの支援や訪問介護を利用していた。長女夫婦は農家で、長女は「健康を維持して転倒無く安全に過ごすこと」を望んでいた。またT様が自分でトイレ動作が自立すれば在宅復帰を検討したいとのことだった。
健康状態:腰部脊柱管狭窄症、廃用症候群、慢性閉塞性肺疾患、誤嚥性肺炎、尿閉
心身機能・身体構造:要介護度5、長谷川式簡易知能評価スケール(以下HDS-R)12点。全身の筋力低下や腰痛有り。尿閉のため膀胱留置カテーテルを使用。発声は可能。
活動:移動・移乗・排泄・入浴・整容は全介助。移乗や排泄は2人介助が必要。食事は自助食器で自力摂取可。
参加:食事席近くの利用者と談笑する。長女は週1回程度面会される。カラオケのレクリエーションに意欲的に参加するが、療法士のリハビリに対して消極的である。自己での外出は不可。
【方法2:介護の三原則に沿った個別ケアの実践】
ICFによる分析を元に、介護の三原則に沿った個別ケアを行った。
1.尊厳の保持:易怒的で社交的な性格や特徴をふまえたケアの実施
身体機能の向上に伴い移乗や移動が可能になるも、干渉を好まないT様はセンサーマットに拒否感を示した。長女の「転倒無く安全に過ごしてほしい」という希望との間にギャップが生じたため、介護福祉士・看護師・理学療法士・作業療法士・支援相談員・介護支援専門員・医師で話し合い、夜間帯の職員配置やT様の動作の緩慢さを考慮し、夜間帯のみのセンサーマット使用をT様や長女に提案し、理解を得た。
療法士のリハビリには体調の波から消極的だった。良いタイミングで介入するため、その都度介護福祉士・看護師から療法士に状態報告した。また、T様に生活リハビリの効果を具体的に説明し、意欲を引き出せるように声掛けした。
2.自立支援:生活リハビリ個別ケアチェック表を用いた個別ケアの実施
T様の「足を丈夫にして歩きたい。自分で動ける様になりたい」という希望を元に、在宅復帰を視野に入れ、「下肢筋力を鍛えることで足が丈夫になり、移乗や排泄動作が安全に行えるようになる」という目標を設定した。療法士と介護福祉士・看護師でメニューを検討し、膝の曲げ伸ばし運動を毎日左右10回1セット行った。T様の残存能力を活用した移乗や排泄介助が行えるよう、過度に介入しないよう注意した。
3.本人らしい生活の継続と再構築:外食の支援や外泊の実施
令和5年10月から食べ残しが見られた。栄養を食事から摂れるように、フロア職員が嗜好調査を行った。その結果「夏に食べた鮎の塩焼きが美味しかった。昔みたいに美味しい川魚料理を食べたい」「しばらく自宅に帰っていない。これからどうなるのか気に病んでいる」という思いを聴取した。当施設は揖斐川上流の山間部に位置し、河川周辺に川魚専門店も多く、T様の思いを叶えるため介護職を中心に外食の支援を企画した。
【結果】
1.要介護度の改善
令和5年2月は要介護5だったが、12月の調査で要介護1に改善した。HDS-Rは12点から18点になり、ADLは車いす自操ができることに加え、移乗や排泄、整容動作も自立した。
2.在宅復帰への見通しが立つ
令和6年3月にT様・長女・支援相談員・作業療法士・介護福祉士らで話し合い、T様と長女の現状と希望を確認した。T様は「自分で歩ける様になってきた。帰る前に一度自宅に行きたい」という思いで、長女は「元気になって嬉しい。家に帰った時は、こまめな訪問や電話で支援したい」という思いだった。在宅復帰への懸念としてT様の危険認識の乏しさがあり、自宅での排泄動作と住環境の確認のため、6月に居宅介護支援専門員や作業療法士と共に退所前訪問指導を行うこととした。
【考察】
地域包括ケアの実践において、利用者や家族に関する情報は多く複雑だが、ICFを用いることで多面的に情報を整理できた。関わりが難しい利用者にも介護の三原則である本人の尊厳を大切にして性格や価値観に沿った対応を行うことで、良好な信頼関係を築けたと考える。この良好な関係性を土台に、自立支援を目的とした生活リハビリを行い、その人らしさを尊重した生活の継続と再構築のための外出支援や外泊に繋げたこと、また介護の三原則に沿った取り組みにより、ADLの向上や要介護の改善、そして在宅復帰の道筋を立てることが出来たと考えられる。
【まとめ】
介入の難しい利用者に対し、ICFの分析と介護の三原則に沿った介入により、介護度の改善が見られた。この経験から、今後も介護の三原則に基づいたケアを実践し、要介護度やHDS-Rの数値など可視化された利用者の状態を基に、多職種でケアを検討・改善するといったサイクルにより、介護の質を向上し、老健の役割である在宅復帰に繋げていきたい。